へロディアの娘は善なりうるか/トーマ
あぁこの人好きなんだなと思った。他でもない自分のことが。

白い頬を薄紅色に染めて、時折チラチラとこちらを伺うような視線を寄越してくる男に視線を合わせれば分かりやすいくらいによく整ったかんばせを綻ばせる。

嬉しいという気持ちがなかった訳でもない。人が包み隠しているものを思わぬ場面で知った時、凡庸な人間は他人の知らない事を自分だけが知っているという優越感に浸るのではないだろうか。私もそうだ。

けれどこんな話、万が一でも誰かに打ち明ければナルシストだと笑われるかもしれない。少しばかり不安にもなった。人の恋慕を笑いのネタにするなんて最低だと後ろ指を指されるにも違いなかったので、この事実は名実ともに私だけの秘密になってしまうのだろうけれども。

こんなに分かりやすい人間存在しているのかと感心さえしながら、美しくはないが一般的な所作で食事をする男を眺める。食事の前には「いただきます」と流暢な挨拶と共に手を合わせた。外国人のくせに器用に箸を使って、見た目以外はこの文化圏に上手く溶け込んでいるようだなと聞く人が聞けばレイシストだの種族差別だのと目くじらを立てられそうな事を浮かべ自分の心の中で考える分に問題がある訳でもないしと直ぐに捨てた。

男の睫毛は長く、顎は尖っていて鼻も高い。顔は小さいが、足はすらりと伸びていて身長の半分以上を占めていそうな二本の少し余った部分を窮屈そうに机の下に収めている。

これで仕事も安定した職に付いていて、この世界では必須とも言える武道の心得もある。他人への気配りも出来、恐らく料理や洗濯、一般的な家政の仕事もこなせる。全くもって欠点がない。完璧だ。随分整った容姿の男が私のような性格の悪い女を好きだなんて随分おかしな世界だなと腹を抱えて笑っても良かった。

*

小さめの鍋に油をうすーく張る。昼食で使った鶏肉に片栗粉をまぶしたものを片面ずつカラッとあげる。一旦それを天ぷらの油切り用和紙に乗せて、使った油はしばらくしたら小さめのガラス瓶に避難させる。

砂糖、醤油、酒、みりん、そしてだし少々。本当は鍋に入れる前に混ぜなければならなかったのだけれど、その手間さえ億劫でふつふつと煮立ってきたカラメル色の美味しい素を菜箸でぐるりと一回転掻き混ぜ、ぼんやりと荒作りの民家の壁を眺めていた。

カレンダーのない生活は未だに慣れない。時間という概念に縛られて生きてきたせいで、気を抜けばいつかぷっつりと糸が切れてしまうのでは無いか、とぼんやり思うようになってきた。あれほど嫌っていた集団の中の競争社会的な生活が自身の自我を保つ役割を果たしていたのだ、と気がつき滑稽にさえ思えてくる。

物流の停滞でそれなりに値の張った着物の袖を躊躇なくたすき掛けにして、鍋から出ている蒸気の旨味をたっぷり含んだ匂いにあてられながら私は自分がこの奇妙な状況から未だ抜け出せていない事実に今日も絶望するのだった。

平凡では無い、信じられないような話をしようと思う。

稲妻の離島と呼ばれる比較的外国人の出入りが頻繁な場所で小さな診療所を開き医者の真似事をする女がいる。顔立ちは至って普通の稲妻人、鼻は高すぎず低すぎず、顔立ちも不細工では無いし痩せぎすでは無い至って一般的な容姿の女。

しかし、女には誰にも明かしていない秘密がある。それは女が所謂異世界から今の稲妻に迷い込んでしまった存在であること、そして本来なら所持を禁止されている神の目を有していること。ついでにここ最近社奉行所の役人の一人から恋慕を向けられている、らしいこと。

後者二つは全くどうでも良くて。女の一番奇特な点はなぜ異世界からやってきた人間が医者なんてそこそこ社会的地位も高い職業を認められているか、である。

永遠の国と呼ばれるここでも生活様式、文化や技術の変化は著しく、特に稲妻本土、最も文化レベルの高いとされている鳴神島では脚気患者がちらほらと見られるようになった。

現代で脚気を患う人間なんて早々いるはずも無いので、最初こそ戸惑ったが元の世界で医師を志望していた時の知識が役に立ったのか、それとも時代劇やドラマの内容を覚えていたのが良かったのか何にせよ女、打ち明けると私は稲妻市民を苦しめていた奇病を解決してしまった。

未だ農村部で症状が見られないものも白米中心の生活が浸透していないからだとか、農作物の産地ではビタミンBを摂取する機会があるからだとかまさしく教科書や医学書で学んだ知識通りで笑いそうになった。曰く、脚気は江戸時代初期から大正にかけての二大国民病と呼ばれたらしいがその原因は副菜に含まれるビタミン不足だそうで。少し前まで麦飯や玄米の含まれる食生活を送っていた日本人が白米の美味さに気がつき米ばかり食いまくったのが病流行の原因な気がしてならない。

実に食への飽くなき追及が恐ろしい貪欲な日本人らしい病である。この国でも同じ現象が起きているとなればやはり本質的にここ、稲妻は私の元いた場所と非常に似た文化や思想、人種の集まりであると認めざるを得ないだろう。

違う点と言えばこの国は天皇制や民主主義国家ではなく「七神」と呼ばれる神の一柱、雷神によって統治され永遠を司る国として栄えていることか。他にも耳の長い種族や獣と一体化したような見た目の獣人と呼ばれる存在が希少ながら存在していたり、鳴神島の一番大きな神社の宮司は狐の妖怪だったりとまぁ随分サブカルチャー的な設定が盛り込まれていることか。あとは少し前に始まった鎖国令も時代錯誤というか。

それはそれとして。

稲妻本土で兵士やら市民の脚気大流行でいよいよ業務も生活もヤバいぞと混乱が生まれている最中、ぽっと出の怪しい女がアッサリとその問題を解決してしまったら奉行所から賞賛されて褒美に名誉と資金と土地と、遣わされた。衣食住に困っていた私としては宝くじに当選したレベルの幸運である。

八重堂でよく見かける娯楽小説の主人公達もびっくりするほどトントン拍子に首尾よくこの国に居座ることもできまして。

このまま何も無ければ平穏に暮らせそうだったのだが、どうもたたら砂で起きた祟り神の影響は仕入先の拠点がある最近稲妻本土にまで及んでいるらしい。価格の高騰だけならまだしも鳴草や他の薬草の仕入れが未だに到着していないのはやはり看過できない問題だった。

稲妻で医者の真似事を初めてから五年目の事だった。

さてならば敵の本丸に乗り込むぞ数日休業させていただきます、と通ってきてくださる患者には数ヶ月分の薬を処方し(元の世界の薬剤師が聞けば顔を顰めそうである)最低限旅の装いをまとめ離島からたたら砂行きの船が出る本土を目指した。

久々に上陸した稲妻本土で元の世界の母国の時を数百年戻したかのような街並みに思わず目を細めてしまった。五年前は呆然と立ち尽くしていた私を訝しむように避けていく人の視線、視線、視線、服装こそ尊皇攘夷やら大政奉還の騒がれる時代の人間であったが、彼らの本質は現代社会と何一つ変わっていないのだと気づいて酷く安心したものだったが、今は感動一つ覚えない。

あの時も自身が全く知らない世界に迷い込んでいるにもかかわらず不思議と恐怖はなかった。受け入れられる許容量を超えて脳がおかしくなっていたのかもしれない。数年程、ふらふらと浮浪者のように放浪の旅をしてから、時折病に苦しむ人間の治療を行っているうちにこの国には馴染みのなかった人間の体の構造や臓物の中身を調べる仕事にどれほどの価値があるのか、生きる道が天啓のように開けた。

しかし、それがどれほど甘いものだったのか、私はちゃんと理解していなかった。人の命を預かる重み、責任感、何もかもまるで膜を隔てたスクリーン越しの出来事のように考えていて。

けれど、言い訳をするなら生きるためには金が必要だった。食べ物を買うのにも服を見繕うのにもこの世界ではモラが必要だ。女の身一つでどうにか出来るほど世界は優しくなかった。まだ元の世界では一人前に働けるほどしっかりしていなかった学生と言う身分に甘えて家族や友人と生ぬるい後ろ盾に支えられる存在が生きていくにはあまりに厳しい世界だった。

稲妻本土からどうにか神無塚行きの船の約束を取り付けた私は宿代わりになりそうな場所を求めて緋木村を訪れていた。そして廃村と見紛う程人気の死んだ村から幾分か離れた場所でひっそりと息を潜めて暮らす二人の夫婦に出会った。女性の方は既に祟り神によるものと思われる流行病に侵されており、男性の方は私の身分が医者だと分かると縋るように彼女の治療を求めてきた。

「つかれた」

そう初めて弱音を吐いたのはちょうど女性が息を引き取った時だった。なぜ救えなかった、お前のせいだ、やぶ医者に任せるくらいなら最初からスメールの治療院に送ればよかった、知らない単語、謂れの無い罵声、後悔と憎悪、何もかも一身に受けて、それでも唯一の家族を見送る時間は必要だろうとどうにか働かない頭を動かしてぺこりと一礼、何とか外の空気を吸いに出る。そういえばもう三日はろくに飯も睡眠も取れていなかったかもしれない。

私が二人の男女を見つけた時、既に女性の患者は息も絶え絶えで何もしなくても、三日の内に死ぬことは判然としていた。それでも延命して救えるのなら。頼んだのは男性でも、決めたのは私だ。逃亡生活に路銀を使い果たしたという女性の恋人らしき男にお代は結構だと断ってから粗末な彼らの隠れ宿で治療を始めて約一週間、幸運なことに三日で容態は快方に向かった。

しかし既に女性は生きる意志を失っていた。流行病の蔓延する村で何があったのか、知る由もない。しかし赤黒く汚れた祠やおどろおどろしい雰囲気の神木、消えた村人やまるで持ち主だけが忽然と姿を消したように放置されていた刀や荷物から察することはできる。

男性は最近兵役から逃れ村に戻ってきたという。村の中で患者の女性がどのような目に遭ったなんて知らなかったのだろう。

けれど私にそもそも関係はあっただろうか?面倒事に首を突っ込んで痛い目を見るくらいなら最初から首を突っ込まなければよかったのに。囁く自身の声に、それもそうだと納得してしまった。

とっくに私の心はこの世界から消え失せてしまっていた。そんな時に鈍く光る氷の目を授かったのだからこの世界の神とは人間のことを何一つ理解していないのだろう。思わず、そう本当に思わず声を上げて笑ってしまった。

最初は元素だの神の目だの薄っぺらい電子機器の海にどっぷりと身を浸してきた身では些か受け入れ難い現実であったが、いつの間にか当たり前のように浸透しているやや不便な生活に愛おしさまで見出してしまった。懐に入れたら人情の熱い稲妻人の気性と厚意に案外あっさりと慣れてしまったらしい。仕事も軌道に乗り始め、それなりに暮らせるようになったし、少々生活面で不安は残るものの衣食住が約束された日々を送れていた。

けれど、それがなんだって言うのか。私は相変わらずこの世界に縛られたままで帰れる兆しは何一つ見つかっていない。

離島に帰ってきてからもぼんやりと過ごしていた私に患者以外で声をかけてきた人がいた。

透けるような明るい髪の毛とオリーブ色の瞳があまりに優しいものだったから、こちらを気遣う穏やかな目に気がつけば私はその人に村であったことを何もかもぶちまけていた。大して面白い話でもなかったろうに私の言葉にいちいち顔を顰めたり、共感する姿に拍車がかかってしまった。

「君は充分頑張ったと思う。誰かを助けることは勇気がいる行動だ。だから見返りを求めない君の優しさを俺なら尊敬する。その人は大切な人を失ったぶつけようのない怒りや憎しみを君に向けてしまったのだと思う。だってその場には君しか居なかったんだろ?」

やさしい声で慰められるのはこの世界に来てから初めてだったのだ。その人に名前を聞かれた。先生と呼ばれることはあっても私個人の名前を知りたがる人はいなかった。病への不安、憎しみや怒り、そんな負の感情を向けられることが多いせいで、その人の真綿に包むような優しさは当時の私の身に染みた。

わんわんとまるで子供のように泣いてしまった私を余計に困らせてしまったと思ったらしく、婚姻前の女性に不用意に触れたり撫でるのは良くないから、と外国人らしい見た目にそぐわない奥ゆかしい意向で男らしい手をおろおろとさせていた彼の名前を知ったのはそれから暫くしてからだった。

自身をトーマと名乗った青年、明らかにそんな和名の似合わない見た目だったが深く事情を聞くことはしなかった。初めてこの世界で私を見付けてくれた人を大切にしたいと柄にもなく思っしまったのだ。

けれども私はトーマのことをただの優しいお兄ちゃんだとばかり思っていたので、最近の熱の籠った視線や甘ったるい雰囲気は明らかに恋慕する人のそれで。

あぁ、恋をしているひとの眼差しだ、と。

ふ、とした時に向けられるとろりと砂糖を煮詰めたようなやわらかな目や少し触れるだけで熟れた夕暮れの実のように真っ赤に染まる青年の反応を見ていれば鈍感でも否応なしに気がつくのでは無いだろうか。

心の中ではどうして!?でいっぱいである。ここまでの出来事で何一つ浮ついたイベントはなかっただろうに、純愛が似合いそうな青年の心を意図せず射止めてしまったことに疑問符が浮かぶ。同時に厄介だな、と。

そこまであからさまな態度を取られても尚、何も行動を起こすことなく現状維持に近い男に些か戸惑いもしたが、まぁ特に問題でも無いだろうと放置している。今はそれどころではないので。

考えすぎていつの間にかこんがりと狐色に揚がってしまっていた鳥の竜田揚げモドキを慌てて天ぷら紙の上に掬う。油が大方切れたらトロリとした飴色のタレの中に戻して絡める。人らしい生活をおくらないといつか身体を壊すぞと戒めてきたのはその人だった。

随分長いこと思考の海に浸かったまま作っていたせいで一人では消費出来なさそうな量がこんもりと皿の上で小山を作っている。明日の昼食の分までになるとは全く予想していなかったがまぁいい。箸と茶器を用意してさて、いざ試食といったところでこんこんと控えめに扉が叩かれた。現在時刻は日付を回る前である。

「はーい、今行きます。」

この時間の来訪は珍しいものでもない。離島で数少ない診療所として拠点を構えているので万が一、急患の者がいた時のことも考えて自分が対応出来る間は正面の扉に対応可の札を掛けている。

「夜分遅くにすまない」
「あれトーマさん?」

ガラガラと門扉を開ければ眉を下げて申し訳なさそうな顔をしたトーマが立っていた。

「ここらで不審者の目撃情報があってね、俺も知り合いからちょっと聞いただけなんだけれど……えっと、万が一のことがあったらって思って。」
「あぁ親切にありがとうございます。なら表の看板変えとこうかな。」
「そうした方がいい。……ところで今から夕飯?」
「そうですね。今日は患者さん多くて、昼ご飯も食べ損ねちゃったんですよね。だからお腹減っちゃって。」
「そっか。」

なるほど、と傾いたトーマは出来たての竜田揚げに釘付けだった。本人はチラチラっと気にしているのを隠しているつもりだろうが、関心と食欲を隠せていない。

「トーマさん、ご飯食べました?」
「えっ!?まだだけど……そんな俺、欲しそうに見てた?」
「えぇ。割と。」
「うっ恥ずかしいな、実は俺も今日は色々立て込んでてね。」
「ここ最近忙しそうにしてますもんねぇ、顔役でしたっけ。お疲れ様です。」
「アハハ、ありがとう。」
「これ実は作りすぎたんです。だからせっかくだし持って帰るかここで食べていきませんか?お口に合うか分かりませんけど。」

作り過ぎた夜食の消費に一役買ってくれたらラッキーとか男なら量も食べるだろうから腐る前に処理できたら御の字としそれくらいで誘ったつもりだったのに、トーマは皿の料理と私の顔を交互に見比べて、何事かを呟いた後、俺でよければ是非、と真っ赤になりながら頷いたから、少しばかり気まずかった。

食い意地が張っていると勘違いされたのが嫌だったのだろうか。別に何も思っちゃいないのに。ただ反応が初々しいな、と。

色素の薄い瞳と髪の毛が笑えるくらいこのあたりの民家と合っていない。現代風に言うならヒップホップとかストリートダンスでも嗜んでいそうな特徴的な赤いコートが彼のトレードマークとも言えるだろう。

基本的な具材と一緒にしゃきしゃきの山芋を生のまま入れた味噌汁に農家を営む患者が持ってきた大根の漬物。今日のメインディッシュの甘塩っぽいソースで搦めた竜田揚げ、最近ハマっているもち麦を混ぜた麦飯、ついでにカシューナッツの甘露煮、面白みもない一般的な家庭料理を前に心做しかキラキラと目を輝かせているように見えた。

「す……っごく美味そう。」
「どうぞお先に食べて構いませんよ。」
「君は?」
「味噌汁に卵を入れて食べたいので」
「かき玉汁ってやつだ。好きなのかい?」
「まぁそうですね。トーマさんの分は好みが分からなかったので普通のお味噌汁ですよ。」
「……俺もそっちがいいな」
「えぇ?構いませんけど。」

スッと無言で渡した味噌汁茶碗を返される。多分口つけてないし一緒に作って欲しいの意なのだろう。そういえばネギも入れてなかったし丁度いいか。私一人の量に対して卵一つは多すぎたし。

色々と考えて目の前で鍋に返すのも何だか良くないだろうしとちょっと気を遣いながら2人分の味噌汁に溶き卵を入れた。

「ん、これ、すごく美味いな。」

ごくんと喉仏が上下してなかなか豪快に食べているのに品の良さを感じる所作に器用に箸使うのは違和感しかないなぁなんて考えながらそれは良かったです、と当たり障りのない返事を返す。

そこで話は冒頭に戻る。何故か私のことを好きな男をのこのこと家に招き、共に食卓を囲んでいる。

「おかわりもあるので良かったらどうぞ。」
「えっ、いやいや!悪いよ」
「構いませんよ。一人だとなかなか量を消費出来ないので寧ろ食べてくれると助かります。」

惣菜の小鉢は保存もきくし、自分でも上手く作れたと自負している。けれど一人暮らしの女がどうにかできる量ではなかったので。

ぱくぱくと遠慮なく食べ始めたトーマを見ていると忘れかけていた空腹がまた顔を出して、ぱくりと一口サイズに切った竜田揚げを口にする。サクッとした衣と餡として絡めた甘塩っぱいソースが結構相性がいい。我ながら力作、と思わず頬が緩んだ。市場で買ったばかりの新鮮な食材を使った味噌汁も出汁の香りが立ってこれぞ日本食、という感じ。ここは日本では無いのだけれども。

「こんなに良くしてもらっちゃ俺も何か君に返さなきゃね。」
「あはは、別に大丈夫なのに。」
「いーや、こういうのはちゃんとできる時に恩返ししておきたいんだ。」

そんなことしなくていいのに。私のような外者に向ける好意なんて、荒んだ心が嫌な言葉をうかべてしまう前に何もかも蓋して話を続けるトーマさんの言葉を待つ。

「ええと……こういうの面と向かって言うのは少し照れくさいな。」

うろうろと忙しなく視線を彷徨わせていた新緑の瞳が真っ直ぐこちらに向けられた。

「今度、鳴神島で大規模なお祭りがあるんだ。前夜祭では花火も上がるしここからでも見えるけど……やっぱり甘金島から観る花火は格別だから、忙しくしてる君の息抜きになればいいなってええと、違うな、つまり、」

みるみるうちに赤くなっていくトーマは随分初心な反応をするのだなと、酷く冷めた気持ちで観察していた。

「今度、俺と一緒に本土で花火大会に行かないか」
「ええ、……もちろんです。」

その前に私が帰っていなければですけど、そんな言葉を呑み込んで。だってこの世界で初めて私を見つけてくれた貴方に吐くのは残酷すぎると知っていた。

でもきっと花火を見たって私は貴方の望む反応なんて返せない。とっくの昔にこの世界への関心なんて失っているんです。何もかもどうでも良くて。だから貴方の恋心にもきっと私は答えられない。

なーんてあほくさ。笑える。

楽しみですね、そうにっこりと何も知らない振りをして私は微笑むのだ。


*

女の子 数年前に稲妻にやってきた。色々と冷めてるしちょっとだけ性格悪い子。医者をしてる。
心はとっくに死んでて元の世界に戻れない毎日に絶望してる。もし元の世界で惚れられてたら両思いになってた、かもしれない。
トーマ 純情ボーイ 女の子のことが好き なんとなく女の子に事情があることは知ってるけど聞かない優しさと踏み込むと離れていくんじゃないかと言う不安で苦しんでる。

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