心が死んだ日(兄者+ラッド夫婦)





 まだ火薬と血の臭いが消えない頃、隊長には『奈津子』さんという奥さんがいた。
俺が彼女に初めて会ったのは、任務で相変わらず上手くいかず、しまいには骨折して入院したときだった。
ある日、隊長が病室に来て「会わせたい女性がいる」と言われ、他の病室とは何処か違う真っ白い部屋に案内され
中には黒く綺麗な髪を三つ編みにした女性・・・奈津子さんがそこにいた。
少しの間惚けていると後ろから隊長が「妻だ」と本当に小さい声で、でも誇らしげに囁いた。

彼女は隊長にすすめられ、病気を治すため日本からこちらに来たのだと話してくれた。
とても優しくて、穏やかで、まるで『お母さん』のような人で皆から好かれていたのを覚えている。(あまりに大勢の人に優しく接するせいか隊長が嫉妬して拗ねていたのが一番印象的だったが・・・)
そんな奈津子さんが俺も大好きで毎日のように病室に通って世間話や仕事の話、隊長が部隊でどうゆう風にしているかなど、色んな話をした。
奈津子さんもまた色々話してくれた。
日本食の作り方、文化の違い、そして隊長がいつも俺の話をしている事も・・・
それを聞いて酷く恥ずかしくなったが、「まるで初めて恋をした女の子みたいに話すんですよ。」と言われ照れくさかった。

 しかしその日、
俺は彼女の寂しそうな声を聞き取る事が出来なかった



退院して数週間すぎた雨が降る日、
奈津子さんの様態が急変したと聞かされた。
俺が急いで駆けつけた頃には隊長が、弱弱しい奈津子さんの手を祈るように握り締めていた。
外で雨音が激しくなる中、病室は耳鳴りがするほど静かで・・・・悲しかった。

「あなた・・・」

雨音に消されてしまいそうな
か細い女性の声が耳にはいてくる。
数週間前の元気だった彼女とは思えない声だ。

「一つ・・・我が儘を言っても良いですか・・・?」

少し間をおいてから「なんだ」と隊長は言う
下を向いたまま。
かすかに手が震えていた。
この時、隊長は奈津子さんが何を言うのか分かっていたんだと思う。

 「仕事に・・・部隊の応援に行ってください。」

「廊下で話しているの、聞きましたよ?」と少し強めに、まるで小さい子供を叱るように隊長に話しかける。でも隊長は黙ったまま。
沈黙が続いてやっと出た言葉が「行かん」だった。
俺もそれには賛成したかった。
でも奈津子さんは声を振り絞り怒鳴ったときには悲しすぎてどうする事も出来なかった。

「あなたの助けを待っている人が何百といるのに見捨てるんですか!!
 たった一人の・・・私を見送るために!!!」

「お願いですから・・・・私の好きなあなたのままで・・・・ッッ」

涙で前が見えなくなった。
前も見ていられなくなった。
本当は傍にいてほしいはずなのに、手を握っていてほしいはずなのに
奈津子さんは、隊長と大勢の人の未来のために突き放している。
これは間違った判断かもしれない。でも、断れない。
 奈津子さんの最後の願いだから

コツリ、コツリと靴音が俺の方に近づき「妻を頼む。」と言った。
潮の香りをまとった彼は一定の靴音と共に戦場へ向かった。
 妻の願いを受け止めて。
靴音が消えるとベッドの方からガタンと音がし、傍にいた医師達が「奈津子さん!!」と駆け寄っていくのが見えた。

 やはり無理をしていたんだ。

酸素マスクを付けられ、苦しそうに呼吸をする彼女と慌しく動き回る看護士達と機会音。
辛すぎる現実が俺の目の前で行われていて、俺は立って彼女の最後を見届ける事しか出来なかった。
 そして俺は見た。
奈津子さんが左手を少し上げ薬指のリングを愛しそうに見つめながら「ありがとう」と言ったのを




――数時間後、奈津子さんは亡くなった
最後まで隊長を思いながら幸せそうに

止まらない涙も拭わず、俺は隊長の奥さんに敬礼をした。
敬意と、感謝の気持ちをこめて

「お疲れ様でしたッッ!!!」





 ――――――――――――――

先ほど、ゼロから連絡が来た。
 「奈津子が死んだ」と

敵兵に奪われた左手には痛みは無く、
呼吸の苦しさと胸の痛みが酷く目立った。
部下達の勝利の喜びは雨音と耳鳴りで掻き消される。

「隊長!やりましたね!!
 これで俺達は英雄ですよ!!!」


  あぁ


「隊長・・・・?」


  何が


   「英雄だ・・・。」






end



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