婆沙羅 | ナノ


「初めまして小十郎さん。よくここまで参られました。私の名前は梵天丸から存じていると思います。どうかゆるりとお過ごし下され」





部屋の中に小十郎を入れた女は床に指を置き頭を下げる。小さな家の中はとても丁寧に使われていて、とても綺麗だ。此処が、梵天丸が変わった場所なら納得いった小十郎は安堵の溜め息を着いた。もし此処が悪影響を及ぼす場所ならば、と自身の刀を抜こうと思っていたがどうやらそうしなくても良かったらしい。女は頭を下げる一つ一つの行動が滑らかで美しく、気が抜けば魅せられてしまう





「そーりぃ、姉上。俺小十郎に姉上の事何も教えなく来ちまったぜ」

「え、もしかして小十郎さんは何も知らずにあの森の中を歩いていたって事!?駄目でしょ梵天丸。一言言っておけば小十郎さんも心配する事なかったのに」





梵天丸はどうやら女に相当懐いているのか女の膝の上で我が物顔で座っている。嬉しいだろう、みたいな目で見られているのは気のせいではないだろう

女は梵天丸をあやす様にポンポンと頭を撫でる。二人は顔を合わせる度に楽しそうに笑うので本当に姉弟の様に見える。何故梵天丸が変わって、よく笑う様になったのはこの女のお蔭かとこの状況からして一番よく分る事だった





「どうやら俺の事は梵天丸様から聞いているらしいな。改めて俺の名は片倉小十郎景綱だ。残念だが梵天丸様がおっしゃる通り俺はお前の事を知らなくてな。済まないがお前の名を聞いてもいいだろうか?」

「あぁ、そうで御座いましたか。では改めて自己紹介をさせて頂きます。私の名前は聖蝶と申します。どうかよしなに」

「聖蝶…聞かない名だな。お前は巫女の生まれか?」

「すみません、それは今私の口からは言えない事で…」





ぎこちなく、申し訳ないとでも言う表情をする聖蝶に小十郎はピクッと反応する





「…何か言えない事情でもあるのか?」

「…先程述べた名前も言えぬ事情で別の名前で伏せさせて頂きましたが、実際回りから呼ばれている名で御座います。その名を梵天丸は言いズラいと言われ、姉上と呼んで仲良くして貰っています」





向こうには向こうなりの事情があるらしいが、怪しいすぎる点が多すぎる。一目見て、梵天丸の懐き様を見て大丈夫だろうと思っていたがどうやらそうもいかないらしい。何やら、自分の何かが気をつけろと危険信号を発している。武士の道を歩んでいる小十郎からこそ分かる直感はすぐに小十郎の中で聖蝶は監視するべき者と変わってしまった。もし聖蝶が梵天丸に、いや伊達家事態にも影響を及ぼす存在であったなら自分は迷わず刀を抜こう。そう決心した時、聖蝶の膝に座っていた梵天丸はこちらを睨んでいた





「…小十郎、分かっているよな?」

「梵天丸様…」





姉上に疑いの目を向けるな
姉上を辛い思いをさせるな
姉上に手を出すな

姉上は 俺 の も の


そう目で訴えていた





「…梵天丸?」

「姉上、俺…」

「え?」

「…何でもない!」





梵天丸は聖蝶の膝から降りるとそのまま外に出て行ってしまう。当然部屋に残るのは小十郎と聖蝶だけで、聖蝶はあらあらと苦笑いをした。その聖蝶が小十郎と目が合えば聖蝶はぎこちなく微笑む。そんな聖蝶に小十郎は無意識に睨んでいた





「残念だが、俺は今の話でお前を信用は出来ない」

「信じるも信じないのも、ご自由にどうぞ。されど梵天丸の前ではその様に私を睨むのはおやめ下さる様に」

「済まねぇな、どうやら俺の癖の様だ。…が、はっきり言わせて貰うがお前は怪しすぎる」

「…怪しいと言われれば、確かに怪しいと言えるでしょう。そう発言をしましたから…貴方に怪しまれる事を覚悟で」

「黙っている事なら出来た筈だ。何故わざわざあんな言葉を俺に言った?」

「貴方に嘘を言っても見抜かれる事は分かっていました。貴方は武家の方、腰にある刀を見れば一目瞭然。それに分かるのです、それが無くとも着流しを着ようとも貴方の瞳を見れば貴方は武士…しかもかなりの実力者とお見受け致しました」

「…人の目を見る力はちゃんとあるんだな。確かに俺は武家の者だ。仕える家は伊達の家…伊達家家臣片倉小十郎景綱。聡いお前なら梵天丸様がどの立場に居られるか、分かっているだろう?」

「…貴方の立場から、貴方が梵天丸を呼ぶ呼び方…そして今の話を聞いて梵天丸はあの城の者、跡継ぎの者だとは分りました。…此処に来る梵天丸からもそれらしき話を聞かせて頂きましたが、あえて深くは聞かずにいました。しかし、梵天丸が跡継ぎの者だと言っても貴方は私にどうしろと申すので御座いましょう?」

「言ってくれるじゃねーか。だが、梵天丸様はお前にかなり懐かれておられる。もし態度がガラリと変わったりして梵天丸様が傷付いた事になりかねない。…ま、俺が何を言おうともお前は変わらないだろうがな。俺はただ忠告しただけだ。もし、梵天丸様に妙な真似はしたもんなら…この刀が抜かれる事を、その賢い頭に刻み付けておけ」

「…怖いですね。えぇ、しっかりと刻み付けておきます。ですが一つだけ、私も貴方に…いえ、貴方方に一言言わせて頂きます」





今まで穏やかな雰囲気を醸し出して小十郎の話を聞いていた聖蝶が声を出せば、一気に聖蝶の穏やかな雰囲気がガラリと変わり、冷たく鋭い痛みを感じる空気になった

身震いする程に鋭く冷たい空気に小十郎は強張り、やはりこの女には何かあると聖蝶を見据える。いや、睨むと言った方があっているだろう。ただものではない、そう思い唾を飲み込んだその時聖蝶が口を開いて一言





「貴方が私を信用しないのと同じで、私も貴方を含め伊達家の者を信用しません。この言葉が伊達家を敵に回す言葉であろうと、梵天丸の心を引き裂き梵天丸が大泣きする程に心の傷を負わせた貴方方なんかに、信用の値も示さない事を…しっかりと頭に刻み付けておいて下さい」





さっきまで優しかった瞳が
驚く程に冷たく、そして驚く程にその瞳が紅く輝いていた









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -