婆沙羅 | ナノ




前回の輝宗の説得で強制的に城下町に繰り出され約一刻もの間うんぬんと迷いに迷い、遂にこれだと決めた物を早急に買った小十郎。彼は今、ある意味窮地に立っている…と自身に思う





「……」





今小十郎は震える手を押さえけど戸を叩かなくてはと悶絶中。別に普通に叩くか声をかけるかどちらかにすればいいのだが、今の小十郎にはそれは出来ないでいた。理由は簡単、先程の輝宗の言葉。あの言葉がぐるぐると小十郎の頭をかきむしり思考停止をさせてしまう程に小十郎は緊張してしまっている。気にしなければいいのに、気にしてしまうあの言葉。自分がアイツに惚れてるだと馬鹿馬鹿しい、ありえないと己に言い聞かしているも、何故か緊張してしまう己に苛立ちを覚えた。いくらアイツを信用出来ると思っていてもけして好きなんじゃねぇ、と手にしている聖蝶に渡すモノを強く握った





「とりあえず落ち着け、考えるな!俺は違うぞアイツなんか絶対に…」

「如何なさいましたか?」

「Σうぉおわ!?」





急に後ろから声がかかりあまりの驚きに小十郎は後退り目を見開く。後ろにいたのは今小十郎を悩ます本人で、普通に声をかけた筈なのにこの驚きっぷりは一体…と聖蝶も驚き目を見開いた





「お、驚かすんじゃねぇ!びっくりしただろーが!!危うく抜刀する所だったじゃねーか!」

「わ、私も逆に驚きましたよ!しかも抜刀なんて何考えてるんですか!…如何したのです?戸の前でこんな…私の気配も感じずに思い悩むなど、何かありましたか?」

「いや、気にするな…今のは俺の不注意だ、悪かったな」





小十郎は手から刀を放す。これは本気で抜きそうだったと冷や汗をかく。もし抜いて斬ってしまったらとんでもない事に…って待て待て、確かにとんでもない事になるが別に俺がコイツを斬っても支障はない筈、なのに何故俺はこんなに焦っている?

聖蝶をチラッと見れば心配そうにこちらを見ていた。聖蝶の漆黒の瞳が小十郎を映す。こんな心配そうな顔をされると、何て言えばいいのか言葉が見つからない





「いえ、何もなければ良いのです。ささ、立っているのもなんですからどうぞ中へお入り下さい」

「あぁ、済まねぇな」





家の中に通され、お茶を貰う小十郎。だがお茶を貰っても小十郎はそれには手を付けない。その理由が分かっている聖蝶は反発も何も言わず、小十郎の前に座る

小十郎は聖蝶の顔を見る
やっぱり何処を見ても美しい顔立ちだ。美しいと言うよりも絶世の美人と例えた方があっている。一つ一つの行動がとても滑らかで綺麗。瞳と同じ漆黒の髪痛む事はなく聖蝶が動く度綺麗に靡き、同い年かどうか疑ってしまうような落ち着きさ。いつも梵天丸と遊んでいる聖蝶しか見てなく、こうして一対一で向き合って会話する事はなかったが、改めて見る聖蝶の美しさにほぅ…と溜め息に近いものを吐く





「今日は梵天丸とご一緒ではないのですのね」

「梵天丸様は父親である輝宗様直々の修行をしていらっしゃる。しばらく親子で修行をつけると輝宗様はおっしゃっていたから、しばらくは来れねぇと思うぜ」

「フフッ、当主様であり梵天丸のお父様とご一緒に修行なんて、素晴らしい事です。どうやら前回の台詞はなかった事にした方が宜しいかも知れませんね」





それは聖蝶が小十郎を敵と認識した台詞





「かもじゃねぇ、なかったことにする、だ。いいか、輝宗様は息子思いの立派な父親だ。むしろ親馬鹿だ。仕事放り投げて梵天丸様の様子を見る程にな」

「梵天丸は幸せですね。親馬鹿位がつく父親を持てて。ちゃんといるんですね、貴方以外にちゃんと梵天丸を見ている方が」

「当たり前だ。…まぁ、本当に仕事を放棄して家臣振り切って梵天丸様の元へ行こうとするのは止めて頂きたいものだがな」

「…………(汗」





走馬灯の如くに今まさにそんな映像が小十郎の頭に流れる。あれは凄まじかった、と遠い目で呟けばクスクスと聖蝶の笑い声が帰って此処で小十郎は現実に戻る





「今日はどの用で御座いましょうか?」

「なんだ、俺が一人で此処に来ちゃ悪いか?」

「いえ、滅相も御座いません。こんな何もない所わざわざ来て下さるなんて嬉しくて。…ただ、梵天丸の付き添いでいらした貴方が珍しくて、きっと一人で此処に来る事はないだろうと思っていたのです。気を悪くしたのでしたら、すみません」

「いや、気にするな。お前の言い分も確かにそうだ。俺も此処に一人、梵天丸様を置いて来るとは思わなかったからな」

「?ではやはり今日は何か…」

「あぁ、大有りだな」





怪訝そうな顔をする聖蝶を横目に、小十郎は例のモノを聖蝶の前に置いた

小箱に入っているそれを聖蝶は恐る恐る手に取った。これは一体、というかのように小十郎を見て、開けてみろと小十郎が頷けば聖蝶は箱の蓋を手にしパカッとそれを開けた。

それは簪だった


形は平打簪と呼ばれるもので、平たい円状の飾りに1本または2本の足がついている。これは当時武家の女性がよく身につけた銀製、或いは他の金属に銀で鍍金したものは特に銀平(ぎんひら)とも呼ばれていた。聖蝶が受け取ったものは全体的に蒼色をしていて飾りは綺麗な蝶の装飾が付けられ、平たい円状には伊達の家紋が入っていた





「……!?」





まさか箱の中にこんな凄いモノが入っていたなんて、とでも言う様な聖蝶の顔を見て小十郎はフッと笑う。笑った事で小十郎に見られていた事に気付いた聖蝶は慌てた様に小十郎に言った





「こ、こんな綺麗な櫛…これはまさか私に…?」

「あぁ、そうだ」

「う、受け取れません!こんな、こんな素晴らしい簪…私が受け取る資格など御座いません!ましてや伊達家の家紋が施されているなんて…!も、勿体ない!」





こんなに焦る聖蝶を見るのが初めての小十郎。あまりの焦りっぷりにクックッと喉を鳴らす。なかなか良いものがみれた、と思いながら





「まぁそう言うな。お前にそれを託せと輝宗様に言われてな。梵天丸様が世話になった、とな」

「輝宗様、が…?では私はその御方に存在が知られたのですね。それは大いに構わないのですが…ですが私は!それが目的で梵天丸と接しているのでは御座いません。お気持ちは嬉しいのですが、これはお返し…」

「おっと、受け取って貰わなきゃ困るぜ」





返された小箱をはんば無理やりに聖蝶に押し付ける。力の差で小十郎の方が断然力は強く、聖蝶は力に負け、また聖蝶の手に渡った

それを確認した小十郎は力を緩め、聖蝶の両手を持ってしっかりと小箱を持たせる。驚きに満ちた聖蝶の顔を横目に見ながら、今度は小十郎の手で蓋を開けた





「これは受け取って貰う」

「………」

「お前にとって、そんな事で済まされるかもしれねぇが俺や輝宗様にとってそんな事で済まされる問題じゃない。心を閉ざした梵天丸様をまた笑顔にさせてくれた事は、親として家族として、一番感謝したい。梵天丸様の様子を聞いて輝宗様は父親として、とても喜んでおられた。この簪だけじゃ、感謝仕切れない程な」





片手で簪を取り出し、残った片手で聖蝶の髪を掬う。聖蝶の髪は見た目通りとてもサラサラで、それを器用に纏めてく





「俺だって、感謝している。…ここ数日で、俺はお前を敵ではないと判断し、認めた」

「……」

「お前が俺をどう思うかは別だがな。…恥ずかしいが、それは俺が選んで持って来たヤツだしな」

「…これを、景綱が…?」

「あぁ」





今度は両手で髪を纏めて、小箱から簪をだして髪に刺す。シャラン、と音が鳴る。やっぱりこれを選んで正解だったな、と思いながら聖蝶の髪から手を離す





「それでもお前はこれを受け取ってくれないのか」





これは伊達家の証
お前は伊達家の一員だ

それは喉の奥にしまいこんだ。本当に伊達家の者になればどれだけ嬉しいか

そう思い聖蝶を見れば、聖蝶は諦めた様に小さく溜め息をつく。聖蝶の手が動き、小十郎の手に触れそれを聖蝶の白い手が被さる。今度は聖蝶の行動に少し驚く小十郎に聖蝶は微笑んだ




「…有り難う御座います」





シャラン、と聖蝶の動きに合わせて簪が鳴る






「こんな綺麗な簪は初めてで…こんな私がこの簪を受け取っていいのか分りません。でも私は、この簪を貴方が選んでくれた事に、一番嬉しいと思うのです。…これは、大事に使わせて頂きます。景綱、わざわざ私の為に選んで下さり、有り難う御座いました」





聖蝶は笑った
それはまるで太陽の様な笑みで、初めて見る聖蝶の笑みに小十郎は顔を赤くするのだった






俺はこいつが好きなんだな




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -