「バジルはどーだ?ロマーリオ」

「命に別状はねえ。よく鍛えられてるみてーだ、傷は浅いぜボス」


私は、少しつらそうな表情で瞼を閉じ横たわっている同僚の傍らに立っていた。端正な顔に痛々しくガーゼやらカットバンやらと治療が施されている。
いくら管轄は違えど、同じ機関の大事な仲間だ。彼にばかり負担をかけて、私は無傷だなんて…辞めた辞めたと言ったって、気持ちはまだまだ現役だ。心苦しいものがある。


「あの…で…、彼…何者なの…?
やっぱりボンゴレのマフィアなんですか?」

「いいや、こいつはボンゴレじゃあない。だが一つ確実に言えることは…
こいつはお前の味方だってことだ」

「なあ!?どーなってんの?ボンゴレが敵でそーじゃない人が味方って…」


少年…沢田綱吉が、不意に問うた言葉に対し、跳ね馬ディーノが静かに答えを返した。
言葉の矛盾に沢田綱吉が異を唱えると、アルコバレーノリボーンが小さく口を開く。


「ツナ、前に話したの覚えてるか?」

「えっ?」

「羽無の両親は、ボンゴレの…厳密に言えばそうとは言えない、だが関与する機関に所属していること」

「あ、えっと…なんとか顧問、だっけ」

「あぁ。門外顧問。ボンゴレであってボンゴレならざるもの。それがここにいるバジルと…

──羽無の母親、南瑠奈だ」

「えっ、あっ、やっぱり羽無のお母さん!?」

「えぇ、そうよ。沢田くんは羽無と同級生なんだっけ」

「あ、はい!そっか、じゃあ本当に…」

「あの子が知らないだけで、うちはマフィアだらけってことになるわ」


羽無の祖父であり私の義父にあたるソマリオさん。彼は私の夫の父であり、先代の門外顧問で頭を張っていた人物。
お義父さんのことだけじゃない、私と夫が何の仕事に就いているのか、それすらあの子には教えていない。
そのくせずっと家を空けて…帰ってきたときばっかり親面して、悔しいけど、スクアーロの言う通りだった。

こんなんで、羽無がちゃんと話を聞いてくれるわけがない。


「やっぱりそうだったか」

「え?ディーノさんまで?」

「いや、羽無が瑠奈さんの子だってのは聞いてたんだ。小さい頃の写真も見せてもらって顔も知ってた。
ただ、最初病院で会ったとき、あんまりにその幼少期の顔とそっくりそのままなもんだから、人違いかと思ったんだ。成長してたら多少顔つき変わるだろ?」

「あ、あぁ…なるほど…」

「ボスの不自然な反応はそういう理由からか」

「だってオレが見せてもらったの、5歳のときの羽無の写真だぜ?」

「仕方ないでしょー、帰国しても滞在期間短くてゆっくり写真撮れるような時間ないんだから。あれはね、羽無が初めて日本語を話したときの写真なのよ〜」

「じゃあ最初はイタリア語から?」

「そうねぇ、お義父さんに羽無は任せてたから…お義父さんは生粋のイタリア人だし、羽無が先にイタリア語を覚えても不思議じゃないわねぇ」

「あ、っていうかオレ、羽無は友達ですけど、マフィアとか敵味方とか関係ないんで…」

「サイドストーリーもいいが本題に入るぞ。
ツナ、大事なのはこっからだ。おめー、そうも言ってらんねーぞ。

あのリングが動き出したからな」


こほん、と咳払いを一つ。
親バカも程々にしなくっちゃ、自分で話の路線ずらしちゃうなんて、ほんとなんか、ダメね私。

リボーンの話に病室中の人間が耳を傾ける。


そう、リング。

バジルが、命懸けで日本まで持ってきた、ボンゴレの契約の証。その欠片。
そして、スクアーロに奪われたそれ。


「リングって…この子が言ってた、あの…ロン毛が奪ってったやつだろ?」

「ああ。正式名称をハーフボンゴレリングというんだ。
本当は3年後までしかるべき場所で保管されるはずだったボンゴレの家宝だ」

「もしかしてすんげー高級な指輪だとか?」

「確かに値のつけられない代物だが、それだけじゃねーぞ。

長いボンゴレの歴史上、この指輪のためにどれだけの血が流れたかわかんねーっていういわくつきの代物だ」

「ひいい何それ───!!まじかよ!!
ロン毛の人持ってってくれて良かったーっ」


「それがなぁ…ツナ、


ここにあるんだ」


「「!!!」」


跳ね馬ディーノが懐から取り出した手のひらサイズの小箱。表にはボンゴレの由緒正しき紋章が彫られている。
苦笑混じりに見せられたそれに、沢田くんはこれ以上ないほど顔を青ざめさせて驚き、あのリボーンでさえも体を震わせた。


「な…なんで──っ!!?だってリングは奪われたはずじゃ…」

「こっちが本物だ」

「え!?じゃあさっきのは…?」

「オレは今日このために来たんだ。ある人物からこれをお前に渡すように頼まれてな」

「え───!?またオレに!?なんでオレなの───!!?そんな恐ろしいリング〜!!」

「そりゃーおまえがボンゴレの…」

「ス…ストップ!!家に帰って補習の勉強しなきゃ!!ガンバロ!!」

「な…」

「じゃディーノさんまた!!
リボーン先行ってるぞ!」

「おい、ツナ…?」


無理矢理話に区切りをつけて、バタバタと逃げるように帰ってしまった沢田くん。
彼が出ていった扉を見て、ディーノが呆れ顔でため息をついた。


「あいつ逃げられると思ってんのか…?」

「………………バジルは、

囮だったんだな」

「えぇ…恐らくバジル本人にも知らされてない」

「瑠奈、お前は知ってたんだな。この事を」

「まぁね…こちら側のリングの管理は、私の管轄だったから。あの人に複製を作るように頼まれたのも私だしね」

「そうか…まぁ、あの人のことだから、こうなることは読んでたんだろーが…相当キツイ決断だったと思うぜ」

「愛弟子を、無為に一級の殺し屋に差し出すような真似だもの…つらかったわよ、きっと」


私にとってもバジルは、羽無と同い年な子だけあって、実の子のように親身に思う存在。
目の前でこの子が体を張って沢田くんを守っているのを見ているしか出来なかったことが、今でもつらい。

きっと、眠りながらリングを敵に渡してしまったことを悔やんでいるのであろう表情で眠る彼の、その頭をさらりと撫でた。


「つーか、これ直接ツナに渡せばいいのにな。
あの人、オレと一緒に日本に来たんだぜ?」

「そーか…あいつ来たのか…」


ディーノの顔を見上げて、次にその手元の小箱を見るリボーン。

最後に、私の方へ向き直ると、そっと言の葉を紡いだ。


「………それで。
結局、話すって心は決まってんのか?」

「……仕方ないでしょ、もうここまで来ちゃったら。これ以上何も知らせないまま巻き込んだら、今度こそ本当にあの子を危険な目に遭わせちゃうから」

「……皮肉なもんだな。

この世界とは切り離してやりたくて、ずっとなんも告げずにいたってのに」

「運命(さだめ)なのかもしれない……そういう、血筋だから。仕方ないで、済ますしかないのかもしれない、けど───
やっぱり、嫌だったな。こんな形で、巻き込むことになっちゃうなんて」

「瑠奈さん…」

「やだなぁ、ディーノまでそんな顔しないでよ!オレがあんたの分まで見守ってやります≠ュらい言ってよ、せっかくの男前が台無しよ?」

「そりゃあ、羽無は大事な妹分だと思ってるし…同盟関係で支障が出ない分には全力でサポートするつもりっスけど…」

「もう、こんな重い空気になったら、話しづらいじゃない。私、口下手なんだから…二人とも、足りない説明があったら横からで構わないから、ちゃんと教えてあげてね?

あの子に、この世界のこと」

「任せとけ」

「オレで力になれんなら、なんでもやりますよ」


快く頷いてくれた二人に、内心酷く安堵しながら、「じゃあ羽無を入れるわね」と告げて、病室の扉に手をかけた。


羽無は、きっと何も知らないから。
巻き込みたくなんか、なかったけど。

こうなってしまった以上、私には、親として、裏社会の人間として。
あの子に、全てを話してあげなきゃいけない。

今まで隠しててごめんね、羽無。



どうか、幻滅しないで。




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