黄金屋の公子に勝てない話2/タルタリヤ
長い足を組んで頬杖を突いたまま正面の席からこちらを観察するタルタリヤの暗い色の瞳と目が合った。にっこりと人好きのするような笑顔を浮かべられて思わず体全体が沈み込むような居心地の悪さに身体をむずつかせる。全く覚める兆しもないこの現状がいよいよ夢だと否定出来なくなってきた。

現実逃避さえもままならないのから逃れるように車窓の風景を眺める振りを始めたはいいが、奇妙な列車は止まることなく依然走り続けている。どこに向かっているのか皆目見当もつかずじわりと滲んだ不安を誤魔化すように温度を失った指先を握った。

すっかり仕事終わりの疲れも眠気も何もかも吹っ飛んでしまった。今はこの現状をどうすれば打開出来るのか考えなければならない。タルタリヤは私のことを間違いなく「旅人」と呼んだ。そして私自身の名前も。

こちらが公子タルタリヤという青年のことを知っていたように、彼もまた私のことを認識していたとでも言うのだろうか。

荒唐無稽な推測だと分かっている。しかし、これが連勤疲れの自分が見る夢でないのなら今私が迷い込んでしまったのはあの世界だと考えるのが一番筋が通る。何かの拍子に向こうの世界と私の世界が繋がるきっかけが生まれた。だから男は初対面の女にも親しげに話しかけてきた、少なくともこちらへの態度は敵対心や無関心の類ではなかったことが幸いか。

しかし相手は目的のためなら手段を厭わない組織の執行官。どれだけ作中でイケメンだと持て囃されようと黄金屋でいたぶられた経験や魔神任務ではその掴めない性格で散々翻弄された記憶の方が新しいせいでキャラクターに会えたと言う喜びなより恐怖の方が圧倒的に勝った。

この場で切り殺されたりでもしたら、男の機嫌を損ねて容赦なくサックリ首から下と分かれることになれば

「っ、」

タルタリヤにはそれを躊躇いなく実行するだけの力がある。カチカチと根の合わない歯を噛み締めて、止まらない悪寒に両腕を摩った。

「寒いのかい?君が良ければ何か用意させるけど。」
「……大丈夫です。お構いなく。」

そう?とこちらを見つめる目は純粋にこちらを心配しました、と言わんばかりに気遣わしげで。チクリと罪悪感に少し胸が傷む。(恐らく)年下の男に気を遣われること自体なんだか居心地が悪いというのに、その相手に殺されるかもしれないという恐怖を抱いているなんて男は想像もしていないらしい。

「やっぱり着てた方がいいよ。女性を……ましてや君を薄着で放ったらかしにするのは俺が許せないし、風邪でも引いたら困るだろ。」
「それは……そうですけど。」

とんとんと指指されたのは明らかにサイズの大きい男物のコートで、グレーのどことなく見覚えのあるようなデザインのそれは上等な生地を使っているのが見てわかる。気遅れはするが梃子でも譲らない雰囲気に諦めて拝借することにした。

「あの、公子……さん」
「タルタリヤでいいよ。どうしたんだい。」
「ならタルタリヤ、この列車はどこに向かっているんですか。」
「知ってどうするつもり?」
「……別に。ただすこし、気になっただけ。」
「あはは!気になっただけ、ねぇ?それもそうだ。君からすればここは知らない場所、全く知らない土地、もしかしたら知らない世界に迷い込んだに違いないんだから。」
「なら、」
「君、全然警戒心が隠せていないよ。さっきから視線が忙しないね。まるで俺が隙を見せる機を窺っているみたいだ。」

言葉を遮られ、的を得た発言に肩が跳ね上がりそうになった。当たり前じゃないか、明らかに危ない雰囲気の異性と二人きりなんて警戒もするに決まっている。

「俺から逃げられると思うな」

スッと深海のような瞳が細められてこちらを咎めるような視線。逆らえばどうなるか分かっているだろうな、と言わんばかりのそれに本能的に恐怖を覚える。びくりと跳ね上がった臆病な心臓が忙しなく音を立てている。なぜそこまで拘るんですか、聞く余裕なんてなかった。

ゆるゆると首を振るしかない。現状では抵抗するだけ無駄骨に違いなく。それこそ私の操作していた子達のような運動神経があれば可能性はあったのかもしれないけれど、こちとら一般的な成人女性程度のポテンシャルしか持ち合わせていない。しかも外はどう見ても極寒の吹雪の中。万が一、車窓を割ることが出来たとしてそんな中に進んで身を投じるのは自殺行為だ。

「ごめんね、怖がらせてしまったかな。でも君だって怖い思いはしたくないだろ?俺も君が傷つくのは不本意だ。」
「それ、脅しですか。」
「違う違う、警告だよ。この列車はファデュイの使節団が利用するために手配されたものだからね。ほかの車両にも俺の部下しか乗っていないし他の誰かに助けを求めたとしても意味は無い。むしろ君のような得体の知れない人間がここに潜り込んでいたなんてバレたらそれこそ……ねぇ?」

やっぱり脅迫じゃないか、と突っ込みそうになるのをぐっと堪えた。変に楯突いてこの場で殺されたりでもしたら本当に帰れなくなってしまう。

「安心するといい。俺が口利きすればどうとでも誤魔化せる。君が俺のお願いを聞いてくれるなら、だけど。」
「お願い、ですか。」
「そう、簡単なことさ。この鉄道はスネージナヤを発って璃月支部…君も多分知っているだろうけど北国銀行だね、そこに戻る手筈になっている。」

スネージナヤ、それはこの男の出身地だったはずだ。雪に覆われた国。ファデュイと呼ばれる愚人衆の本拠地がある所。どんな場所なのかは想像もつかないが。

「君はおそらく異世界からの訪問者なんだろう?けどきっとこれから先、否が応でもこの世界で暮らすことになるだろうね。」
「帰る手段が見つかるまで、のつもりですが」
「……ふーん、あくまで俺たちの世界は君にとっての仮想で居場所にすらならないということか……まぁいい、君がどう身を振るにしたって生きていく上で身元の保証ができる存在が必要なはずだ。」

タルタリヤの言う通り衣食住の確保は真っ先に浮かんだ懸念だった。いつまでこの珍妙な悪夢が続くのか分からない以上、何かしら収入源を確保する必要がある。しかし私は武術のぶの字も分からない剣術や格闘技の経験なんてあるはずもなく、せいぜい大学の必須科目だった体育で剣道を齧ったくらい。

「だから、そうだな……君は俺が本国から招いた親しい関係の人物として振舞ってくれたらいい。」
「つまり、ええと、あなたの親族のフリをするということ?どう見ても私の見た目と毛色では遠い血筋の親戚でも無理があると思うんですが。」
「はっ……アハハッ!」

しばらくの間、そして何故か大爆笑し始めたタルタリヤに思わず眉間に皺が寄る。例の羊の時といい笑いのツボがよく分からない男だ。

「ごめんごめん、言い方が悪かったな。君が知っているように俺はあの事件の首謀者として矢面に立たされている。だからファデュイの中でも色々立場や上との関係が危うくてね。」
「っ、」

事件、としてすぐに浮かんだのは璃月編の本筋となった岩王帝君の暗殺だ。結局、鍾離を名乗る青年が岩神その人で、最初から最後まで彼の計画した事だったらしい。いくらシナリオとして決まっていた事とはいえタルタリヤの目論見を全て台無しにしたのは間違いなく旅人やプレイヤーであるこちら側で。チクリと針で刺されるような罪悪感に胸が痛んだ。

タルタリヤの行動が璃月全体を危機に晒したとはいえ、それらの筋書きが全て他の者の掌の上で、彼もそれに踊らされた者の一人だったと知った当時、何とも言えない気持ちになったのは記憶に新しい。

「そんな顔しないでくれ。別にあの件は君に責任がある訳でもないし、終わったことをどうこうするつもりはないよ。ただ色々と……俺の足元を見た連中がこぞって自分の陣営に引き込もうとしてくるものだからそろそろ辟易してきてさ。」
「はぁ……」
「うん、回りくどい言い方するのも面倒だしハッキリ言うね。身寄りのない君がこの世界で生きていくのはまず無理だ。君の世界がどうだったか知らないけどここには魔物がうじゃうじゃ生息してるし、戦えない女の子がそう簡単に仕事を見つけられるほど甘くはない。」

運良く優しい人に拾われたとしよう。その場凌ぎでどうにかなったとしても、結局仕事をするにも戸籍や来歴が必要になる。そう懇切丁寧に説明されてしまってはこちらも言い返す言葉もない。主人公である旅人がその辺の過程をすっ飛ばせたのは彼、または彼女自身に戦える力があったからなのだろうし。

「だから君は俺に保護される代わりに、ここぞとばかりにしゃしゃり出てくるご令嬢達や狸爺達を黙らせる役を任せたいんだ。」
「……なるほど」

なるほど、そういうやつ。理解した。何となく読めてきました、ええ。大昔にプレイしていた女性向けの恋愛ゲームでもそういう展開見ましたもん。茶化しそうになる脳内はどうやらこんな状況でもまだこの男に夢を見てしまっているらしい。

どう頑張っても大した面白みもない女に望みも可能性はないのに。

目下の問題が解決しそうになっているせいで途端本来の楽観的な思考がどこまでも脳内お花畑な妄想を始めてしまって、鼻で笑ってしまいそうになる。だって私の描いた理想の展開って、あまりに王道すぎる。いっそ滑稽だ。

それにしたって一つの問題を解決しようとすればどんどん厄介事に巻き込まれるのはこの世界の仕様かなにかなのだろうか。

やんわりとした言葉選びだっただがこちらに拒否権があるように思えなかった。寝食の保証の見返りとして覇権争いの所謂虫除けの役割を果たせと、本人からはっきり告げられているのだ。

タルタリヤ、結構好きだったんだけどな。かっこいいし、武人としてどんな武器も極めようとする姿勢も惹かれる部分はあったし、何かと物騒な台詞もトキメキを感じてしまっていた。女というのは往々にして少し危険な香りのする男に惹かれる生き物なのだ。

忘れかけていたミーハーな部分がもしかしてこれから推し君との甘酸っぱい展開に発展しちゃうかも、なんて。期待していなかったと言えば嘘になる。

でもまぁ現実とは無情なものなので。都合のいい展開に発展することはまずないだろう。極寒の雪中に捨て置かれることの方がもっと困るし。

「とりあえず自立出来るまで、ここでの生活を保証してくださるなら」

資金をどうにか確保できれば男の世話になる必要もなくなるだろう。それまでの生活の面倒を見てくれると言うのなら条件付きとはいえこちらにも悪くない話だ。

璃月かモンド、もしくは稲妻、どこかの冒険者協会で冒険者になるのも楽しそうだし。冒険者、響きだけでわくわくしてくる。簡単な仕事だけを回して貰えたらそれなりになんとかなる……と思いたい。水晶の回収ルート、イグサの収集ルート、巷ではゴミ拾いとも言われる経験値餌にする聖遺物が拾える場所、遺跡守衛の湧く地点、とにかくやり込める部分はとことん時間と労力を費やしていた。きっとその知識は無駄にならないたぶん、おそらく。

「心配しなくとも途中で君を放り出したりはしないよ。」

やっと手に入れたんだ、みすみす逃がすわけない、そう呟かれた声にぞわりと背筋が粟立った。

待ってほしい。もしかしなくてもこれは選択を間違えたかもしれない。



成り行き、またの名を利害関係の一致で顔の良い男のヒモ……もとい協力者になってしまってからどれほど経っただろう。最初の二週間は無理難題を押し付けられてきたらどうしたものかと冷や冷やしていたがこちらが拍子抜けしてしまうほど普通の生活を送っている。

あの不穏な台詞も多分長らく探していた人材をようやく見つけたという意味合いだったのだろうと今ではすんなり納得してしまった。

私が丹精込めて育てていた旅人くんはもう稲妻に旅立ったのだろうか。あそこは日本の文化に似た設定だと聞いていたから気になるし、せっかくだから観光にも行きたい。なんならこの世界を見て回りたい、そういう欲は誰しもが持つに違いなく。

やんわり、本当に遠回しに外の空気をそろそろ吸いたいなーと伝えてもタルタリヤは「君にとって外は危険なことばかりだから」とあっさり、にべもなく断られ続けているため今のところと一度も外出の夢は叶っていない。

朝、小鳥の囀りが聞こえる時間にだいたい目が覚める。ふかふかしたベッドの上でゴロゴロしたい気持ちを抑えて二人分の朝食を用意しなければならないのは少し大変だが毎日美味しそうに食べてくれる相手がいるのでそこまで苦に感じない。だが、しかしこれは、

「……ちからつよ」

身体に逞しい男の腕が巻きついている。目が覚めたら昨日の夜はたしかに寝室のひとつしかないベッドの隅っこで寝たはずなのに、私の体はなぜかど真ん中を陣取っている。しかも抱き枕よろしく長身のタルタリヤに抱き込まれる形で。

細身の見た目に反して鍛えられた筋肉がしっかり着いているタルタリヤに武人というのはこういうものなのだな、と混乱しきった頭で頓珍漢な感想を浮かべる。筋肉質でもないがしっかりしてそうな体幹もそれなりに重量のありそうな弓や双剣を軽々しく使いこなす手腕からして相当鍛えてるんだろうなぁと呑気に考えていたが想像以上にがっしりしていた。しかもこの男これが初犯ではない。いくら近くにいるからって私とこの男は男女間のそういった関係もないのだからおかしくはないか。

ともかく今日が彼の休日とはいえ朝食を作らなければならない。私もこの世界のジャムをまだ食べた事がなかったし、せっかくなら紅茶と一緒に頂いてロシアンティー風に楽しみたい。

すぴすぴとあどけない寝顔を晒して眠りこける男をどうしたものか、と途方に暮れた。あまりに気持ちが良さそうに寝ているので無理やり起こしてしまうのも気が引ける。昨日も帰ってきたのは夜刻も更けた頃だったようだし。暫しの逡巡。

しかし恋人同士でもない男女が同じ寝具で同衾しているのは由々しき事態ではないか。

「タルタリヤ」
「……ん、おはよう、」

とろりと蜂蜜のような笑顔で私の名前を呼んだ男にじわじわと頬が熱くなる。あぁこれは、良くない。だってさっきから心臓がばくばくと忙しない。情けない顔を見られる前に男の腕から逃れなければ。

「お、なか減ったから、離して」

朝食をしっかり食べるようなタイプではなかった。いつもコンビニでカフェラテと薄いハムのサンドウィッチを買って会社で食べるだけで十分だった。

分かりやい嘘をついたのはバレていたのだろうかわかったよ、とくつくつ喉奥で笑いながらあっさりと解放してくれたタルタリヤから離れ足早にキッチンへと向かった。

じわじわと熱を持ち始めた耳朶を抑えて、こうなるはずじゃなかったと叫びたいのを堪える。都合よく解釈して勝手に裏切られた気になるなんて面倒な女になりたくなかった。なのにあんな甘ったるい声でこちらのことが好きでたまらない、なんて態度取られたら勘違いしてしまう。

**

ほんのりまろい頬を薄紅色に染めた彼女がパタパタとスリッパの音を響かせてキッチンに向かったのを聞きながらにやける顔をどうにも抑えられなかった。あーかわいい、明らかに困ってそうな顔で固まってたのも、気を遣って俺を起こそうとしなかったのも健気で愛らしい。本当にあれでよく手出さなかった。基本的に欲は抑えられない人間なのに本能だけで彼女を襲わなかった俺はえらい。合意の上じゃないとダメだと分かっているとはいえここで味見でもしようものなら俺が数週間かけて積み立ててきた信用もガラガラと崩れ落ちてしまう。ぐっと自制した自分の理性を褒め讃えるしかない。

ゴロゴロとベッドの上でのたうち回りながら枕に残る彼女の残り香をすうと吸い込んで、抱き込んだ時のやわい肌の感触やベッドに散らばる髪の毛を思い出してうっかり、本当にうっかり朝っぱらから大きくしてはいけない所を膨らませそうになる。

思い浮かべるのはこの前稲妻帰りの相棒から教えてもらった活力にゃんこ飯を食べる鍾離先生だ。可愛らしい猫の形に盛られた料理をスンと真顔で見下ろしながら顔面から崩しにかかる脳内の先生に昂った精神が少しばかり鎮まる。ついでに萎えた。全然可愛くない。

あぁ、でもあの料理を彼女がみたらきっと喜んでくれるに違いない。ダメだ、少しでもあの子のことを考えるとまた元気になりそう。でも彼女に幻滅されたら立ち直れないので気合いで精神統一をし続けて、ようやくベッドから出られたのは美味しそうな匂いが寝室まで漂ってきてからだった。

スクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン、バターを乗せて焼いたトースト、バターの香るおいしそうなスープ、彼女の世界では一般的だったと言う朝食の献立は十分過ぎるほど豪華なものだった。腹を満たせればそれでいいなんて豪語していたし実際今でもそうなのだが、彼女の料理はどれも舌鼓を打つほど美味しい。食べたことも無い稲妻地方の郷土料理にも似ている見た目の料理は優しい味付けや海鮮の出汁をふんだんに使ったものが多く雪国の辛味やスパイスを多く入れた故郷のそれとはまた異なる趣があった。

何も知らない彼女は俺がやたら高級な料理を食べるせいで舌の肥えた人種だと思い込んでいるきらいがあるけれど。

ちらちらと何でもない風を装いながらもこちらを上目遣いで伺ってくる視線に知らないふりをしながら味の良い紅茶を堪能する。

幻滅されたくはなかったから上手い理由を付けてこの子を隠した。そのせいで厄介な勘違いが生まれてしまった可能性もあり今更ながら少しばかり後悔している。本当は最初からファデュイの厄介事に巻き込むつもりなんてなかった。

けれどあの列車の中で無防備に眠る彼女を見つけた時、これは運命なのだと確信して同時になんとしても自分の手に収めなければならないと躍起になっていた。この子を最初に見つけたのは手塩にかけて育てていたあのモンドの貴公子や魔女達でもない俺だった!俺が選ばれたのだから!

戸籍も何も無い女を一人隠すことなんて容易い。だって証拠も残らない。この世界に彼女がいるということを知るのは俺だけ。愛おしい彼女を生かすも殺すもこの手に委ねられているという事実、隠しきれていなかった野良猫のような警戒心が徐々に薄くなってきている彼女が時折俺だけに向ける表情、せっかく手に入れたのをわざわざこの手で殺めたいなんて思わないが一種の興奮さえ覚える。

「おいしいよ、在り来りだけれど君は良いお嫁さんになれるだろうな。」
「なんか大袈裟だけど」

君は他の誰かへその料理の腕を披露することはもうないだろうね、とはまだ教えてやらない。今はまだ牙を見せる時じゃない。

「こういうの人に食べさせたの久しぶりだからそう言われるとちょっと照れる」

ポツリと呟いてふにゃふにゃと毒気の抜かれるような顔で笑う__。

「タルタリヤ、今日の夕飯は何かリクエストあれば教えて。
何でも、とはいかないけどできるだけこの世界の料理が作ってみたくて」

__を帰す、なんて最初から選択肢にさえ入っていない。子は鎹、稲妻ではそんな慣用句もあるらしいし、璃月には天女の羽衣を盗んで女を手篭めにしようとした男の話だってあるくらいだ。

あの列車は二度と運行させないよう事故でもなんでも偽装すればいい。帰り道に繋がるものは何一つ残されていないと、俺に飼い殺されるしかない運命だと知った時、この子はどんな顔をするんだろうか。

どうせ上からの命令で暫くは璃月に留まら無ければならないし、何事も郷においては郷に従え、こちらの文化に倣うべきだろう。あまり気が乗らないがせっかくならこの子にテイワットの景色を見せてやりたい。

俺の世界は君のつまらない世界よりずっと美しいよ。帰りたいなんて二度と思わないくらいに。

そうだ一緒に投げる鞠を選びにいこうか。それもとびきり上等なやつ。

「……楽しみだなぁ」

思わず漏れていた俺の心の声を拾った__は不思議そうに首を傾げていた。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -