もう何分、いや何時間ずっとこうしていたんだろうか。白熱した、私とレッドさんとのバトル。私は正直自分は強いと自覚していたけど、まさかこれほどに長引き、接戦になったのは。レッドさんは噂通り強かった。リザードンも、フシギバナも、カメックスも馬鹿がつくほど強くってかなり苦戦を強いれたし、エーフィもカビゴンもキツくって、可愛い顔したピカチュウも疑う程強かった。流石、だと思った。グリーンさん、貴方の言う通りレッドさんは凄い人だ。ここまで私を追い詰めた人は初めてよ。…でもね、私もホウエンチャンピオンとして、一トレーナーとしてのプライドがあるのよ!

私の最後の手持ちのラグラージの渾身の一撃が決まり、ズシャァァアっと、黄色い小さい生き物…ピカチュウが吹き飛ばされ雪にズボッと埋もれる。頭から突っ込んだピカチュウは綺麗に埋もれ、雪から尻尾がひょっこり出てピクピク動く。このまま立ち上がったらもう一戦だが、もう立ち上がる気力が残っていないのか、へなへなと尻尾は力無く倒れた。とてもスローモーションの様だった。勝てた――そう一言漏らすと、ジワジワと感動に近い何かが込み上げてきて、私は嬉しくなってラグラージに飛び付いた



「やったねラグラージ!」
「ゴロ!」



ピカチュウとの戦いで体力が殆どないラグラージも嬉しそうに鳴いた。レッドさんをちらりと見ると、相変わらず無表情だったけど私の目には清々しいと言っている様な目をしていた。私はラグラージをボールに戻すと、レッドさんの元へ歩み寄った。高台にゆっくりと登り、ピカチュウをボールに戻したレッドさんを見据えた



「レッドさん」
「…」
「楽しいバトルでした。ありがとうございます」



私はレッドさんに手を差し出し、握手を求めた。ニコッと笑って、敬意を示す様に。レッドさんはただ黙って私の手を見つめていたが、レッドさんも私と握手をする為に手を出した―――と思ったら、何故かレッドさんの手は腰にいき、ボールを掴んだ。何をするんだろう、そう身構えた私の手にボールが乗せられた。そのボールは先程戦った六個のボールだった

一体何がしたいのだろうか、答えを求め様と顔を上げた。私は驚愕した。レッドさんは笑っていた。笑っていた、そう、無表情だったレッドさんが。綺麗な笑顔だった。それでいてレッドさんらしい笑顔だった―――でも、私は別の事に驚いていた



「貴方、まさか…!」
「…そいつらを、よろしく頼む」
「レッドさん!」



私はレッドさんを掴もうと手を伸ばした。でも私の手はレッドさんの体スカッと、とおりぬけた…

…ありえない。ありえないありえないありえない!!どうして、どうして私の手はすり抜けたの?ねぇ、これって普通ないことだよね?なんで…なんで、レッドさんの向こう側が見えるんだろうか。私は言葉が出なかった。そういえば、私が高台に居た時はレッドさんは居なかったのに、居なかったはずのレッドさんはどうやって私の前に現れたんだろう(そう、まるでその場に現れた様に)




「俺はお前と同じだ。高みを目指し、突き進んでいた。そして待っていた。俺が満足出来る戦いをしてくれる強いトレーナーを」




レッドさんは言った。やっぱり私達はお互い似ている様なものがあったんだね。カタカタとボールが揺れた。まるで、そう。レッドさんと別れるのを拒んでいる様で。私はフルフルと頭を振った




「…駄目です。私は貴方と戦って勝って、連れて帰ると皆と約束をしてきたのに。勝っても負けても、無理矢理にでも連れて帰るとグリーンさんに言ったのに」
「…グリーンやお袋に伝えてくれ。すまなかった、そしてありがとう、と」
「レッドさん…」




どんどん消えていくレッドさんを、私はただ見ている事しか出来なかった。ダイヤモンドダストの光と共に消えていくレッドさんに私は笑った。伝えます、そうぽつりと言えばレッドさんは満足そうな笑みを最後に向けてくれた。何も出来ない私には、ただただその笑顔を忘れないで脳に刻みつける事しか出来なかった


そして伝説は消えた




*******




それから後日、シロガネ山に警察やその関係者が捜索に入った。危険な山だと言う事で腕のたつジムリーダーが名乗りを上げてレッドの捜索を手伝った。皆必死だった。きっと生きている、アイツは生きている。皆はそう口に出して

捜索は半年も続いた。私もホウエンチャンピオンとしての義務感と罪悪感に近いものを抱えながら捜索を手伝い続けた。レッドさんの笑顔を脳にちらつけながら。そしてやっとレッドさんは見つかった。レッドさんの遺体は山頂の、あの高台から見える下にいた。…綺麗な白骨死体と、生前着ていた、私が最後に見た服と一緒だった。そのレッドさんはまるで雪の上に寝ている様で、無性に泣きたくなった。死因は転落死、だと医師は言った。その場にいたレッドさんの死を信じなかった人達は、真実を受け止めて静かに涙を流した

葬儀は秘密裏に行われる事になった。私は最後に見た重要人物と言う事で葬式に出る事になった。レッドが死んだ事は世間には秘密にする、幼馴染としてライバルとして相棒として、喪主を勤めたグリーンさんは伝えた。それから私はレッドさんのお母さんと対面する事になった。私はレッドさんが言った台詞をそっくりそのまま返すと、レッドのお母さんは泣きながら微笑んだ。「あの子らしい最期だったわ」、私の手をギュッと握り、大粒の涙を流しながらそう私に言った

葬儀が終わり、幾日が経ち私はグリーンさんの元へ訪れた。グリーンさんは変わらずだったが、何処か寂しそうに見えた




「…今思えばお前で良かったと思うぜ。アイツはお前みたいな奴を待っていた、お前と戦って死にきれない思いをぶちまけたんだな。お前じゃなかったら、アイツも報われなかったんだろうな。アイツの変わりに礼を言う――ありがとう」
「グリーンさん…」
「俺やアイツの頼みを、聞いてくれ。お前がアイツから受け取ったポケモン達に…どうか世界を見せてやってくれ。俺にはそれが出来る資格なんてないからな」




グリーンさんは私に六つのボールを差し出した。レッドさんから渡され、グリーンさんに再会した時に渡したレッドさんのポケモン。私は一つずつ丁寧に受け取った。私の手に渡ったボールはカタカタと小刻みに揺れた

私はギュッとボールを抱き締めた




「…えぇ、私で良ければいくらでもこの子達に世界を見せてあげます。レッドさんが果たせなかった分も、グリーンさんも分も」




そういえばグリーンさんは満足そうに、そして此所で初めて涙を流した

レッドさん、見守って下さい。あの山から、あのシロガネ山から、私達を、この子達を。レッドさんのボール投げ付ければそこにはリザードン。リザードンは何も言わず私に乗るように背中を向けた。私はリザードンの背に乗って飛び立った。グリーンさんに見送られながら、私達はカントーを後にした。まず最初は私の故郷であるホウエンから、次には最北端のシンオウへ。私達の旅は、これから始まる




憶えているから、貴方のことを


Fin

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