婆沙羅 | ナノ



「景綱、梵天丸をよろしくお願いします」





聖蝶は腕に抱かれ泣き疲れて眠った梵天丸を小十郎に渡した

小十郎の腕に抱かれた存在は瞼や頬に涙を残しながら穏やかに眠っている。クスクスと笑う聖蝶は幼児特有な柔らかい梵天丸の頬をプニプニと触っている





「この子には酷な事をしましたが、私の記憶を封印させて頂きました。その方がこの子の為にもなりましょう。私の記憶を封印しても、この子の成長に支障は出ませんのでご安心を。今のこの子には記憶がない方が幸せだと思いますので」





優しい微笑を浮かべながら、聖蝶は小十郎を見て、梵天丸を見る

いつの間に、と小十郎は自分の腕に抱かれる存在を見下ろす。記憶を封印しただなんて、むしろ目の前の女にそんな事が出来たのかと驚きを隠せない

嘘臭いが本人は真面目な微笑を浮かべている。嘘を吐く人間じゃない事は小十郎も知っているが…確かに記憶を封印した方が良いのかもしれないと不思議と納得出来た。今の梵天丸にとってこの現実は病を患った時と同じくらいに強烈なのだから






「景綱、今生の別れですね」





これが最後の記憶でもあり

最後に交わす言葉になる






「梵天丸を支え梵天丸の右目になって梵天丸を支えて下さい。貴方の存在はこの子にとって必要不可欠です。梵天丸が迷い、苦しんでいる時は貴方が導いてやって下さい。この子は立派な龍になってくれるでしょう。そしてどうかご無事で。遠い世界で貴方の幸せを願っています」






手と手を重ね合わせ、優雅な動作で頭を垂れる。空から漏れる光が聖蝶を差し、日光を浴びてキラキラと輝くその姿がとても美しかった








「さぁ、景綱。おかえりなさい。けして後ろを振り向いてはいけませんよ。森から抜けて、城の門を抜けるまでけしてこちらを振り返ってはなりませんからね」









頭を上げた聖蝶は笑っていた

優しい微笑から、今度は太陽の笑みで





シャランと、また一つ鳴った











―――
―――――
―――――――
















気付けば城に戻っていた





門番がおかえりなさいと言い、その言葉で梵天丸がパチリと隻眼の瞳を開かせた

何で自分が此所にいるのだろうかと疑問に思う梵天丸を地面に降ろすと、梵天丸は振り返る事なく城に戻って行った。小十郎はびっくりするも表情を変える事は無かった

本当に梵天丸の記憶に姉上という存在は無かったのだから






「小十郎、行くぞ」

「はい、梵天丸様」











「ありがとう、景綱



 そしてさよなら―――」








もう、あの森を振り返る事は無かった













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