わるいくせ/Eli


占い師は口下手である。

研究者君(28)と占い師(22)

 協力狩りのときに使った加速材の瓶、新しく追加された黄金の鉱山で拾った石、聖心病院で見つけた古めかしいカルテ、そんな決して重要でもないものを集めてはふ、と我に返ってこっそり捨てるなんて奇行を繰り返している。収集癖というほどでもないが目についたものを放ってはおけないのは研究者だったころの好奇心や少々厄介な探求心故なのかもしれない。

 今日もその集めてしまった物たちを廃棄した後で、真夜中の廊下をふらふらと歩いていただけだったのだ。いつも通り適当に紅茶でも作って早く眠ってしまおうか、それともこのまま夜明けまで時間を潰して適当に誰か誘ってカスタムマッチにでも行ってこようか。ホワイトサンド精神病院で追いかけっこをするのはなかなかスリルがあって楽しいが時々心霊現象に脅かされる。

「何してるんだ、占い師くん。」

 ちょうど自室の鍵を開けるためにごそごそとポケットを探っていたら、純白の絹の頭が揺れた。ベールから覗く明るい茶髪の髪と目元を覆った見慣れた顔が見えて訝しむ。Lunar Phase、月相と名付けられた衣装を見たのは初めて私が彼と一緒の試合になったときだろうか。青白い月の輝きを受けてぼんやりと廊下に立っていたその姿は数日前の試合でも世話になったばかりの男だった。嵌め込まれた青い宝石は美しく、ベールで覆い隠された男らしい肩やしっかりとした身体がさらに彼の魅力を引き立たせている、なんて女性陣が褒めていたのを思い出した。しかし外は真っ暗で起床には早すぎる。早朝行われる段位を決める試合に参加するにしたってこの時間はおかしいのではないだろうか。

「ぁ……試合に行こうと思って。」

 ぽつりと返された言葉にしばらく瞬きを繰り返す。現在時刻は午前二時。朝日さえも昇らない真夜中だ。

「流石にこの時間に起きている人はいないんじゃないか、いくらハンターでも。」

 彼らの生活習慣に関しては一切の知識もないのであくまで経験則の話になってしまうが、我々とそこまで大差ない生活を送っているように思える。特に外出禁止の例も出されていないためか時折中庭で散歩する血の女王や優雅に茶会を開く芸者の姿も見ることができるのだから。

「ああ、でもリッパー辺りなら叩き起こしてもそこまで怒らなさそうだ。」

 板を当てたときにヘアと妙なうめき声をあげた長身のハンターを思い出して少し口元がゆがんだのを見られてしまった。てっきり同意を得られるか特に反応を返されないものだとばかり思っていたがあまり気に召さなかったらしい。僅かに空気が悪くなった。私ではなく占い師の。

「おや、君は彼のことが苦手だったのか。」
「別に」
「……ならいいんだが。」

 明らかに不機嫌というか、あまり好ましくない反応を示されてしまっては困ってしまう。

「熱心なのは構わないがあまり無理をしすぎないでくれよ。」
「分かってる。」

 普段占い師との交流はない。不思議な力に興味がないかと言われたら嘘になる。天眼なんて聞くからに怪しさ満点の謎に包まれた人物がすぐ近くにいて探求心を持たずにいられないことのほうがおかしな話だ。

「それで、」

 私の隠しきれない好奇心を感じ取ったのか少し焦ったような口調で何かを急かされる。そわそわと落ち着かない様子の占い師は何か意図をもって私の自室までやってきていたらしい。カスタムに行きたいといったのはもしかして私を誘いに来たのだろうか?しかもこんな真夜中に?わざわざ身支度を整えて普段の服装でやってきた目的があってここにいた。

「あなたの予定を聞かせてほしい。」
「特にないけれど、あー……もしかして君は私を誘いに来たのか?」

 しばらくの沈黙。こくりとためらいがちに傾かれた。そんな態度を取られたらこちらも了承せざるを得ないだろう。どうやら最初から占い師はそれが言いたくて言い淀んでいたらしい。

「なら準備をしてくるよ。そうだな、五分だけ待っていてくれるか?うん、ここは寒いだろうし、部屋に入ってくれて構わないよ。」
「ぁ、ありがとう」

 ぎこちなくかたむいて、また黙り込んでしまった占い師。会話が苦手なのかそれとも私の雰囲気のせいで話しかけづらいのか……後者は考えないようにしよう。たしかに研究者なんて役職あまり親しみもないだろうし、身近ではないのだから。あと性格の問題もあるのだろう。多少の取っつきにくさは自覚している。常識の範囲内の時間ではないが誘ってくれたのは彼なりに私と親しくしようとしてくれている。

 夜の外気は底冷えするような冷たさだ。割り当てられた部屋は広くも狭くもないため男二人で過ごすとしてもそこまで支障はない。溢れかえった書籍は本棚から徐々にソファにまで侵略していたので申し訳なく思いながら占い師にはベッドに座ってもらうことにする。自室に招き入れることは滅多にないために来客のもてなしもろくにできないのは同性のよしみとして許してほしい。

「コーヒー良かったらどうぞ。ミルクと砂糖もあるけど、お好みで。」
「ど、どうも」

 先ほど湯を沸かしたばかりだったのもあって、沸騰したそれはすぐさまインスタントの粉を溶かした。ベッドの上にちょこん(この表現が本当に似合う)と座る男に黒い液体を渡す。わずかにへの形に歪んだ口元見るあたりどうやらブラックは飲めないらしい。黙々と砂糖とミルクをカップの中に入れる占い師が少しおかしくて笑いをこらえた。

 これ以上待たせるのも悪いのでさっさとワイシャツを着てしまう。白は薬品が付いたままだったので今日は黒、恐らく明日はアイロンがけが間に合わないだろうから薄桃、それくらいしか服のバリエーションはない。あまり装飾の着いた衣装は好まないために荘園の主から支給される衣装はせいぜい洗い替えとしてクローゼットの奥底に眠るくらいだ。時折庭師の少女がせがんでくるのできらびやかな衣装を着ることもあるがその時は高確率でハンターに捕捉される。

「すまない、こんな時間に不躾だとはわかっていたのだけど……」
「気にしなくていい。ちょうど暇していたところなんだ。まさかこんな時間に君が起きていたとは思わなかったけれど、イライ君といったかな?」
「占い師のイライクラーク。」
「じゃあイライ。私はなまえ。ここでは研究者と呼ばれてる。荘園に来てからしばらく経つけれど君と話したのは初めてかもしれないね。」
「……そうだね。」
「職業柄外で動くことは得意じゃなくて、チェイスがあんまりひどいからって怒らないでくれ。」

 冗談半分、自身を指さして苦く笑う。解読は速いがチェイスはからっきし、そんな私の能力もあり、積極的にゲームに参加してこなかった。最初に追われたら間違いなく私が倒れるまで追いかけまわされるのは目に見えているし、追われたとしてもだいたいは三台分がいいところだ。だからこそあまり目立つような格好も避けたかった。大抵は黒のシャツ、黒いズボン。薄汚れた白衣。草むらで身を潜めるのにちょうどいいものを。パターン化された服装で面白みがないと調香師に顔をしかめられたのはまだちょっとだけ気にしている。

「さて、じゃあ行こうか。」

 余計な思考を追い払うように飲みかけのブラックコーヒーを飲み干して、静まり返った廊下を二人で歩く。白い月相のイライはまるでおとぎ話の中に出てくる月の妖精のようだ。幻想的な携帯品だな、君の衣装に良く似合っていると思ったことをそのまま口にしたらこくりとぎこちなく頷いた。それきり私と彼の会話は途切れてしまう。無口なイライが私に何かを尋ねることはなかった。


 古ぼけた椅子に座ってぼんやりと誰かがやってくるのを待つ時間が一番緊張する。深夜は中々人が揃わないのかと思っていたがすぐさまマッチングしてしまった。編成は私、占い師、傭兵に空軍。若干解読に不安はあるもののバランスは悪くない。私が捕まってしまうとか移動速度がかなり落ちるパーティーではあるが。

「こんばんは、マーサ、それにナワーブ。」
「おう、お前も夜更かしか。」
「まあそんなところかな。」
「それにしても珍しい組み合わせだなあ、イライとあんたって。」
「言われてみてばそうね。」
「あはは、そういうナワーブとマーサだって。」
「俺らは明日のランクマッチでどっちが試合に出るか賭けてんの。先に飛ばされた方が負けでおとなしく明日の枠引き渡し、勝った方が試合に出るっていうやつ。」
「おや、マーサがそんな賭けに乗ったのかい。」
「仕方ないでしょう、明日は私って言ってるのにこの人全然聞かないから。」
「うるせ」
「はいはい、うっかりヘマして肘当て使いすぎないでよ。あなたそれないとただのすばしっこくて小さい人なんだから。」
「なんだと、小さいは余計だ。」
「はは、そういえば明日は私もランクマッチに呼ばれていたんだった。君たちなら安心して頑張れるよ。」

 仲良く言い争う二人にうっかり笑ってしまった。ナワーブとマーサどちらも救助に心強い能力を持ったサバイバーだ。

「ねえ、ナワーブ、あなたもしかしてそれを狙って」
「おっと、詮索は良くないぜ。……それでイライお前は相変わらずか。」

 今まで沈黙していたイライにナワーブが視線を向ける。

「てかなまえも良く付き合ってくれたな、こいつあんたの前じゃ」
「ナワーブ、余計な事言わなくていいから。」

 ひどく焦ったようにナワーブの口元を覆ったイライはそのままきゅっと口元を引き締めて俯いてしまった。赤くなった頬がわずかに覗いている。まるで生娘の反応のようでいよいよ笑いが堪えられなくなりそうだった。

「気にしなくていいよ、イライ。君がこうして試合に誘ってくれたのは私に歩み寄ろうとしてくれたからだろう?」

 まあるいフードの頭を撫でれば少しだけ居心地が悪そうに身をよじられるが明確な拒絶はされない。

「あの追いかけっこが苦手なんだけれどね。試合では足を引っ張らないようにするから心配しないでくれ。」
「あ、う、ちが、」

 声が震えている。まるで怯えるように、何かから逃げてしまいそうなくらいにイライの声は不安定で上ずっていた。隣ではナワーブがげらげらと涙を溜めながら笑っていて、マーサは呆れたように彼の背中を叩いている。

「君がいい奴だっていうのは知っているよ。けれど私が苦手なら無理をする必要は」
「なまえ、こいつが言いたいのはそういうんじゃねえからな。」

 一体なぜイライがあんなに顔を真っ赤にしているんだ。尋ねようとナワーブの方に体を向けようとしたらぐいっと白衣の裾を引っ張られた。思わず手の持ち主であるイライに顔を向ける。そこにはきらきらと輝く綺麗な宝石の目隠しが。まっすぐ私を向いていて。ああ、こんな時に素顔が分からないと少し不便だ、なんて考えてしまう。相手の心を読むことが苦手な私にとって一番困難な相手はイライなのかもしない。

 真っ赤になったイライがやがて意を決したように顔を上げて、まっすぐに私を捉えた。その肩では白いフクロウが片目をつぶってこちらを見ている。飼い主と同じ行動をとるのだなあ、あんて呑気に考えていたら試合の開始を告げる音が聞こえる。

「なまえさん、あなたは私が守る。」

 真剣な声色と掴まれた腕の力強さにしばらく呆けて、からかうように口笛を吹いたナワーブを咎めることも出来ずに私は浮ついた気持ちのまま解読器に触れるのであった。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -