「やるよ」

目の前には一つの包み。
奇しくも時間はお昼休み。購買に行こうと、教室から廊下に出たところ。
包みの形は長方形で、その上に細い長方形の形がはみ出ている。
この時間、そしてこの形。
100パーセントお弁当と見て間違いないだろう。

差し出してくれたのは可愛らしい彼女…ではなく、可愛らしいのは合っているけれども、小悪魔な彼氏、奥村君。
志摩廉造の自慢の恋人は料理が得意で、いつ嫁に出しても大丈夫なレベルだ。もちろん貰うのは自分だけれども。

そして奥村君の後ろには奥村君専用セコムという名のブラコン、もしくは物質界の魔神(サタン)若先生。
後ろには障気いやいや、怨念のようなものが見える。
怨念がおんねん。…こんなことを言うから、奥村君にかっこいいランキング選外って言われるんやぞ。

弁当は受け取りたい、でも奥村君の後ろの若先生は死ぬほど怖い。
虫豸の群れの中に飛び込むのと同じくらい、怖い。

だけど、わざわざ作ってきてくれた奥村君の心を裏切るのか。
教室まで届けに来てくれた奥村君を、弁当受け取らないで恥をかかせて、そして悲しませて返すのか。
それはエロ魔神と言われ、坊にそれでも坊主か!と罵られまくった志摩廉造、やってええことと悪いことくらいわかっとる。
大切な、誰よりも好きな恋人、奥村君を泣かせることは悪いことや。

後ろから子猫はんと坊の念仏を唱える声が聞こえる気がする。
きっと二人が唱えてくれるなら、往生できるだろう。

男、志摩廉造、逝きます。

「おおきに、奥村君。良かったら一緒に食べへん?」
「い、いいのか?」
「坊達も一緒やけどええなら」
奥村君から弁当箱を受け取ると、奥村君はホッと息を吐く。
受け取ってもらえるか、心配だったらしい。

それと同時に一気に場の温度が下がる。
怨念がもっとおんねん。
若先生の怨念が増えるワカメのようにどんどん大きくなっていく。

受け取っても怒るけど、受け取らなくても若先生は怒っただろう。
不条理とはこういうことを言うのだろう。

キラキラと目を輝かせる奥村君と反対に、念仏を唱えていた二人の声がピタリと止んで、風を切る音がするくらいの勢いでブンブン頭を振る音がした。
おそらく、というより、確実にその頭は縦ではなく、横に振られているだろう。
この状況、確実に若先生が付いてくるのが二人にもわかったのだろう。

「なら、雪男も一緒でいいか?」
「ええよ、若先生も一緒に食べましょ」

後ろの二人がもっと首を振るのがわかった。

そして若先生の怨念が、ついに人の形になって腕を構えているのが見える。
今にも掴まえて喰ってやろう、そんな顔をしている。
肝心の若先生と言えば、何故か眼鏡の奥が見えない。

「僕は今から用事があるのでいいですよ。皆さんで」
「そうなのか?」
「うん。塾の時間までには帰ってくるから」

さっきとは一変した、にこやかな表情で若先生は奥村君を見た、だけど後半の言葉はさっきの怨念の籠もった表情でこちらに向けてだった。

授業で覚えておけよ、と言う声が何故か耳元で聞こえたような気がした。

「それじゃ行くから」
「頑張れよ、雪男」

こっちを一睨みしてから去っていく若先生を、止まらない震えを必死に抑えようと努力しつつ見送った。

「し、志摩さん。僕ら購買行ってから行くから二人で食べよって」
「おん。わかった」
「じゃ、あとでな」

二人は購買で買ってから、二人だけで食べるだろう。
そそくさと去っていく二人を見送ってから、 奥村君の方を向く。

「ほな、いこか」
「うん」

嬉しそうに頬を赤らめる奥村君と一緒に中庭に向かう。
お揃いのバンダナに包まれた弁当箱を手に。




お昼は奥村君にアーンまでしてもらって至福やったけれど、若先生の授業では難しいところを三分に一回の頻度で散々当てられた。


恋せよ、老若男女
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お題:)sappy様
11/11/29 緋色来知


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