「っは〜!久々の日本の空気ねっ!」


タクシーを捕まえて乗り込むこと一時間。並盛駅前まで、と言ったスーツ姿のお母さん。駅前に着いてタクシーを降りると、ゴロゴロと旅行鞄を転がしながら肩を並べて歩く。
久しぶりに帰ったから、歩きながら景色を見て帰りたいんだそうだ。ちょうどいいし、夕飯の食材と学校に置いてきた荷物も取りに寄って帰ろう。


「お母さん」

「んー?」

「お父さんは?」

「父さん?父さんはまだ仕事よ」

「お母さんだけ?」

「そうね、辞めちゃったからね」

「そんな簡単に辞めて良かったの…?」

「まぁ、緊急事態だったし」

「え?」

「んーん、なんでもない」


ぼそ、と呟かれた言葉に聞き返すけど、お母さんはゆるりと微笑んだまま頭を振った。


「ずっと続けてたお仕事、いきなり辞めるなんて…何か、あったの?」

「んー、そうねぇ…

仕事ばっかりで羽無の世話すっぽかしてたから?」

「ちょ、茶化さないでよ」

「茶化してないわよー、面倒見てあげられなかったのは事実だったし。
ごめんね、羽無」


くしゃりと頭を撫でられて、肩を竦める。
こういうスキンシップは、慣れてない。ちょっと照れくさいや。

多分、お母さんは言わないだけでもいろいろなことがあったことを分かってる。
だって、あたしのお母さんだから。


「髪切っちゃったのねー勿体無い」

「ずっと伸ばしてたから、気分変えてみたの」

「そう?お母さん羽無の髪で遊びたかったなー」

「自分も髪長いんだからいいじゃん」

「あんたの若さだから出来るのよ。三つ編みとかー…ツインテール?編み込みとか」

「普段やらないよそんな…」

「せっかく可愛く産んであげたんだから可愛らしくしておきなさい?」


まだちょっとぎこちない親子の会話。時間を置いてしまうと、何を話せばいいのか時々分からなくなる。
友達に話すようなこと、言っても良いのかな、とか。恭弥のことは、言うべきなのかな、とか。


お母さん、どうして何の仕事をしてるのか、教えてくれないの、とか。


何処まで話していいのか、聞いていいのか。境界線があやふやすぎて、よくわからない。
骸とあたしが関係を持っていることは、話すべき?いや、話さない方がいいかもしれない。親バカだから、「そんな危ない人と関わっちゃダメよ」って言われそうだし。
でも、そんなことを言ったら、恭弥のことも言えそうにない。今のあたしは、彼らに支えられるようにして立ってる。毎日、恭弥だけじゃない、骸や、学校で顔を会わせる綱吉たちがいるから、あたしは過ごしていける。
大切な友達…人によっては、それ以上の関係なのに。やっぱり、親に話さないのって、おかしいのかな。隠し事してるみたいで、すっきりしないし…

そこで、ふと思い返す。
確か、お母さんはリボーンくんと知り合いじゃなかったか。
だったら、逆に言うべきなのかもしれない。ああ、でも───

果てのない自問自答を繰り返して押し黙るあたし。お母さんが、不思議そうにちらちらと横顔を見てきているのが視線でわかった。


「羽無?何か、悩み事?」

「…………んー…

あ、あのね。お母さん────」



切り出す言葉も思い付かぬまま口を開いた、その時。
突如大きな爆発音がして、いくつもの人の悲鳴が建物に反響して木霊した。


「!!?何、」

「……───」


音のした方向を見やれば、多くの人が走って避難してくる。建物をひとつ挟んだ向こうには粉塵が舞い上がっているのが見えた。
次いで、また爆発音が轟いた。ぐらつく地面。大きすぎる衝撃に、人々は混乱しながらも拡散していく。
駅前広場はパニック状態に陥ろうとしていた。


「なにこれ…、お母さん、避難しなきゃ、」

「そうね…何処のお馬鹿さんがドンパチやってんだか知らないけど…」



「ゔぉぉぉおおおおおおい!!!!」


「わぁぁああああ!!」



「「!!!?」」


爆発音に加え瓦礫の崩れる音、そして人が逃げていく慌ただしい音。それらが混ざった中で、一際大きくつんざくように響いた怒号。
聞き覚えのあるちょっと情けない悲鳴に、あたしは避難しようと向けた身体を180度回転させた。
不思議なことに、お母さんも一緒になってぐるりと身を翻し、そちらを見やった。


「綱吉…!?このやけにうるさいのは…?

って、お母さん!!?」

「羽無、ちょーっと危ないから先に帰ってなさい!荷物ヨロシク!」

「へ?ちょ、重っ…!

お母さん!!」


手に提げていた土産の紙袋諸々をあたしに押し付けると、逃げる人も疎らになってきたそこを逆流するようにしてお母さんが駆けていく。
あたしだって放って帰るわけには…っていうかなんで危ないって言った張本人がそこに突っ込んでくの!?

昔からさばさばしてるというかちょっと破天荒というか、変なところあったけど…あたしはこんな状況で親と友達見捨てて逃げるほど変じゃないから!

飛び込むわけにもいかず、何か自分に出来ることはないかとしきりに目を凝らして状況把握をしようとしていると、聞き覚えのある子供の声。


「ランボくん…!」


喚き騒ぐ彼の声に重ねるようにして、高く通る声がそれを宥めようとしている。イーピンちゃんだ。
こうしちゃいられない。小さい子を避難させてあげることくらいならあたしにだって出来るはずだ。
綱吉も見つけて一緒に避難出来たらいいんだけど…


荷物を邪魔にならない場所にまとめて置くと、あたしは声のする方へと駆け出した。
盗難がちょっと心配だけど、こんな物騒な現場にわざわざ近寄る人もいないでしょ。


お母さんてば、何処行っちゃったのかな。
それだけが、心配でならなかった。






「復・活!ロン毛!!!死ぬ気でお前を倒す!!!」


駆け込んだ其処では、見知った少年を庇うように立った少年が、騒ぎの原因であろう青年の腕を掴んでいた。
瞬間、ぶわりと衣服が散り散りになり、彼は額にオレンジに揺らめく炎を灯した。
手には、]のエンブレムが象られたグローブ。一目見て彼が何者なのかを悟った私同様、青年も目前の少年の正体を把握し顔色を変える。


「貴様ら何を企んでんだぁ!?死んでも吐いてもらうぞぉオラァ!!!」


「いけない…ッ、ぐっ…」

「バジル!!無理しちゃダメよ、」

「っ!瑠奈殿、…ッ、」

「全く…何処のお馬鹿さんかと思いきや…

身内だとはね、」

「かたじけない…!」

「大丈夫よ、立てる?」


少年の名はバジリコン。コードネームはバジル、同僚だ。
こんな小さい体に大きな指名を任されて、遥々大好きな日本へやって来たっていうのに…災難すぎる。


「瑠奈殿、ご家族には…」

「えぇ、一緒よ。先に帰らせたけど。
後で紹介してあげるわ、自慢の娘よ」

「楽しみです、」


苦し紛れに微笑うバジルの肩を支えながら立ち上がる。
念のためいつでも対抗できるよう隠し持っている懐の小拳銃を確かめると、下着一枚の少年を追い回す身内≠ヨと視線を投げた。

母国でだけは銃使いたくなかったんだけどねぇ、そうも言ってられそうにないわ。


額の炎が消えたバジルは、蓄積された身体の疲労を全て背負った状態でつらそうにその端正な顔を歪めた。
死ぬ気モードのときは全て払拭し目的遂行のためにのみ全力を注ぐため、疲れは感じにくいと聞いた。にしたって、相手が悪すぎる。

ふと、視界にちらついていたオレンジがしゅんと消えた。正気に戻った少年は、迫る切っ先に目を瞑って悲鳴を上げる。


「いけない、避けなさい!!」

「瑠奈殿、失礼しますッ」

「あっ、バジル!!」


滑るように私の肩から腕を引き抜き、もう立つのさえやっとな身体に鞭打って少年の傍へと駆け寄るその小さな背中。
見ていることしか出来なかった自分に舌打ちをし、なんとか時間を稼げないものかと相手の動きに全神経を集中させた。

おそらくバジルは、ここであれを渡すに違いない。

全ての引き金と成り得る、強大な力を秘めた契約の欠片を。


バジルが咄嗟に仕掛けた目眩ましの煙幕から飛び出してきた青年は、白銀の長髪を棚引かせながらこちらを振り返る。


「あ゙ぁ?なんで貴様までいやがんだぁ?
門外顧問は総じてなんだかくせぇことしてやがんなぁ、何隠してやがる。この際貴様でもいい、吐かねぇとたたっ斬るぞ」

「お断りね。平々凡々、それが並盛の良さなのに騒ぎ立ててくれちゃって…
私の家族に怪我させたら承知しないから」

「ハッ!散々放置してたくせに今更親面かぁ!!?大層なこったなぁ!!」


ずきり、罪悪感に痛む胸。
そう。確かに私は、今更親ぶるわけにもいかないほどあの子をほったらかしにしてきた。
連絡は年に数回、それも一方的。あの子の話なんてなんにも聞いてやれてない。小さい頃から、お義父さんに任せっきりにして、何が母親よ。
今回の帰国だって、あの子を思ってじゃなく目的有ってのものだった。本当に、ダメな母親。

だけど、それでも。


「私にいくら聞いたって無駄よ、私仕事辞めたんだから」

「ほぅ!?ふざけたこと抜かしやがる、」

「本当よ、信じられないなら調べればいいじゃない。
私は何も知らないわ」

「知ってるのに言わねぇの間違いじゃねぇのかぁ!?辞めたってのもハッタリだろぉ、機密を守り通すために現場を離れたって方が正解かぁ!?」

「なんとでも言いなさい!」


私は、もう逃げない。
あの子のそばで、あの子の運命を見届けてあげるの。
それがたとえ、彼女の望まないものであっても。

母として、支えになってやりたいじゃない。



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