「久しぶりね、サン」

「顔会わせたのは3年ぶりですか」

「3年?そんなに?」

「羽無にはまちまちで会いに帰ったけど、イタリアに留まれる時間はそうなくてね。
3年前、お祖母さんの20回忌でご挨拶に行ったのよ」

「お祖母ちゃんの…」

「羽無が生まれる前に亡くなったから、あんたは知らないのも仕方無いわよ。
私は、ひどくお世話になったから」


懐かしい記憶を思い起こすように染々と呟くお母さん。
こっちの気候は日本に比べやや不安定な時期。寒暖の差が激しく、体温調節が難しくて幼い頃はよく風邪をこじらせていた。
今日はやけに寒い。サンちゃんが持ってきてくれたジャケットを肩に羽織りながら、お祖父ちゃんちのある方へ向かうバスに乗った。

車窓を流れていく穏やかな町並みは、昔と変わらず、ただ少し、あたしには違って見えた。
日本にいた身としては、こんなに和やかな町が日本よりも治安が悪くて、マフィアが横行しているそれなりに危険な場所だなんて。故郷に帰ってきた懐かしさより、幼い頃には気付かなかった発見が目新しく映るばかりだ。


「お祖父ちゃん、元気?」

「まぁな。いつもお前のこと、ずっと心配してたぜ。遠い異国で独りぼっちで、寂しいだろうにってさ」

「あはは、お祖父ちゃんらしいや」

「じじぃは、今回の帰国に反対してたぜ」

「え、なんで」

「この時期にこっちに来ることで、お前がうちのファミリーの中枢に関わる重要人物であることが、向こう方にも明白になっちまうから」

「……」


日本とは違って、イタリアではマフィアはあって当たり前の存在。ボンゴレほど名も知れていれば、人前で口にすることも憚られる。
サンちゃんは敢えてファミリーの名前を伏せながら、あれこれと現状説明を続けた。


「でも、このまま放っておいても、お前を危険に晒すことになるからって。しぶしぶ承諾してた」

「そっか…」

「ま、純粋に帰ってくんの楽しみにしてたけどな」

「……サンちゃん」

「んー?」

「……サンちゃんも、やっぱり裏の人なの…?」


「わかんね」


キャスケットを目深にして、静かに告げる。


「俺は、確かにお前にずっと隠れて、じじぃに殺しの術なんかを教わってた」

「…!」


突然、日本語に切り換えて話し出したサンちゃん。
あの頃は、あたしと一緒でイタリア語しか話せなかったのに。


「日本語だってもう完璧だぜ。それに…ほら、」

「……っ!」

「医師免許。わざわざ最先端のアメリカやイギリス回って勉強して、とっくに取ってる。勉強には、日本だって行った」

「…そんな、」

「あとは、お前の診察して、ちゃんと治療法探すだけだったんだ」

「………っ」

「遅くなって、ごめんな」


急に、視界が滲んで見えなくなった。

想いだけじゃない。

あたしは、サンちゃんの夢も、無下にしていたんだ。



おれが、はなのびょうき
ぜったいなおしてやる!




「ばーか」


小さかった頃は、そのキャスケットもぶかぶかだったのにね。
いつの間に、こんなに変わっちゃったんだろう。

お互いに。


「今からでも治せるかもしんないだろ」


にかっと太陽のように眩しく微笑うサンちゃん。
あたしの、大切な家族の一人。


「ごめん…」

「謝んなよバカ。お前は、夢を叶えて話せるようになった。
だから次は、俺が夢を叶える番だ。準備は整ったしな」


バスに揺られながら、ジャケットの袖で目元を拭う。


「帰ったら、付き合えよ。
いっぱい話したいことあんだ」


あたし、サンちゃんのこの笑顔、大好きだった。

サンちゃんとお母さんに挟まれて座りながら、あたしはぽろぽろと止まらない涙に俯いてばかり。
今更だけど、家族に囲まれるあたたかさに、今まで寂しかったんだと自覚して…嬉しくて。
イタリアでの毎日が懐かしいよ。サンちゃんとお祖父ちゃんと一緒にご飯食べて、お屋敷の中で遊んだり、勉強したり…、時々帰ってくるお父さんとお母さんは各国のお土産を持って帰ってきてくれたよね。

懐かしくって、遠くって…少し、霞がかってしまった思い出が、ほんのちょっとずつ思い起こされて。
色褪せた記憶が、過去に見た景色を再び眺めることでまた息を吹き返していく。


あたしは、あたしが始まった¥齒鰍ナ、もう一度始まろうとしていた。




***




南サン。あたしの家族。
ひとつ年上だけど、幼なじみというより兄妹も同然のように育ってきた。

サンちゃんは、あたしが5つのときにやって来た。
お祖父ちゃんが連れてきた、所謂孤児だった。

サンちゃんは、もとの家族のことを話そうとはしなかった。だから、あたしも聞かなかった。それだけだ。
戸籍上はお祖父ちゃんの子、お父さんの弟で、あたしの叔父にあたるのだけど、幼すぎる叔父は、あたしの兄として共に育った。

目印の黒いキャスケットは、本当のお父さんの形見なんだそうだ。


郊外の森の中、一際目立たない場所にある其処が、あたしたちの育った家だった。
相変わらず繁った木々の向こうは暗がりで見えない。昔はおばけが出るんじゃないかって怖がってたなぁ。

広すぎる庭はほぼ芝生のような土地で、手入れもそこそこに雑草のような草花が群生していた。
あたしが可愛いから好きって言ってたコスモス、まだ咲いてるんだ。
よくここで、サンちゃんと鬼ごっこしたりかくれんぼしたなぁ。


「わぁー、懐かしい」

「そのままだったから、こないだメイドに掃除させたんだ」

「あれ?ベッド大きくなった?」

「そりゃあな。じじぃが買い換えてたよ」

「用意周到な…」

「暫くは昔みたいに普通に寝泊まり出来るだろ」


お祖父ちゃんは外出していたので、先に荷物を見ようとあたしの部屋までサンちゃんと一緒にやって来た。
小さな頃大きく見えた屋敷も、今じゃそれなりに見える。だけどやっぱり、いつものマンションと比べたらずっと豪華だ。

あたし、案外お嬢様暮らしさせてもらってたんだなぁ。


「あー、この衣紋掛けとかすごい懐かしい!昔はてっぺんまで手届かなかったんだよねー」

「クローゼットの中に全部用意してあっから」

「はーい」

「あと……ほら、」

「?」


ぼふ、と手渡されたそれ。
ふかふかの白い兎の縫いぐるみだ。
だいぶ年期が入っているように見える。


「………?」

「それ、気に入ってたろ」

「………そうだっけ…、」

「はぁ?覚えてねーの?」

「……可愛いけど、思い出せない」


靄が掛かってなかなか映像が浮かんでこない記憶。
確かに、よくこれを気に入って抱いていたような…、気はする。


「まーいいや。じゃ、適当に着替えたら下に来いよ。瑠奈さん呼んでたから」

「あ、うん。わかった」


手渡された縫いぐるみを一旦ベッドに置いて、クローゼットを開けた。
フェミニンなワンピースやブラウス、プリーツスカートなんかの可愛らしい服が揃えられている。


「……お祖父ちゃんの選びそうな…。」


いかにも良家のお嬢様って感じだ。もっとラフな格好で構わなかったんだけどなー。
適当に取り出したそれに着替えながら、あたしはぼんやりと日本の皆を思った。


あたし一人里帰りしちゃったけど、皆大丈夫かなぁ。
大怪我してないかな、ちゃんとご飯食べれてるかな。まだヴァリアーは来てないよね。
あたし、ちゃんと間に合うかな。強く、なれるんだよね?


聞かなきゃいけないことだって、たくさんあるのに。
しっかりしなくちゃ。着替えを終えると、気合いを入れるために両頬をぺちんと叩いた。少し痛いけど、時差ぼけが若干すっきりしたような気もする。


あたしは、懐かしさを惜しみつつ自室を出て、大広間に続く階段を駆け降りた。




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