婆沙羅 | ナノ


「今日もいらして下さったのですね。もう遅い時間ですのに無理なさらずとも良いのですよ?―――景綱」

「関係無ぇな。これは俺の意志で来ている。…邪魔するぜ」

「どうぞ」





今日も夜遅く

小十郎はまた聖蝶の所へ訪れる






「土産だ。今日も城から持ってきた」

「ありがとうございます。ではあちらでお待ち下さい。準備してきます」

「あぁ、悪いな」





今日は梵天丸は輝宗と共に遠出していて訪れておらず、この日初めて小十郎がやってきた。手には立派な日本酒が抱えてある所を見ると聖蝶と酒を交わしに来たと伺える

小十郎を招入れた聖蝶は早速準備に取り掛かった。パタパタと台所に行くその姿を見ながら小十郎は部屋から見える空を見上げる

今日も一段と月光が綺麗だ





「どうぞ。つまみも用意しました」

「悪いな。お前が作るつまみは旨いからな、酒とあっている」

「フフッ、それは嬉しいです」





小十郎がこうして夜にやってくるのは初めてじゃない。聖蝶が己の内を言った日から夜遅くにも関わらず訪れていた。対する聖蝶も嫌な顔をせずに小十郎を迎えていた。ちなみにこの事は梵天丸は知らない。知ったものなら「ずりぃ!俺も行く!」だなんて言われてしまえば大変な事になりかねない

元は輝宗の命令でもあるが、小十郎は聖蝶の元へ通い続けた。命令からいつしか自分の意志へと、少しでも多く聖蝶と共に過ごしていた

トクトクトク、とお猪口に注がれるお酒。聖蝶から注がれたそれを小十郎は口に含める。小十郎の隣りに座る聖蝶の頭には小十郎があげた簪と、帯には梵天丸があげた扇子が刺さっている。見えないが、きっと懐には輝宗があげた小刀が隠されているに違いない。聖蝶が動く度にシャランと鳴るソレが音を響かせた





「あの月から見て、新月になるのは…明日って所です」

「…………」

「…こうして景綱とお酒を注ぐのも、今日がもう最後になるんですね」

「…さあな」






悲しそうに笑う聖蝶を視界に入れながら小十郎は酒を飲み干し、お猪口を向ける。聖蝶はまたお猪口に酒を注ぎ、小十郎がまたソレを口に含めるの繰り返し

二人の回りは静かだった。ふくろうの鳴き声や風の囁き以外は全部が全部、静かだった






「………聖蝶、」

「はい」

「本当に、消えるのか?」

「はい」

「梵天丸様や輝宗様、そしてこの俺を置いて…テメェは本当に月に消えちまうのか?」

「……はい」

「未だに釈然としねぇぜ。現にお前は此所にいるじゃねーか。こうして俺に酒を注いでくれるし会話も出来る。今日が終わって明日になって梵天丸様と一緒にこっちに来て、そうしてまた明日が来る。梵天丸様も俺も当たり前だと思っていた。なのにテメェは消えちまう。…笑える話だ」

「…………」






そう、笑える話だ

聖蝶が消えるだなんて考えられないし、考えたくもない

もうこうして楽しくも食えない会話をしたり、特製手作り料理が食べれなくなったり、梵天丸を含めた三人で笑い合う事が出来ないだなんて

聖蝶はただ笑うだけ。悲しそうに笑うだけでそれ以上口を開く事はなく小十郎のお猪口に酒を注いだ。ソレを飲み干した小十郎はお猪口を置き――――腕を伸ばして聖蝶の身体を引き寄せた






「っ……」






聖蝶の身体は細くて柔らかかった。花の香りがして何故か落ち着いた。引き寄せられた聖蝶は目を張り身体を強張らせ息を呑んだ。まさか小十郎から抱き締められただなんて、流石の聖蝶も想像つかなかったから





「景、綱…」

「消えるな」

「っ!」

「梵天丸様の為にも消えるな。こんな籠から抜け出してテメェは梵天丸様の姉として城に住んで、梵天丸様の行く末を見守らなきゃならねぇ。だから消えるな。…消えないでくれ」

「――――…っ」







腕に抱き締めたソレをしっかりと抱き寄せて、無理だと分かっていても聖蝶にとって残酷な言葉を言う。一番居たいのは聖蝶自身なのに、頭では分かっていても己の感情を抑える事が出来なかった

好いた女を手放したくない。もしこの恋が叶わなくとも側に置きたかった。一緒に梵天丸の行く末を見ていきたかった。悲しみに似た感情で歪んだ表情をそのままに、離したくないと言わんばかりに聖蝶を抱き締め続けた。いつの間にか流れた涙など、気にせずに






「聖蝶、俺は…―――」

「ありがとう、景綱」

「つ!」

「ありがとう、本当に本当にありがとう。こんな私にそこまで言ってくれて嬉しいよ、私、本当に嬉しいよ。ありがとう」





聖蝶は涙を流していた

涙を流しながら小十郎の腕に抱き締められていた





「もう、明日の夜には居なくなっちゃうけど…私、貴方に会えて良かった。貴方の事、絶対に忘れないから。貴方が私の事を忘れても、遠い場所で貴方を、梵天丸を、二人をずっと覚えているから」

「馬鹿野郎、んなこと言うんじゃねぇ。俺は絶対にお前を忘れない。絶対だ。お前が月に消えちまっても実はかぐや姫だったとしても…俺は忘れない。絶対にな」

「うん、うん、ありがとう景綱。本当に本当に、ありがとう」





いつしか聖蝶の腕が小十郎の背中に回され、二人は静かに別れを惜しみ、そして涙を流した

シャランと鳴るソレが、二人の嗚咽を書き消す様に綺麗に鳴り響いた













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