婆沙羅 | ナノ





梵天丸は今日も元気良く小十郎と共に聖蝶がいる森の中へ入っていく。手にある長方形の箱を大事そうに抱えながら、今日も大好きな姉上に会いに行く





「楽しみだぜ!姉上喜んでくれるかな?」

「勿論で御座います。梵天丸様がわざわざ選んだ物をアイツが喜ばないはずはありません」

「へへっ、だよな!」





長方形の箱を大事そうに抱えながら梵天丸は笑う

ここ最近聖蝶に元気が無い。元気が無い大好きな姉を見ると悲しくなってくる。なんとかして元気を出してほしい。小さな身体と小さな頭で考えに考えた結果、梵天丸は日頃の恩もかねて何かをあげよう!という事になり、梵天丸の腕の中にソレがある。病気の関係、しかも世継ぎこ子でもあるため簡単に城下なんていけない梵天丸は、なんと自分の父の輝宗に頼み込み、城に商人を呼び寄せて品を選別するという昔の梵天丸では考えられない快挙を遂げた。お蔭様で良い品を手に入れる事ができ、梵天丸は大喜び。輝宗は元気になった梵天丸を、そして一人の女の為に一生懸命になりなる梵天丸を見て大喜び。静かにはしゃぐ二人は親子だった

そんなこんなで稽古を終わらせた梵天丸は早速聖蝶の元へと駆け出していく。勿論その後にも小十郎が着いて行く。はしゃぐ気持ちを抑えず意気揚々と走る梵天丸に注意するのも忘れずに






「――…あの月が月でなくなる新月、この場所は無くなりただの森になりましょう。この家も、この小さな畑も、三人で過ごしたこの場所が無くなってしまうのです。勿論、この私も…―――」







「――――……」





自然と眉が寄ってしまう

自分の手に持つ箱に力が入るもなんとかその衝動を抑えながら梵天丸の後を追う

小十郎も梵天丸と同じで長方形の箱を大事そうに持っていた。形や箱は似ているが、小十郎の持つ箱が少し大きい。自分の握力で壊さない様に配慮しながら歩を進めた








「噂には聞いているはずです。各地で不思議な森が存在しては勝手に消えていく摩訶不思議な森を。それがこの森なんです。私が知らない間にこの森は新月になると姿を眩ませて、私の存在を消していくのです」


「黙っているつもりは無かった。いずれは言うつもりでいた。でも梵天丸を見ていると言えなかった。だってあの子は私に懐き過ぎていたから。あの子に私も懐いていたから。あの子の成長を見届けたかったから、言いたくても言えなかった」


「梵天丸みたいにこの場所にやってきた人は中にはいた。でもその人には簡単に言えたの。向こうも承諾してくれた。また会おうって言ってくれたから寂しい気持ちにはならなかった。でも、今回はそうもいかなくなっちゃった」


「だって私…―――――」










「おかえり、梵天丸。いらっしゃいませ、景綱」

「ただいま姉上!なあなあ姉上!俺、姉上に渡したい物があるんだ!」

「ん?渡したい物?」

「ぷれぜんとふぉーゆー!」





家に辿り着いた梵天丸は早速出迎えた聖蝶に飛び付き、手に持っていた箱を手渡した。手渡されたソレをきょとんとした顔で聖蝶は梵天丸と箱を見比べる。キラキラと隻眼の瞳を輝かせて反応を待つ梵天丸に小十郎は顎で開けてやれと示す。聖蝶は戸惑いつつも二人を中へ通し、三人が座った所で聖蝶は受け取った箱の蓋を開けた





「!これは…扇子?」

「いえす!」





箱の中にあったのは扇子だった。骨組の色は黒で、紙は深青色だ。手に取りゆっくりとソレを開かせると聖蝶は息を飲んだ

とても綺麗な扇子だった。青暗い夜、三日月が照らす世界に凛とした百合の花が描かれていた。空を翔ける青く輝く蝶がまた幻想的だった

紙を触ればかなり高級一品だと伺える。勿論骨組にはしっかりと伊達の家紋が施されていた。これはもう驚愕だ





「梵天丸…これは、」

「最近姉上元気無いだろ?」

「っ」

「だから俺、必死に考えて姉上が喜ぶもの選んできた。なぁ姉上、気に入ってくれたか?元気になってくれたか?」

「梵天丸…っえぇ、姉上は嬉しくて元気になってくれたよ!ありがとう梵天丸。この扇子は大切に使わせてもらうね」

「ゆあうえるかむ!へへっ」





姉上を元気つけたいが為に。純粋に願う梵天丸の想いに聖蝶はギュッと梵天丸を抱き締めた。抱き締めて、頭を撫でて、何度も何度もありがとうの言葉を言った。今にも泣きそうな聖蝶を梵天丸は小さな手でギュッと抱き締め返した。その表情は嬉しそうに綻ばしていた

聖蝶、と低い声が響き呼ばれた聖蝶は顔を上げる





「ぷれぜんとは梵天丸様だけじゃねぇ」

「え…」

「これは輝宗様からだ」





床を滑らせる様に差し出された箱。輝宗様という名前を聞いた聖蝶はそれこそ目を丸くするも、抱き着いている梵天丸を膝から降ろし、持っていた扇子を丁寧に箱にしまってから改めてソレを手にした

ゆっくりと慎重に箱の蓋を開け、聖蝶は中身を見た。それから息を呑んだ。箱の中にあったのは小刀で、しかもかなり立派な物だった





「景綱、」

「この世の中は物騒だ。自分の身は自分で守らねぇと生きていけねぇ。それで自分の身を守ってくれと輝宗様直々選んで下さった。有り難く受け取る事だ」

「……」





聖蝶は小刀を取り出した

小刀でもずっしりとした重み。キラリと鈍色に輝く刃。とっては黒く、扇子と同じで百合の花と水色の蝶が施されていた。勿論そこには伊達の家紋が然り

輝宗様からの伝言だ、と小十郎は続けた





「『謎多き者、聖蝶よ。お主はもう伊達家の一員だ』」

「!」

「『その事を忘れる事ないように』…てな」

「輝宗様…」

「良かったな姉上!」

「梵天丸…」

「つーわけだ。…お前は俺達の仲間だ、聖蝶」

「景綱…」






懐から出しせばそれは書状。まさにそれは輝宗直々に書かれたもので、内容もまさに小十郎が言った通りだった。最後にはしっかりと伊達輝宗と書かれていて、伊達の家紋が施されていた

梵天丸からの扇子、輝宗からの小刀と書状、それから小十郎の簪。十分過ぎる程の素敵なプレゼントだった

聖蝶は小刀を箱にしまい、書状と一緒に置くと改めて二人を前にして姿勢を整えた。それから聖蝶は二人に、否、此所にはいない輝宗を含めた三人に頭を下げた






「有り難き幸せで御座います。大事に使わせて頂きます。この恩は一生忘れません」






シャランと音を鳴らしながら顔を上げた聖蝶の表情は、微笑

涙を流しながら、微笑をしていた






「――…本当に、ありがとう」










「私は此所の世界の住人では、ないのですよ―――景綱」


「遠い遠い、誰も手が届かない場所に帰らなくちゃいけなくなったのです」


「だからもう、"またね"だなんて言えない…」















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