俺は既に型落ちの古い機種で、今は短期間の貸し出しにしか使われていない気楽な身だ。だからこそ携帯ショップの倉庫で煙草を吹かしながらぼおっと物思いにふけることができる。 俺の元の主は最悪だった。俺にどんどん情報を預からせて、要領オーバーになると「能無しだなあ…」とか言ってきて。要領が少ないのは俺のせいじゃなくて俺を作ったやつのせいなのに。 だからとにかく機種変をすると聞いたときは嬉しかった。 なのに端正な顔で赤い瞳を細め、口角を上げたそいつは「君みたいな要領の少ない馬鹿じゃなくって、情報量5倍の最新機種。わかる?」とかってぺらぺらと動く口がいらない情報を紡ぎ出して。 俺はこの頭が痛くなるくらいの情報から解放されるわけで、嬉しいはずなのに、さっきまで嬉しかったはずなのに、次に続く言葉を聞きたくなかった。 『だから君は、用無し』 聞きたくなかった。 何度初期化されようと、この記憶が消えないのはなんたる宿命か。 「静雄くーん、代替品いーい?」 髪を清潔なアップにしたお姉さんが倉庫に入ってきて笑顔を向ける。この人はショップの店員さんだ。 俺は回想を止めると「うす、」と返事をして煙草を消した。 「お待たせいたしました、折原様」 「は……、」 倉庫を出てショップの表側に出ると、待っていたのは間違いもなく俺のことを能無しと笑い続けたあの男だった。 そいつは俺の顔を見て、驚いたように目を開く。 「…シズちゃん……?」 「?名前は静雄といいますが、折原様が提供されたものでしょうか?初期化してありますので静雄の方の記憶はございませんが……」 ショップのお姉さんが説明をするが、その中には俺にしかわからない虚実が混ざっていた。俺は完全に初期化されていないことを誰にも言っていないのだ。その男、臨也はそれを知っているかのように、じ、と疑う眼差しで俺を見てきて、その視線が痛くてつい目を逸らした。 「……静雄、っす。よろしくお願いします」 「折原様の携帯の修理は完了次第ご連絡いたしますが、恐らく長くて一ヶ月ほどになりますのでその間静雄を使用していただく形になります」 「ああ、うん。代替あって助かったよ、ありがと」 にこ、と臨也が笑うとお姉さんが顔を赤らめる。話しやすくて結構好きだったけど、少しだけムカついた。なんで?……こんな嫌な男にほだされてるからだ、そうに違いない。 修理に出す携帯は情報が全て消えているらしく、俺に移動されることはなくてホッとした。今の携帯に入れられている情報なんてきっと俺の頭には入らない。とりあえずは役立たずと言われなくて、済んだ。 「ねえ、覚えてないって本当?」 ショップを出てすぐに、俺の顔を見ないまま奴は問うた。 覚えている。それだけは忘れていない。ずっと残っているのだ。 「……初期化、されてますから」 だけどそんなこと言えるはずもなくて、なのに覚えていないというのは能無しと蒸し返されそうでしゃくだったから言い訳じみた返答をした。あの店員のお姉さんと、同じことを言っただけだ。 「…そう。俺の名前は……」 「折原さん、って、言ってたの聞きましたから、それだけでいいです」 「なんで」 「どうせ一ヶ月後にはまた初期化されるんで、いいです」 そう言うと臨也はなんだか不機嫌そうだった。まああれだけ機種変したかった携帯が一ヶ月だろうと返ってきたんだから当たり前か。 俺が臨也が名乗るのを拒否したのは、ただ臨也と呼びたくなかっただけだけど。 それからろくに俺を使うこともなく二週間ほど経って、あのショップから電話が掛かってきた。 内容はもちろん修理が完了したから都合のつくときに取りに来てほしいと言うものだった。 「君ともお別れだねえ」 ショップに向かいながら話し掛けられる。この二週間で話した内容なんてほとんどないから、まだ慣れていなくて声を聞くたび嫌な動機がする。 「そ、っすね」 会話はそれだけだった。 俺は早くショップに戻って、早く倉庫に行くことしか考えられなかった。 用無しなんてもう、こいつの口から聞きたくないんだ。 「いらっしゃいませー」 その日の担当は前と同じお姉さん。 一緒に受付まで行くと、俺は臨也に小さく会釈して受付の内側に回った。 「短かったけどありがとね、静雄くん」 にこりと微笑む臨也に何故か悲しくなる。 あの頃のように、あの時口走った名前は一度も呼んでもらえなかった。そんな事を考えながらなんだか涙が滲みそうで、ぎゅ、と拳を握った。 「こちらこそ、ありがとうございました」 ぺこりとさっきよりは深めに頭を下げ、倉庫に下がろうとする。だけど無性に胸がずきずきと痛いから、泣きそうだったけど最後に笑って振り向いた。 「バイバイ、臨也」 俺はまたしばらく、倉庫で次の役目を待つ。 代替品は懺悔する (…我ながら馬鹿なことしたな、……俺) (涙で廊下がぼやけるのだから、しゃがみ込むのも仕方ないだろう?) 「覚えてるんじゃない……シズちゃんのくせに」 臨也はしてやられた、とでも言うように頭を掻いた。 二週間前と同じように髪を清潔なアップにしたお姉さんが首を傾げる。 「折原様?どうかされましたか?」 どうかした、本当にどうかしたよ。 臨也は心の中で呟いて笑った。ああ本当、忘れてると思ってたあいつに、俺の名前を呼ばない、慣れないくせに敬語を使うあいつにイラついていた自分が信じられない。 「あのさ、さっきの代替携帯、どうにか売ってもらえないかなあ?」 自分の情報量が毒になって壊れてしまわないように何度も突き放して、最後には手放したくせに、やっぱり離せないなんて俺は本当どうかしてる。 着信、あり様にお題『代替品は懺悔する』で提出させていただきました。 素敵企画に参加させていただき、ありがとうございました!! |