モラトリウムの開幕/放浪者*

1.モラトリウムの開幕
2.涅槃の中間点
3.真夜中信仰
4. 熱帯雨にて終焉


モラトリウムの開幕

 間もなく自分は死ぬだろう、在る男は静かに話した。

 男、名を何と言ったか。刀鍛冶を生業にしていたと話すそいつは稲妻で宛もなく、さ迷っていた僕の世話を焼いてきた男だった。小憎たらしい奴だが見た目だけは子供に見えるのだから大人の手で守らなければならないと。妻子を失い、生きていれば同じくらいの歳の息子がいたのだと快活に笑っていたのがほんの数十年前のことであったが、再び再会した時に印象的だったのは最初に出会った時より随分老け込んだ男の容貌だった。髪は白くなりその人間の年齢からしても些か歳を食いすぎているように思えた。薄汚れた煎餅布団の隙間に身体を挟み込み、苦しげに息をする男の様、しかし、笑うと目尻のシワが深くなるのは変わらなかった。

 死は命を与えられた生き物が逃れられない運命であり、一種の終着点であることは知っていた。だから僕は一言だけ「そうか」と返した。そして暫く考えて、何かしら声を掛けてやろうと思って男に問うた。

「死ぬってどんな感覚なの?痛い?苦しい?」

 ひゅうひゅうと苦しげに息をしていた男は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして笑った。

「お前には分かるまい」

 からからともうろくに息をする余裕もないくせに。笑う男は僕の頬に触れて何故か悲しむように顔を顰めた。

「傾奇者、死とは生を与えられたものが辿り着く終着点だ。全ての生きるものが平等に享受する終わり、肉体という檻から魂の解放……はて、これは前の俺がたどり着いた境地であったか……まぁいい。」

 けほり、と男が痰混じりの咳を一つ漏らした。

「お前は人間ではないのだろう?
ならば何故俺のような死に損ないにそのようなことを尋ね涙を流すのだ。」

 気づかれていたのか、と今更驚くことはなかった。頬を伝うものが自分自身から流れたものだと認めたくなくて、男を睨み付ける。

「莫迦だな、人形がそんな安っぽいことするもんか。」

 男の薄っぺらな胸にぎゅうぎゅうと自分の耳をくっつけて心臓の鼓動を聞いた。今にも消えてしまいそうなくらい弱々しく、小さな音だった。

「ねぇ、勝手に死ぬなんて許さないから。」
「ははは、そりゃ無理な話だろう。人間はなちっぽけで自分勝手な生き物だ。運命には抗えぬ。お前さんが雷神様のような高貴な御方だったなら出来たかもしれんが。」

雷神、カミサマ、すぐに思い浮かんだのは雷を纏う髪の長い女、僕を捨てた母親の姿、そしてなりそこないの僕。

 お前のような者では人一人救うことすら出来ないと、あの女が嘲笑ったような気がした。

「フン、ならいつか僕は神様になって、そのちっぽけな寿命からも解放してやる。さっさとその病気も治して僕に会いに来い。それで百年、二百年、それからもずっと一緒だ。」

 それはまるで睦言のようであった。

 僕は男に対して一種の執着心を抱いていたのかもしれない。それらしい言葉を人間のように紡いでやることはなかったが、たしかにそこには男へ向けられた情があった。けれど友愛だとか親愛なんて生易しいものより、もっとどす黒く渦巻くそれが、恋慕なんてあまったるい響きであるはずが無い。

「たとえどんな姿になっていても、何度だって、僕はお前を見つけてやる。」

 そう言い切った時、もう男からは何も返答がなかった。そこで初めて人間がすでに事切れていたのだと気がついた。血の気を失って真っ白に変わっていく男の頬はまだ温く、やわらかい。しかし心臓からの鼓動はない。

 人に当たり前にあるべきものがない違和感と、言い表せない胸の靄が気持ち悪くてがらんどうの心を引っ掻く。自分の存在を証明する唯一のものだった金色の羽を硬く握りしめた。在る刀鍛冶の男はそれを自分の存在証明になると、嘯いたが結局自分の創造者も、あの神子もそれに応えることはなく何の価値もなかった。

 東の空から明星が昇っている。窓の隙間から差し込んだ斜陽を浴び、薄紅色に色付いた男の頬から一筋の涙がこぼれ落ちた。ガタガタと風が鳴る襤褸の窓は大した役割を果たしていなかった。生涯を終えるにはあまりにちっぽけな長屋だったが男はひどく満足そうに微笑んだまま、長い眠りに着いたらしい。

「次は健康な体に生まれてくるといいね、君」

 震える僕の声に答える者はもういない。それが男の最期だった。

 鳴草に落ちた露のような雫が、自分の頬から流れる廃液と同じでなんて、どうして認められようか。



涅槃の中間点


 まあるい瞳をじっとこちらに向けて「お前も罪を犯したのか?」と男は尋ねた。どこまで無垢な、よく手入れされた鉢植えに咲いた白百合のような、というのが男に使う表現として適切ではないのは確かだったが、数十年だか稲妻で別れた時よりも儚い印象になったあの男がそこにはいた。

 曰く、男は罪人だという。
 友人を殺し、最愛をも捨て自らを偽り流浪人として璃月を亡命している最中。今世の男の素性なんて興味もなかったため、それ以上詳しく聞くことはなかった。しかし恋人からもらったというチープな星螺の飾りを見つめる視線の先に殺意だとか憎しみなんて一縷も感じ取ることはできなかった。どこまでも深い愛とでもいうのだろうか。気に食わない。お前が一番に据えるべき相手は他にいるだろうと少しばかり苛立つ。

 けれどそのどうしようもないくらい優しげな顔を見ていると不思議と納得してしまうのだ。今世でもお人好しを発動して、いらないものを引っ被ってきたんだろうなと。

 優しいのか天性の馬鹿なのか、相も変わらず運のない男である。

 まぁ問われたことくらいには答えてやろうと、考えを巡らせていたら僕の頭を覚束無い手つきで撫でる男によって視界が塞がれた。男の利き腕はだらりと力なく垂れ下がっていた。どうやら今日は動かすことさえままならないらしい。不幸なことに男は亡命の最中、追手に切り付けられ、利き腕の自由を失っていた。それ以降、天気によっては満足に箸を握ることさえままならない日もあるらしい。

「難しく考えるくらいなら答えなくっていい。ただ、俺と話す時のお前があんまりに不安げな顔だから気になった、それだけだ。」

 善か悪か、実に二元的で凡人の好きそうな発想だ。鼻で笑ってわざとらしく肩をすくめてやった。誤魔化すつもりなんてない。すでに僕は愚人衆の役職についていた。悪事にも手を染めていたし、目的の為なら幾人もの人も殺めることを厭わなかった。僕の歩いてきた道には既に何十人もの死体が積み上がっている。200年もの歳月はおおよそ全うな倫理観だとか、「らしさ」をねじ曲げるに充分な時間だった。

 とっくの昔に僕はどうしようもなく悪に傾いている。だれも救うことなんてできないくらいに。

「あぁそうだとも。この手は血で染まっている。けれど今の僕は亡霊なのさ。誰も信じてくれないだろうけどね。」

 深い海のような黒々とした瞳が僕をまっすぐに見つめる。言葉の真意を図ろうとしているらしいその態度はやはりこちらの全て、価値、存在意義、そして僕の罪さえ何もかもを秤量しているようだった。

 男が首を傾げた拍子に濡れ羽根のような髪の毛がサラリと流れた。流浪の身となった男は僕が任務で派遣された時には既に璃月で罪人として追われ続けていた。どこからともなく現れる追っ手から庇ってやる度、傷だらけの顔でにへらと笑う。何度生まれ直しても同じ笑い方をするくせ、こちらのことは覚えていないときた。つくづく薄情な男だ。

 璃月の少しばかり治安の悪い地区で何の偶然か、稲妻の地で死んだあの刀工にそっくりな見た目をした男がそこにはいた。最初は他人の空似に違いないと自分にいい聞かせていたのに。

 今日も今日とて男の頭目掛けて振り翳された刃物を蹴り飛ばし、気に食わない宝盗団を片っ端から処理した直後だった。

「放浪の少年、そのよく目立つ濃紫を目印にきっとまた俺を見つけるだろう。」

 いつもと変わらない口調だが、それが別れの口上であると(こちらのきおくだけなら)百年以上にもなる付き合いで察してしまった。相変わらずこちらを年下扱いする物言いに苦く笑うことにも慣れ始めていた。

「なら待ってやるさ。星のように瞬くこの世界にまだ僕が存在しているかもわからないけどね。」
「待ってくれるのか。てっきり俺のことなんてさっさと忘れてしまうつもりだと思ったが。」
「本当に酷いこと言うね、君。」

 そう笑い飛ばしてやれば、「すまない」とこまったように眉を下げた男から視線を逸さなかったのは横顔をいつまでも焼き付けていたかったからだ。

 その数日後、璃月で追われていた罪人が捕縛されたと街の掲示板で通達がされた。恐らく自首したんだろう。下らない面子のために歪曲された内容を鼻で笑う。数行にも満たない告知はほんの数日間の寿命だった。人知れず死罪になって、もうこの世のどこにも存在しない男のことなんて誰も気に留めることもなかったのだろう。

 今世の男の最期を見届けることができなかったことだけが、少しばかり気に食わないけれど。

 人知れず死んでいったあの濡羽根色の後ろ姿を思い浮かべる。懐に入れたままだった安っぽい星螺貝の細工を思い出し、川に投げ入れた。


真夜中信仰

 じょりじょりとうなじと後ろ髪の境目を無心で撫でられる。髪の毛は女の髪よりも艶やかな髪質であると自負している。僕の見た目だけなら男の親戚だとかと同じ子供とさして変わらないのだろう。その証拠に(男の)今世で出会った当初の態度はいつかの男が見せた小さな子供に対する猫可愛がりに似ていた。

「ねえ」
「んー」
「いつまでそうやってるつもりだい。さっきから人の頭を無遠慮に触って、何が楽しいのか知らないけど。君、何がしたいんだよ。」
「そうだなあ。丸い頭が可愛い、と思ってなあ。」
「は?!」
「あは、言っちまったなあ。俺。でもお前がめんこいのは事実だからなあ。」

 にへらと笑いながら、するりと髪の毛を梳いていた手が離れた。少しばかり赤らんだ男の顔は色めいている。男からは甘ったるい酒の香りがした。遠ざかった男に少しばかりの名残惜しさを感じてしまったことが気に食わなくて誤魔化すように男が飲んでいるのと同じ甘ったるい酒に口をつける。

 へらへらとムカつく顔で笑っている男の頭を叩きたくなるのを堪え、僕は男をじっと睨みつけた。人でもないくせにいらない機能を備え付けられたせいで、初めて見る男の色の孕んだその眼差しに顔が熱い。

「可愛いよ、それに賢くていい子だ。」
「君のよく回る口を縫い付けてやりたい。」
「そりゃあ勘弁だなぁ。口がきけないとお前の面白い話にうんともすんとも言えなくなるからな。」

 男は自分を根無草と揶揄した。今世は恋人だった男に逃げられてだだっぴろい家で一人暮らしていると。は?男?そう低い声で責めたてた僕の反応に怯むこともなく、あっけらかんとした態度で自分は男色家であると告白してきた。

「はぁ…人の話聞いてないだろ。」

 それを聞いて浮かんだのは歓喜だった。つまり、今までは見向きもされなかった僕も男の性愛の対象に踏み込んでいるということである。

「かわいいなァ……ン?この首の模様は刺青か?」
「っ、君どこ触って!ちょっと大人しくしてやったら人間風情が偉そうに」
「お前だって人みたいなものだろう。そうやって照れて、怒りを覚えられるんだから。」
「はー…」

 男はなんでもないことのようにこの身を人と同じように扱った。暑さが酷い日は氷の入った麦茶でもてなし、庭で取れたというスイカを切り分けて食べ始める始末。もれなくこちらにも大きな一切れが置かれているのだからまったくもって腹立たしいことこの上ない。

「……なァ、流されてくれないのか?」

 男が着物の裾を引いていた。

「君、僕相手に勃つのか。」
「あはは、ずいぶん明け透けに言うんだな。確かめてみるか?」
「ハァ……一夜の過ちにでもするなら、殺してやるからな。」

 暗にこちらが受け身になることを男は承諾していた。本気だったのかは正直疑わしい。酒の回った頭でろくすっぽに考えられるわけがないのだ。

「お前になら殺されたっていいよ。」

 にへらと笑いながらおぼつかない手で僕の着物を脱がせていく男の雄くさい顔!こうやって交合える日が来るなんて思っても見なかった。今更恥じらうなんてことはない。こちとら何百年もこの薄情な男だけ、己の境界の内側に踏み込むことを許し続けているのだから。

「……縁起でもないこと言うな。」

 節くれ立った男の大きな手のひらに擦り寄ってやれば機嫌が良さそうに鼻歌まで歌い出す始末。痛くしたら本当に殴るからな、とらしくもなく上擦った声が出て、少し気に食わないけれど。

「ふはっ、こんな美人が好いてくれるなんて俺は果報者だなァ?」

 とろりと甘ったるく笑うその唇に噛みついてやって、男の背中に両手を回した。



熱帯雨にて終焉

 水の音が聞こえる。

 真空状態でそんな鮮明に聞こえるはずないのにな、明論派のアイツの思想に染まっておかしくなったな、だから女の子に理想で語る童貞とか言われるんだよな、あいつ、アホくさ。言い得て妙なあだ名を思い出したせいでツボに入って笑おうとしたら中途半端に開いた唇から大量の水が入り込んで余計に息苦しくなった。

どうして、こんなことになってるんだったか。

 あぁ、同期の天体観測に付き合って天の川を見に行っていたか。2人揃って神の目がないのにカンテラの燃料をまともに持ってきていなかったから、などと要らない気を利かせ少し離れたキャンプまで予備の燃料を調達に来たのが運の尽き。そのまま川か池かも分からない場所に落ちて溺れている。

 それなりに重さのある燃料をカバンいっぱいに詰めたまま歩いていたせいで自分一人の浮力ではどうにもなりそうにない。でもこの火フライム燃料結構高価だったんだがな、髄喰トカゲのしっぽもわざわざ稲妻の商人から取り寄せた希少なものだった。どうせ水に触れてダメになっただろうが。環境汚染だの人間のエゴで動物の住処を損なうなだのと生論派のあのウサギちゃんに文句を言われることを想像したら手放すのが憚られた。

 あーあ、あの頃はたたら砂のトカゲなんていやでも毎日見てたのにな。スメールの弱小研究チームの学者程度ではそう簡単に稲妻に足を踏み入れられそうになく。一度もかつての家族の墓参りに行けそうにない。

 死ぬ直前の走馬灯というものは本当に存在したものなのか、まるでコマ送りにされた映画のようにいままでの記憶が再生されている。

 俺は幼い頃から自分ではない誰かの記憶がある、と話をする奇妙な少年だった。流行病に怯え、年齢にはそぐわない達観した喋り方をする俺に対して大体の人間が正気を疑ってくるか、子供にありがちな空想癖が酷くなったのか、と笑うばかりだった。

 それがまさか前世と呼ばれるものだとは露にも思わずに幼少期を過ごし、知識の都とも呼ばれる其の国に生を受けてから自身の人生が少なくとも「三度目」であったのだと気がついたのは、既に自分が成人して大きくなった後だった。

 一度目はテイワットでもない、どこかの世界でカイシャと呼ばれる組織の中で働いて、毎日を浪費するように過ごし、そのまま一生を終えた男の人生。

 二度目は雷神の統治する永遠の国で妻子に恵まれ刀鍛冶の家業を継ぎ、そこで発生した祟り神の病魔に蝕まれ、随分早くに老いて逝去した人生。

 そして三度目は一般的なスメールの家庭で一人息子として生まれた今生である。

 なんの冗談だ、と意味もなく怒りだけで周りに癇癪を起こしたら、たまたま近くにいた子供を泣かせた。哀れな子供には自分がアランナラの社会で淘汰された敗北者、汚いアランナラだと説明して、そのあだ名が定着したのは苦い思い出だ。

 それはともかく、教令院の学者夫婦の間に出来た子供だった俺は幼少期から厳しい躾を施されていた。優秀でなければならない、凡庸な人間はそれだけで悪といわんばかりの両親に当たり前のように、さながら鳥の刷り込みのように行われる教育に辟易しながらかれこれ十数年、機械のように起きて、食って、学んで、寝て、また起きて。

 太陽が登るより少し前に起きて、ベッドサイドの水差しの中から栄養剤の入った薬を飲み、それから昨夜の復習を行いながら朝食に用意された薄い味のピタとスープをすすっていた。どこかこの生活に息苦しさを感じながら、それでもいい子にしていれば自身が望んでいた幸せを掴めるのではないかという期待。

 そんなある日のことだった。俺は唐突に自分の生まれる前の記憶、前世というものを思い出してしまった。

 女房に見守られながら名椎の浜で小さな坊を肩に乗せて散歩した記憶、それからスミレウリの煮汁で甘い雑煮を年越しに作って普段は温厚な女房にしこたま怒られた年越しの日のこと、どうしてずっと忘れていたのか不思議なくらい鮮明に蘇って、彼女たちがもうこの世にはいないと絶望した。

 この世に永遠の幸せなんてものはなかった。流行病によって子供も妻にも先立たれ、自分もまた祟り神の呪いに身を侵された。

 冷たい煎餅布団の中で一人 冷たくなった記憶。悲惨だった。

 数年、十年幾らの年月が経ち、やがて俺はかつての俺より一回りほど若い年にまで成長した。金槌の代わりにペンを持つ腕は昔よりちっぽけになり昔ほど体力は無い。衰えというよりも基礎的な身体能力が劣っているのかもしれなかった。

 それでも貧しく、明日食べるものさえ危うく家族を養うのでやっとだった前世よりずっと裕福で知識に囲まれた少年の人生は恵まれていた。

 それもここで終い。少しばかり早いがこの身体は金槌だしほんの少しの距離だって泳げない。神の目があれば奇跡も起きたのかもしれないが、長い長い記憶の中で一度たりともそれを授かることはなかった。

 そう諦めて水面に身を委ねようと、目を閉じたときだった。

「なまえ!」

 随分懐かしい名前を呼ばれた。

 伸びてきた2本の黒い腕が沈み行く身体を引き上げようとしている。随分細っこいなとその光景をぼんやり眺めていたら、水中に突然とんでもなく整った美人な男の顔が浮かんだ。

 ひゅうひゅうと気管に入った水のせいで呼吸もままならない俺の口にやわっこいものが押しつけられて、そのまま酸素を与えられる。吐く間も与えられずに、また新たな空気をたっぷりと送り込まれてしまってはたまらない。まるで人間の呼吸に慣れていないやつがやっているような不器用な人工呼吸だった。

「ゲホッ……」

 咳き込みながらも明瞭になってくる視界でようやく命の恩人の姿をみとめることになる。

 鮮やかな着物から伸びる幼さの残る肢体、美人な顔はなんとなくだが年下のように見える。今世は稲妻には一度も訪れていなかった為、縁もゆかりも無いはずだが、どうしてかその青年に目を奪われていた。

 女の髪のように襟足だけが長く、ばっさりと耳の下で切り揃えられた髪型の若い男の容貌をしていた。見た目通りの青年なら今の自分の人生の中で関わりを持つきっかけもない。

「やっと」

 うつくしい少年が淡く色づいたくちびるをひらいた。

「やっとみつけた。」

 抜け出そうにも腕を掴まれ、声を上げる間もなかった。

 記憶にないはずの少年の姿が重なり、すぐに輪郭ごと溶け去っていく。覚えのない言葉が副音声のように再生されている。目の前の少年を俺は知らないはずなのに、過去の俺はこいつを知っている。またこの感覚だ。

「《今回》はずいぶん遅かったな。」

そうやって口をついて出た言葉は青年を驚かせるのに充分な衝撃だったらしい。

「……あぁ、君が覚えているのも想定外だけど。」

まぁいい、とずいぶん昔に見た童と同じ姿形をした少年が笑う。


 どうやら。

 今世も俺はこの悪辣な笑い方の似合う少年に今世も捕まってしまった。見た目がずいぶん変わったな、と揶揄えばそっぽを向いているが大した問題でもない。

「愛してる。」

 呆気に取られたみたいな間抜け面で少年は俺を見つめていた。なんでだろうな。今言わなきゃだめだと思ったんだ。

「前は一度も言ってくれなかったくせに。」
「悪かったって。でも俺だって怖かったんだよ。」

 少し拗ねたみたいな顔をしたまま、ぐりぐりと頭を押し付けてくる少年の肩は震えていた。泣いているらしい。

「遅いんだよ、莫迦。僕がどれだけ君を探したと思ってるんだ。」
「うん」
「僕だって、君を、ずっとまえから、この四百年、ずっと君をあ、いしてた、っていうのに」
「お前、案外重いな。」
「うるさい、阿呆。」

 いよいよしゃくり上げながら泣き声を漏らすようになった少年の背中を撫でた。

 やがて、藤色の恋焦がれた目が真っ直ぐに向けられる。少年は稲妻で初めて会った時と変わらない姿で、同じ色をしていた。

 あまやかな声を漏らす少年の唇に感度も何度も吸い付いて、川に落ちた俺も、飛び込んできた少年もお互いびしょびしょのままだったことに気がついてまた笑い合った。

 幾百年経っても同じ星の下、似た者同士惹かれ合う運命ってやつを今世ばかりは信じてやろうと思う。

____

何度も生まれ直す男と毎回見つけに行く人形。

原作知識はないけど顔がいいなぁこいつ、でも俺が手を出したら犯罪だよな?って無意識だけどなんやかんやで大切にしていた男主と無自覚初恋から は?君、僕以外の奴と籍入れようとしてるのか?殺すぞ?くらいまで拗らせた自己肯定感カンスト散兵。放浪者になって世界樹から記録を消したことで男も記憶を失うんだけど愛の力(どす黒い)でちゃんと思い出します。はっぴーえんど。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -