「入るよー」
 
何度ノックしても気が付かないので、ユズは勝手に扉を開けて入る。
気が付かないのではなく、外から声をかけたのでユズと気が付いて反応しないだけなのかもしれないが。
 
ユズがやって来たからとユズが好きな紅茶とクッキーを乗せたトレーを準備してくれたメイドさんから預かり、今持っているから、中から開けてほしかったけれどもそんなことを言っても仕方ない。
鍵がかかっていることはなく、ユズが扉を開ければすんなり開いた。
器用にトレーを片手で持ったまま、ユズが部屋に入れば、相変わらず高そうなテーブルにカードを広げて、レオンはデッキを調整していた。
 
静かに扉を閉めると、どうせ無視されると思いつつも文句を言う。
 
「もう、返事くらいしてくれてもいいじゃない」
「どうせ入ってくるなら一緒だろう」
 
スルーされると思っていた言葉は、嫌みと共に返された。
しかし、レオンはカードを見たままで、ユズはレオンに歩み寄りながらムッという顔をする。
 
「今度からはいないと思って引き返すから」
「毎回同じことを言っているだろう」
 
確かにレオンとユズのこのやりとりは何回どころか何十回目かわからない。
ぷーと頬を膨らませると、レオンは広げていたカードの一部を手前に寄せる。
 
ユズの方が一つ年上なのに、この幼馴染には勝てたことがない。
レオンがこの別邸に住み始める前から、それこそお互いがまだバブバブ言っていた頃からの幼馴染ではあるが、どうもこの幼馴染は子供の頃という言葉を母親の胎内に忘れてきたのではないかというくらい大人びているから、いつだってユズは自分が年下のような気持ちになってしまう。
 
レオンが空けてくれたところにトレーを置くと、レオンの向かい側に腰を下ろす。
レオンの部屋のこのおしゃれなテーブルに付属したイスの二脚目はユズ用だ。
レオンは私室には滅多に人を入れないらしく、だから実質的にこのイスがユズ専用になっているのだと思っていたが、どうやら最初は一脚しかなかったイスをユズが来るからとレオンがもう一脚増やしてくれたらしい。
実質、お隣さんと言ってもユズの六畳しかない部屋よりもレオンのユズの家のほとんどがすっぽり入ってしまいそうなくらい広い部屋で遊ぶことが多いのでこのイスにお世話になることが多い。
 
カップにポットから紅茶を注いでレオンの邪魔にならないところに置く。
自分の分を淹れると、レオンの広げるカードを見る。
 
アクアフォースは伝説のクラン。
レオンの家の一族が使うくらいで、後は全く使っている人がいないので珍しい。
ヴァンガードの大会はよくテレビで見るけれども、アクアフォースを使っている人なんて見たことない。
他にも伝説と言われるクランはいくつか存在するけれども、アクアフォースは特に珍しがられる。
 
レオンの影響か、ユズもアクアフォースと同じメガラニカのクラン、バミューダ△のユニットを使っているけれども、一回もレオンに勝ったことはない。
バミューダ△は女の子の煌びやかなクランだからユズには合っていないような気がして変えたいけれども、長年使ってきたし、メガラニカの他のクランはグランブルーしかないので、女の子の可愛いイラストが好きなユズとしてはちょっと悩み所だ。
ネオネクタールやオラクルシンクタンク、エンジェルフェザーとか気になっているが、海が好きなユズとしてはうーんと言ったところだ。
 
「ユズ」
「何?」
「まだバミューダ△のクランを使うのか?」
 
まるでユズの心を読んだかのように、デッキの話をするから、一瞬ユズの肩が跳ねた。
カードを選ぶレオンは全くユズを見ていなかったから見られることはなかったが。
そしてすぐにレオンの言葉に棘があったことに気づく。
 
「むむむ。どうせ似合ってないわよ!」
「そこまで言っていないだろう」
「そこまでってどういうこと!」
 
いつだってこの幼馴染は上から目線だ。
まっすぐと言えばそれだけだが、いくら慣れたユズでもカチンとくるときだってある。
ましてや、気になっていたことを言われれば。
 
似合っていないか、それに近いことをどうやら思われていたのだとわかって、ユズは腹を立てながら、メイドさんが焼いてくれたクッキーを摘むが、レオンはユズの怒りなんてなんのそので、持っているカードの束から一枚カードを出して、近くに置いていたカードを入れる。
 
「新しいクランにするつもりはないのかと言っているんだ」
「そうは全く聞こえなかったけど」
「そうか」
「……」
 
ユズが黙りこめば、レオンも黙ってしまう。
口の中に残るクッキーの甘さを紅茶で流し込んで、ユズは口を開く。
 
「……最近は他のクランにしたいなーとは思ってるけど」
「ネオネクタールなどか?」
「うん。でも海が好きだから、海をモチーフにしたクランが好きなの」
 
ばっちりユズの好きなクランを当てるレオンに驚きつつも、ユズはそっと目を瞑る。
昔、レオンに連れて行ってもらった海をユズは忘れたことはない。
水面がキラキラ光って、そして太陽の眩しい光にこの幼馴染の髪がまるで宝石のように光っていたのが、まるで切り取った写真の一枚のようにユズの中に綺麗に残っている。
 
「グランブルーは?」
「女の子のクランがいい」
 
それにグランブルーは海賊だ。レオンのアクアフォースは海軍がテーマ。
なんとなくレオンの天敵のデッキを選ぶのは嫌だった。
 
そこまで言ってから、なんだか駄々っ子みたいなことを言ってしまったと、一人で反省していると、レオンは完成したらしいデッキをデッキケースの隣に置いた。
ケースの中に入れないのかと思っていたら、よく見ればケースの中にはもうカードが入っている。
それじゃ置いたのは予備のカードかと考えると、レオンの周りにあるたくさんのカードは一体なんなのかわからない。
 
ユズが首を傾げていると、レオンはカードを片づける。
デッキケースと隣に置いたカードの山以外は全て綺麗な装飾がされた木の箱に直す。
そして、ユズの前にデッキケースの隣に置いたカードの山を差し出してくる。
 
「やる」
「へ?」
「女ばかりではないが、メガラニカのクランだからいいだろう?」
 
デッキケースの隣のカードの山。やはりそれはデッキらしい。
ユズはレオンから受け取ると、デッキのカードを見る。
何度もファイトしたからわかる、レオンのデッキよりも女の子のユニット、戦場の歌姫(バトルセイレーン)達が多いデッキ構成になっている。
 
「……もらっていいの?」
「あぁ」
「ありがとう!レオン」
 
一通り目を通してから、ユズが顔を上げると、レオンはいつもの無表情に近い顔を少しだけ緩めて微笑む。
ユズが好きなレオンの表情だ。
 
「そそそれじゃ、ファイトしよ!」
「あぁ、いいだろう」
 
真っ赤になったユズはどもりながらファイトを申し込む。
 ファーストヴァンガードをセットしたときには、レオンはいつもの無表情の顔に戻っていたけど、ユズの頬は染まったままだった。



私の好きな、君の表情
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2012/08/06 緋色来知

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