梵天丸にとってここ数日間、とても幸せな毎日を送っていた 「梵天丸様、左様に走られてはまた転んでしまわれるぞ」 「フフッ、梵天丸は今日も元気ね。元気なのはいいけど景綱の言う通り転んでしまうから気をつけてね」 「どんとうぉーりー!あんま俺を舐めんなよ小十郎に姉上!」 顔が怖く何事にも厳しいが世話焼きな小十郎がいて、優しく包み込んでくれる温かい聖蝶がいて、梵天丸は幸せだった。いつの日か梵天丸は願っていた…自分と姉上と小十郎の三人で仲良く暮らしたいと。暮らす事は叶わなかったがその代わり一緒に過ごす事が出来た。たった半日間でしか三人で過ごす事しか出来ないが、梵天丸はそれでも良かった 自分を見てくれる存在が欲しかった 自分を認めてくれる存在が欲しかった 小十郎が自分を見てくれる 姉上が自分を認めてくれる 梵天丸は喜んだ やっぱりあの時、光の先に進める事が出来たお蔭で今の自分が此処にいる。昔の自分は何もかもが怖かった。恐ろしかった。信用出来なかった。温かい場所なんて、何もなかった でも、今は違う 小十郎がいてくれれば何も怖くない、何も恐ろしくない。姉上のお蔭で信用という言葉を思い出せた、姉上がいるだけで冷たい場所が温かい場所になった 「やれやれ、相変わらず手が焼ける御方だ」 「フフッ、様になっていますよ。将来良い旦那様になって良い父親になれるかも知れませんね」 「フッ、お前こそ将来良い嫁になって良い母親になれんじゃねーか?子供を手懐けるのは目を見張るくらいだ」 「あら、では私が梵天丸の母で貴方は梵天丸の父になるのでしょうか?」 「予行練習にはもってこいの話だな」 「フフッ、そうですね」 小十郎も聖蝶の仲も一時はどうなるかと思い内心冷や汗を流した事もあった。もし小十郎が姉上に傷付ける事をしたなら、と目を光らせた事さえあった。しかし意外に二人は仲が良く、梵天丸は安心し、喜んだ。二人の内心に関しては幼い梵天丸はそこまで考えはしなかったが、ただ一緒にいられるだけで良かった 「小十郎!一緒にぼーるで遊ぼうぜ!!」 「ぼ、ぼーる?」 「玉蹴りの事ですよ」 「最近、梵天丸様が変な言葉を話されるかと思ったら…原因はお前だったのか」 「立派な南蛮語ですよ。あれでも。ほら、梵天丸が待っていますよ」 「そうだな。…俺もお前に南蛮語を教えて貰わないといけねぇみたいだな」 「小十郎!あーゆぅれでぃ!?」 「Σ!?」 「フフ、これは傑作ですね」 しかし、この幸せが 長く続かなかったなんて、誰も予想するはずがなかった …ほんの、一人を除いて 「…………」 「…どうかしたか?表情が暗いぞ」 「…いえ、何でもありません。心配してくれてありがとう御座います」 「姉上、具合でも悪いのか?」 「梵天丸も心配してくれてありがとう。でもね、私は大丈夫よ。何でもないよ」 「そっか!なら良かったぜ姉上!」 「フフッ。……そう、何でもない事なのよ。そう、何でも…」 「………」 梵天丸は気付かなかった 聖蝶が青色の瞳の色を変え、とても悲しそうな表情をしていた事に。そしてそれを小十郎が神妙な面持ちで見ていた事に この時から徐々に運命の歯車が壊れはじめていく |