「あ、京子!ハル!」

「羽無!」

「ふぇえ、羽無ちゃーん!」

「羽無姉〜!」

「羽無だもんね!オレっちと遊べ〜!」

「ランボ〜!」


駆けつけたそこには、ちびっこたちを連れて避難する京子とハルがいて。ハルは今にも泣きそうだ。


「この騒ぎは…!?」

「わからないの、なんか急に、爆発が起きて…誰かと誰かが喧嘩してるみたいなの」

「はひぃ、喧嘩ってレベルじゃないですよぉう!!」

「羽無姉、僕怖かった〜」

「大丈夫?みんなどこも怪我してない?」

「へっへーん、オレっち最強だからぁ〜、どっこもケガしてなぁ〜い!」

「※▼×◇◎!」

「イーピンちゃんも無事ね、良かった…!」


状況説明と身の安全を確認すると、京子とハルの手を片方ずつ握った。


「よし、じゃあ皆は先に逃げて!」

「えっ」「はひっ!?」

「羽無姉は!?」

「あたしは、お母さん追い掛けないとだから…」

「お母様ですか!?それにしても危険すぎますよ!」

「羽無…、」


きゅ、と手を握り返し、心配げな視線を寄越す京子。
きっと、あたしがまた危険な場所に踏み込もうとしてるから、不安がってる。駄目だなぁ、あたしってば。

しっかりと二人の手を握り直して、あたしはきらりと笑って見せた。


「大丈夫!お母さんの襟っ首掴んでさっさと戻ってくるから!」

「羽無ちゃん、意外にもパワフルです…!」

「京子、心配しないで」

「……危なくなったら、ちゃんと逃げてね?」

「勿論っ」

「あと…」

「あと?」

「ツナ君たちがまだいるの、」

「わかった」

「無理しちゃダメだよ、」

「うん」


後ろ髪を引かれるように、何度もあたしを振り返りながら避難していったみんなを見送る。
大事な親友に、心配させてばっかりだ。あたし、もっとしっかりしなくちゃ。

さて。さっさとお母さん捕まえて逃げよう。
爆発音は止んだけど、まだ斬撃音が止まない。耳に痛いような甲高い金属を切りつける音が響いている。

お母さんのことだから、野次馬精神で飛び込んだ訳じゃないと思うけど…


京子たちが逃げてきた方向に向かって走る。
と、白煙が広がって、おそらく砂埃であろうそれを不意に吸ってしまったあたしは咳き込んだ。


「知ってるのに言わねぇの間違いじゃねぇのかぁ!?辞めたってのもハッタリだろぉ、機密を守り通すために現場を離れたって方が正解かぁ!?」

「なんとでも言いなさい!」


はた、と。響いた、その凛と通る声音に、目を見開く。


ハッタリ?
機密を守り通す…?


何の話しかわからなかったけれど、それは確実にお母さんのことを言っているのだとわかった。
辞めたのとは、違うの?そもそも、どうしてお母さんは騒ぎの発端のひとと話をしているの?

遠目に見えるお母さんと白銀の長髪の青年、その向こうのビル影に誰かがいるのが見てとれた。あれは…綱吉と、誰…?
ふと、足元に獄寺くん───もとい、隼人くんが踞っていることに気が付いて、慌てて駆け寄った。


「だっ大丈夫!?」

「南…!?お前、なんで」

「通りがかったの!!」

「…っく…、大丈夫だ、ヘタな怪我はしてねぇよ」

「あぁ、武くんまで…っ」

「あいつは仕込み火薬食らってっから、ちっとの火傷程度だろ」

「仕込み火薬!?」



「あンだぁ?女ぁ、のこのこと何しに来た?」

「羽無!?」


青年の注意が、あたしに向いた。
振り返ったのは、やっぱりお母さんだった。どうして、そのひとと知り合いなの?

隼人くんが、「逃げろ」とあたしの肩を押す。
お母さんが、「どうして来たの!!」と叫んだ。


どうしてお母さんは銀髪さんと知り合いなの。
どうして皆はこんなに怪我をしているの。
どうしてこんなに瓦礫でぐちゃぐちゃなの。

なんで逃げろって言うの。
皆が傷ついたり、危ない目に遭ってるのに。
なんで、逃げろって言うの。


「黙ってんならおろすぞあ゙ぁ?」

「やめなさいスクアーロ!
この子に手を出したら、撃つわよ」


ちゃき、と小さな金属の擦れる音を立てて、お母さんが懐から取り出したもの。
黒光りするそれに、あたしはぐ、と息を飲み込む。

あれは、拳銃だ。
オモチャなんかじゃない。実弾入りの。
骸が、あたしに向け、そしてそのあと自分のこめかみに向けて撃ったあの瞬間が、フラッシュバックする。

お母さんがいま、それを左手に剣を装備した銀髪さんへと向けた。


「んー?あぁ、なるほど。こいつがテメェの…」

「黙りなさい」

「お母さん、」

「羽無、早くここから逃げなさい、来ちゃダメって言ったでしょ」


来ちゃダメって、なんなの。


なんで、そんな。


あたしばっかり、何も知らなくて、

なんなの、それ。



「嫌だよ、なんでお母さんや友達ほっぽって逃げなきゃいけないの」

「羽無は女の子でしょ、」

「お母さんだって女の子じゃん!」

「でも羽無はまだ子供よ、」

「子供とか大人って、こんなときに言わないでよ!」

「お願いだから、言うこと聞いて…っ!」


「ッハ、親の威厳なんぞ欠片もねぇなぁ南瑠奈!!
ちょうどいい、目障りな貴様ら親子まとめて…此処でたたっ斬ってやるよぉ!!」


「やめてぇっ!!!」

「っ、」


お母さんに向いた切っ先と、お母さんの腕が僅かに震えたのを見て、叫んだ。
すると、強張るようにして銀髪さんの身体がぴたりと止まり、そしてあたしを睨め付けるようにして見やった。


「貴様…なんだぁ今のは!!」

「っえ、」


何に怒られたのか分からない。しかし、銀髪さんは舌打ちをひとつすると、ビル影で何やらごそごそとしていた綱吉たちの方に向き直った。
綱吉に向かい合うようにしてこちらに背中を向けている人のその向こう、手元にきらりと光る何かを見付けて、銀髪さんは顔色を変えて意地悪そうに笑った。



「ゔお゙ぉい、そぉいうことかぁ…こいつは見逃せねぇ一大事じゃねーかぁ…

貴様らをかっさばいてから、そいつは持ち帰らねぇとなぁ」

「くそ…、」

「ひいいいっ!なんなのー!!
どーしよー!!」

「ゔお゙ぉい、ソレを渡す前に何枚におろして欲しい?」

「渡してはいけません沢田殿、」

「え!?ちょ、なんなの?どーなってんの!?」


「相変わらずだな…S・スクアーロ」


見守るしかなかった現状に一筋の光が指した。
少数だけど部下を揃えて鞭を構えながらやって来たのは、ディーノさんだった。
知り合ってからまだ数回しか関わってない上に、この人の身元はよく知らないけれど、ここにもう一人大人の男の人が来てくれることは心強かった。


「跳ね馬だと!?」

「その趣味の悪い遊びをやめねーって言うんなら、オレが相手になるぞ」

「……ゔお゙ぉい跳ね馬、お前をここでぶっ殺すのも悪くない…
だが同盟ファミリーとやりあったとなると上がうるせえ。今日のところはおとなしく…


帰るわきゃねぇぞぉ!!」

「ぎゃっ!!」

「綱吉っ!!」

「手を放せ!!」


銀髪さんが綱吉の頭を鷲掴みにしてそのまま腕を振り上げた。軽々と宙に浮いてしまった綱吉だって、線が細いとはいえれっきとした男の子だ。なんて腕力なんだろう。
あたしが叫ぶと同時にディーノさんが鞭を振るった。と、銀髪さんも剣を振るう。何かが飛び出して、爆発が起こる。これが仕込み火薬か。
衝撃に耐えるように眼前を腕で覆う。煙たくて息が苦しい。

もうもうとけぶる白煙の中から咳き込む声がして、ディーノさんが気付いたように飛び込んだ。


「お前達!大丈夫か?」

「ゴホッ、ガハッ」

「ゲホッ…なんとか、」


「貴様に免じてこいつらの命は預けといてやる。
だがこいつは頂いていくぜぇ、ゔお゙ぉい」

「な、」

「ああっ、ボンゴレリングが…!」

「っ!!ボンゴレリング…?」

「じゃあなぁ!」


何やら箱を手にした銀髪さんは、高く跳躍するとビルの上に着地し、またそこを飛び越えて姿を消してしまった。
綱吉と一緒にいた男の子は、銀髪さんの後を追おうとして前のめりに倒れこんだ。息遣いが荒く、お腹を抱えている。

「バジル!」

駆け寄ろうとしたそこに、我先にとお母さんが走り寄る。懐に仕舞われたらしい拳銃の存在に、あたしはまだ違和感を拭えないでいた。
そこに、今までどこにいたのかリボーンくんが現れた。


「リボーン!なんで今頃出てくるんだよ!!どーして助けてくれなかったんだ!!?」

「オレは奴に攻撃しちゃいけねーことになってるからな」

「な…なんでだよ」

「奴もボンゴレファミリーだからだ」

「え───っ!!?何だってー!!?」


ボンゴレ、ファミリー。骸が、手始めに乗っ取ろうとしていたイタリア最大のマフィアで、綱吉が深く関わっている組織。
それしか、知らない。あたしは、知らないことだらけで。

呆然とする意識に警報を鳴らすように、遠くからサイレンの音が響いた。


「ボス…サツだぜ」

「あぁ…ツナ、その話はあとだ。廃業になった病院を手配した、行くぞ」


ディーノさんが力尽きて眠ってしまったバジルくんを肩に背負う。

「ま、待ってください!!獄寺君と山本が……!」

「あいつらなら心配ねーぞ」


「大丈夫かツナ!」

「いったい何なんすか?奴は」

「二人とも!」


「お前らの戦闘レベルじゃ足手まといになるだけだ。とっとと帰っていいぞ」


多少の怪我が目立つものの、まだまだ元気そうな隼人くんと武くんが戻ってきて──リボーンくんが、それを追い返した。

今の発言を諌める綱吉を引っ張るようにしてディーノさんの後を追うリボーンくん。小さな声で何かを話している。
あたしは二人の背中をぼんやりと見つめ立ち尽くしていた。


「羽無、お前も来い」

「……え、あたし、も?あの二人は、」

「いいから」

「でも、荷物置いてきちゃった…」

「ディーノの部下に取りに行かせる。大事な話があんだ」


当たり前のように先に行って、ディーノさんと肩を並べながら男の子の容態を気にしているお母さん。


あたしは、どこまでも取り残されているような気持ちになって、置いてかれているような気になって、唇を噛みしめながら皆の背中を追い掛けた。


4/7

[prev] [next]



 back