大広間へ出ると、お母さんが何やら小さな箱を持って立っていた。


「お母さん?呼んだ?」

「あら、似合うじゃない。ふわふわしててお姫様みたいね」

「んー、嬉しいけどそうでなくて。
お祖父ちゃんは?まだ?」

「お祖父ちゃんはいまボンゴレの本部よ。調べものだって。
もしかしたら帰りは明日になるかもしれないって、さっき連絡があったわ」

「そっかー」

「それから、はいこれ」

「?」

「開けて」


お母さんに手渡された小さな檜の木箱。表には、貝殻の紋様。何処かで見たことあると思ったら、ディーノさんが持ってきたハーフボンゴレリングのケースにあったボンゴレの紋章と同じなんだ。

そっと開くと、そこには桃色の宝石があしらわれた細身のリングが収められていた。
白金のボディに上品に取り付けられた、鋭利なガラスの破片のような形の宝石。まるで、一度砕いてから指輪に用いたような。
見た目だけでとても値が高くつきそうなリングであることは分かった。ただ、何故これを?


「これは…?」

「これは、お母さんの家に代々伝わる家宝よ」

「ぅええっ!?」

「代々、その血を受け継ぐ者に継承されてきた、

───呪いの証」


お母さんは、苦虫を噛み潰したような深刻な表情を浮かべてから、もう一度口を開いた。


「お母さんの遠い先祖は、初代ボンゴレファミリー花の守護者として、幹部に属していたの」

「…花の…?そんな属性、ハーフボンゴレリングに無かったよね?」

「そうよ。花の守護者が健在だったのは、当時の一代のみ。
それ以降は、守護者として見合うほどの能力を持つ者が産まれてこなかった。それほどに、限られた人間でしか務まらない役目なの」

「え…」

「そして、このリングは花の守護者のためだけに、初代ボンゴレのボスが作らせた、特別なものよ。
これは、ただの指輪じゃない。特別な契約のもとに生まれた、私達血族の呪いの楔」


お母さんの口から出てくる言葉の数々が、まるで夢幻を語っているように現実味を持っていなかった。
そんな遠い昔から代々続いたものを、どうしてお母さんはこんなにもつらそうに話すのだろう。


「あんたにはまず、花の守護者の始まりから話さなきゃならないわね」



***



昔々、とある霊山に独りぼっちで住まうとても美しい女の人がおりました。
彼女の名を、羽音緋色といいました。

彼女は、平安の世より伝わりし強力な霊力を持つ一族の血筋に産まれ、その証に夕焼けの紅の眼をしておりました。
彼女のその霊力の強さ、そして恐ろしい血のように赤い眼を恐れて、人々は彼女を遠ざけ蔑み、霊山の奥へと追いやったのです。

だから彼女には、人間の仲間がいませんでした。
両親が流行り病で亡くなってからというもの、彼女は人でなきもの───妖怪たちに囲まれて育つようになりました。

彼女にとっての普通は、周囲にとっての異常でした。
妖怪たちをその目に映すことが出来る者は、そうそうおりません。
気付かないだけで、彼らは意外とすぐそばにいるものなのに。それを知っているのは、最早神や妖怪の信仰が薄らいできた世の中では、彼女しかいませんでした。


彼女は、その強すぎる霊力が故に、ずうっと山奥での暮らしを余儀なくされていました。
彼女には、各地を回って出会い仲間になる契約を交わした、7人の妖怪がおりました。
彼女はずうっと、ずうっと。彼らと共に自らの生を終えるまで、妖怪とだけ関わっていくのだろうと思っていたのでした。


ところがある日。彼女が野暮用で山を降りた際に、人間の友人が初めて出来ました。
名を、朝利雨月と言いました。

彼は表では尺八や篠笛といった、雅楽を得意とする有名な音楽家でありました。
しかしその反面、裏ではイタリアで誕生した自警団出身のマフィア、ボンゴレファミリーのボスT世と親交が深い友人でもあったのです。

彼は変わり者だからと己を抑え怯える彼女に、「自分の仲間ならきっと受け入れ良くしてくれる」と諭します。
そこで彼女は、山籠りを止め、新しい人生の一歩を踏み出そうと彼と、そして己の最も信ずる仲間の7人を連れて、異国の地へ旅立ったのです。


彼女が其処で出会ったのは、自分と同じく異形のものを視る目を持ち、それでいてひどく強い人間でした。
名を、アラウディといいます。

彼女たちは、お互いに未だ嘗て知り得なかった類いの人間であることに、自分と同じ立場の人間であることに惹かれ、段々と親密に、そして恋仲へと落ちていきました。


そこまでは良かったのです。


ある日。彼女の友となったT世は、自分の友を紹介したい、とある人物を紹介しました。
その人物と共に訪れてきた祓魔師もまた、彼女たちと同じく視ることの出来る人間だったのです。

彼女は、己と同じように霊力を操ることの出来る祓魔師に憧れ、そして親しみの念を持ち、アラウディよりも仲睦まじく話すようになりました。
アラウディはそれにひどく嫉妬しました。今まで彼女の唯一であった己の立場が揺らぐことに、ひどく怯えました。

そこで彼は考えます。

彼女を、自分だけのものにしてしまえばいいのだと。


それから彼は、彼女を歪んだ愛で蝕み、痛め付け、苦しめることで快楽を得るようになりました。
気付けば、彼女は痛ましいまでに衰弱し、息も絶え絶えになっていたのです。

アラウディは後悔しました。悔いて悔いて、どうしたとて償えぬ己の罪を、愚かだった自分を嘆きました。


彼は後悔の末に、弱り切った彼女の代行として、彼女の分まで各地を駆けずり回り、任務をこなしました。
彼女はそんな彼の身を案じ、自分が守護者の任に復帰することを望んだのです。彼女は、どうしようもなく彼を愛していたのでした。

彼女を復帰させるために祓魔師が協力して用意したものは、魔を浄化し霊力を回復させる宝玉でした。
アラウディは、それが彼女の手に渡る前にと砕いてしまいました。彼女を思ってのことでした。
もう二度と、自分のような危険な輩と関わってはならない。無理をする必要はないのだと。

彼女はその時、ついに涙しました。

彼を想うこの心は、認めては貰えぬのかと、しとしと涙をこぼしました。
愛は歪んでこそいたけれど、自分がそれを受け入れたのは自分も愛していたからだと。
会いたい、愛されたい。溢れんばかりの彼女の想いが、言霊となって彼女の唇から漏れ出たその時。

彼女の身体中から、桜色の炎が溢れ出したのです。


T世はそれを、死ぬ気の炎とは別の力だと認め、彼女に新たな力が宿ったことを悟ります。
アラウディに、そして彼女自身にきちんと話をし、彼女は皆を守れるなら力になりたい≠ニ微笑んで頷いたのでした。


そうして、改めて彼女が花の守護者として任に就くことの契約として、この指輪が作られたのです。

彼女に宿った新たな力は、強大な富と戦力をもたらしました。
故に、その存在を脅威と見なし狙われることも少なくありませんでした。
T世は、彼女の子孫に同様な力が現れてもおかしくはないと考え、よって未来永劫、彼女の直結の子孫をボンゴレという組織の保護下に置くことで守っていくことをその指輪に誓ったのです。


つまり、この指輪はT世と彼女羽音緋色の契約の証。
未来永劫、緋色の子孫はボンゴレと関わっていくことを余儀無しとする楔となったのでした。


この話は、その強力な力を秘めた血筋の者を守るため、代々血を受け継いだ親から子へのみ伝えることが約束と相成りました。
花の守護者の存在を知るのは、血を受け継いだ子孫、ボンゴレの代々のボス。そしてその関係者極僅かのみ。


誰も知らない、真実の口伝は、血族の親から子へ。ただそれのみとされたのでした。



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