館長への報告を済ませて、館長室から出ようとしたジギーを、館長の声が止める。

最初の「あっ」という声は無視したが、その後に「ザジ君が」と恋人の名前を出されては仕方ない。

振り替えれば、ニヤニヤと口角を上げるロイドにジギーは眉を潜める。

「そういえばザジ君もさっき帰ってきてね。もうすぐ君が帰ってくるって伝えたら、休憩室で待っとくって…ちょっとジギー!?」

話は終わったと言うように、また扉に向かって歩き出したジギーをロイドは止める。けれども、ジギーの心はもうすでに休憩室の恋人のところにあるのか、ロイドの声に止まることがない。

ロイド自身、もう伝えるのとは伝えたのでジギーに用事はなかったけれども、言い切る前に去ってしまわれるとなんだか後味が悪い。

それを知ってか知らずか、ジギーはさっさと部屋から出ていった。

後に残されたロイドは片腕を上げたまま、ガックリとうなだれた。




休憩室の扉を開けて中に入るが、ジギーが部屋の中を見回してもザジはいなかった。
試しに名前を呼んでみたが、返事はない。
疲れたジギーのこころがまた一段と疲れたような気がした。

別に自惚れている訳ではないが、ジギーの後輩であり、恋人でもあるザジはジギーのことをよく慕ってくれている。
ジギーが帰ってくると言えば、夜中だろうが、明け方までなろうが、相棒のヴァシュカと一緒にジギーの帰りを待ってくれているのだ。

故郷であるキリエを離れてからは、ジギーの帰りを待ってくれているのはザジだけだった。

BEEとはいえ、まだまだ幼いザジにそんな時間まで待たせることは正直申し訳なく思ってはいる。
ザジ自身が自分が勝手にやっていることだと言って、ジギーが止めるように言っても止めることはないこともあるが、ジギーの方が問題なのだ。
ジギーをここまで慕うザジなら、ジギーが強く言えば聞くだろう。けれども、ジギー自身強く言えないのだ。

こころがほとんどなくなっているのではないかというくらい疲れ果てて、ジギーの家になりつつあるザジの家に帰ったときに、真っ暗な街中で一つだけ明かりの付いた家。鍵は渡されているのに、扉をノックすれば、中から聞こえてくる足音と鍵を外す音。開いた扉から飛び出すように出てくる小さな恋人が、ジギーをその猫のような目に写すと、花が咲いたように笑顔を浮かべて「おかえりなさい、ジギーさん」と迎えてくれるのだ。

どれだけ極寒の地を走ろうが、何十匹の鎧虫と戦おうが、遠いところからこころがほとんどなくなってしまうくらいの距離を鉄の馬で走ろうとも、あのザジの笑顔が、まるで光のようにジギーのこころを温かくして、ほとんど何もないようなジギーのこころをいっぱいにしてくれるのだ。

だから、ジギーはザジに強くは言えないのだ。
ザジの優しさに甘えてしまっているから。

けれども、ここにザジの姿はない。
もしかしたらもう帰っているのかもしれない。
館長であるロイドに出したハリーによる伝令の時間よりも一刻遅くなってしまっているし。幼い頃に両親を失ったというザジは料理が得意で、もしかしたら夕飯の買い出しのために家に帰ったのかもしれない。

こころの中で、偽の情報をくれたロイドに悪態をついてから、踵を反そうとしたジギーの目になにかが写った。
テーブルの奥に、ジギーと同じBEEの制服の一部であるマフラーが見えたのだ。

誰かが忘れて行ったのかと一瞬思ったが、テーブルと奥のソファーでは高さに差があって、マフラー単体ではテーブルに隠れて見えることはない。

もしかしてと、ジギーはテーブルに歩み寄れば、愛しい人の姿があった。

「こんなところで…」

ジギーを待っていて、横になったらつい寝てしまったのだろう。
帽子を被ったまま、上半身だけソファーに倒してザジは寝ていた。

ザジの頭の方に行くとジギーは、ザジの隣に腰を下ろした。
いくら室内とはいえ、風邪をひいてしまうといけないと、ジギーは自分の上着を脱ぐとザジにかける。

「…う、うん」

優しくかけたつもりが、あまり優しくなかったらしい。それとも眠りが浅かったのか、ザジがうっすらと目を開ける。

「おはよう、ザジ」

一瞬戸惑ったジギーだが、起こしてしまったのは仕方がない。
まぶたを擦りながら起き上がるザジに声をかけると、ザジがジギーの方を向いた。

その瞳にジギーを写すと、ザジはへにゃりと普段の勝ち気なザジとは違った、まるで子供のような笑みを浮かべた。

「…おかえりなさい、ジギーさん」

まるでろうそくについた火のように、それはポッと音をたてて、ジギーのこころを明るく照らす。

ジギーとザジ以外誰もいない部屋で、ジギーはザジを抱き締めると、ザジはおずおずとジギーの背中に手を回した。

ザジの耳元にジギーは唇を寄せると、そっと囁く。

「ただいま、ザジ」




「おかえり」と「ただいま」
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2012/02/10 緋色来知



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