『雪男』
幼い頃、泣いていた自分に手を差し伸べてくれたのは父親代わりである神父さんと、そして双子の兄だった。
「……まだ、寝ないのか?」
「もうちょっとで読み終わるから。電気、邪魔?」
「……ううん」
兄さんのベッドに腰をかけた僕の膝の上には兄さんの頭。
タオルケットをかけて寝ていた兄さんは、寝起き特有のかすれた声と共に目をこすりながら僕を見上げる。
僕と言えば読みかけの本を読みながら、文庫本を持つ手と反対の手で兄さんの藍色に近い黒色の髪を梳いていたが、兄さんが目を覚ましてしまったから本よりも兄さんに視線を向ける。
「……ごめんな」
「気にしないで。それに兄さんの呻き声を聞いている方が読書の邪魔だからね」
最近、兄さんはよく悪夢を見るらしくうなされている。
授業中だって悪夢ですぐに飛び起きるから授業中寝なくなった。まあ、それで兄さんの成績が上がったかというとまた別の話なんだけど。
夜にうなされるたびに起こしていたけれど、どうやら兄さんは僕が傍にいると悪夢を見ないということが解ってからは寝るときは兄さんと一緒に寝ることにしている。
兄さんは申し訳なさそうだけど、兄さんに頼られている気がして、僕としては嬉しかったりする。
会話が途切れて、また本に目を落とすと、一回起きてしまったからか眠れないのか、僕の膝の上で兄さんが頭を動かす。
最後に部屋の灯りに背を向けると、兄さんは目を瞑る。しばらくして目を瞑っても眠れないのか、兄さんはごそごそと身体を動かす。
それを見て、ふっと笑みをこぼすと近くに置いていた栞を挟み、本を枕元に置いた。
「さて、そろそろ僕も寝るよ」
「……読み終わったのか?」
「もうちょっとだけど、さすがに眠いからね」
「そうか」
確かに少しずつ眠気は来ていたけれど、本が読めなくなる程眠いわけじゃない。いつも寝る時間はもっと遅いし。
でも兄さんが可愛らしくて、本の内容が全くと言っていい程入らないから、もう寝てしまった方がいい。
実際、兄さんが起きてから1ページも進んでなかった。
兄さんは身体を起こすとベッドの奥の方に移動する。
僕は一旦ベッドから降りると電気を消して、兄さんが開けたスペースに寝転がる。
「兄さん」
腕を広げて、兄さんを呼べば、兄さんは恥ずかしそうに顔を赤くさせながら僕の腕の中に入ってくる。
いつまで経っても慣れないその様子に愛しさを感じながら、兄さんを抱き締めた。
「おやすみ」
「……おやすみ、雪男」
目を瞑ると、少しして兄さんの寝息が聞こえてくる。
目を開けて愛しい人の寝顔を見る。寝顔は穏やかだ。
昔は兄さんが僕に手を差し伸べてくれた。だけど、これからは僕が兄さんに手を差し伸べる。
「……僕が兄さんを守る」
夜はまだ深い。
あの日々に誓った想い
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11/05/02 緋色来知
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