月明かりだけで十分なくらい明るい夜に、薬鴆堂に赴いたリクオに酒を注ぎ己の分も次いだ鴆はリクオを横目で見た。
主であり、恋人は静かに杯を傾けているが、いつもは見惚れるその様も今の鴆には腹立たしいものにしか映らない。
「どうした、鴆。やけに機嫌が悪いじゃねーか」
「…………」
昼にはない、人を食ったような笑みを浮かべるリクオに鴆はいつものように声を上げようとしたが、それではいつものように簡単にあしらわれると思い至って杯を勢いよく煽った。
いつもとは違う鴆の様子に一瞬怪訝そうな顔をしたが、リクオはすぐに楽しそうな顔をする。
鴆が怒ってもリクオにとっては子供が癇癪を起こしたぐらいなのだろう。そう思うと鴆はさらに腹立たしくなった。
おそらく最初から、リクオが夜の姿でわざわざぬらりひょんの畏を使ってやってきたときから、鴆の機嫌が悪いのをわかっているくせに、肴はいいから、と高級そうな酒を手渡して居座っているのだ。
「どうした?姫様は今日はご気分が優れないのかい?」
「やめろ、その言い方!」
「なんでだよ。間違ってねぇだろ」
鴆の顎に手を伸ばして、無理やり己の方に顔を向けさせたリクオはからかうように姫様なんて呼ぶから思わず鴆は口を開いてしまう。
開いてしまえばリクオは口角を上げて、鴆の耳元に口を寄せて囁くように姫様と呼ぶ。
リクオの、その吐息まで伝わってきて、身体を跳ねさせた鴆に、リクオはまあ、俺の鳥でもいいがな、と続けた。
「またテメェ俺を置いて出入りに行っただろ」
「あぁ、それか」
一瞬考えてからリクオは呆れたように鴆を見る。
その様子に鴆は片膝を立てて、リクオに迫る。
「それか、じゃねぇ!俺を出入りに連れてけって言ってんだろ」
「なんで惚れた奴をわざわざ危ないところに連れて行くんだよ」
「ッ!!」
リクオの殺し文句に鴆がうろたえれば、リクオはニヤリと口角を上げて鴆の頬に触れる。
「わかったら大人しくしてな」
「でもよ…」
「俺の言うことが聞けないのかい?」
「………」
リクオの言葉に黙り込んでしまえば、この話は終わりだと言わんばかりに、空いた杯を持って酒瓶を鴆に渡す。
注げ、ということなのだろう、鴆は大人しく酒瓶を受け取り、杯に注ぐ。
「聞き分けのいい子は好きだぜ」
「ふんっ」
リクオから顔を逸らした鴆にリクオは声を上げて笑う。
それを聞いて不満そうな顔になった鴆は、自らの杯に手酌で酒を注ぐと一気に煽った。
内寵
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内寵とは君主が内々に寵愛する妾のことをいうそうです。
リク鴆にはそんなイメージがあります。
お題:)decadence様
11/07/25 緋色来知
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