自分が自分として認識したあの日から、【異界の万人】として意識を持ったあの日から、一体どれほどの時が流れたのだろうか。もはや時の流れの概念を失いつつある今の自分には、今更昔を振り返る行為がが億劫になりつつある

つくづく長寿というものは厄介である。自分にとっての「ちょっと」とは、下手したら「うん百年単位」のレベルだからマジで笑えた話じゃない。繁栄していた土地が百年後に衰退していたとか恐怖でしかない。なんでたった百年で衰退しているんだバカやめろいい加減にしろ。これだから惰性な政治や理不尽な戦争は云々かんぬん。そうして世界を渡り、訪れ、再会を望もうとしても、結局は希望を打ち砕かれた。会いたい人達も、親しんだ景色も、大切な思い出すらもかっさらって

世界から切り離された「箱庭の楽園」に長くいる弊害なのか、それとも自分の感覚がバグってしまっているのか。これだから時の流れが穏やか過ぎる異空間は。これが別の世界に訪れている時は正常になるんだけどなぁー、とつくづく己の鈍感さに遠い目をするしかない




「……わ、すっごく懐かしいものが出てきた…」




さてさて。この「楽園の箱庭」という聖域にて、一人の女―――この地の主である紫蝶美莉は、自分の机の引き出しからあるモノを見つける事になる

それは、古びた日記帳だった。使い古したボロボロの日記帳は、引き出しの奥深くに鎮座していた。たまたま美莉が気紛れに掃除を始めなければ一生見付かる事はなかった、そんな場所に

そういえばこんな手帳を持っていたな、と美莉は美しい漆黒の瞳をきょとりと瞬きした。手を持つとずっしりと重い、手垢もついているその手帳は、それだけ書き込んでいた証拠でもある

細く綺麗な指が、サラリと日記帳の表紙をなぞった




「――――……」




いつからだったか、この日記帳に記入をしなくなったのは

もう、今の自分にはこの日記帳に書かれている内容なんて全く覚えていない

この日記帳は確か、フレイリから貰ったものだった。『日記を記入していくクセはつけた方がいいわよ〜。記録を記入するという意味でも、将来役に立つのは間違いないわ。とりあえずこれにでも書いてみなさい(ズシッ』「重ォオッ!?」と言っていたか

正直美莉は日記をつけるのが苦手だった。夏休みの宿題では必ず最後に残すレベルには苦手だった。理由は月並みな感想でしか書けなかったから。「〜して楽しかった」「おいしかった」「きれいだった」等々。その瞬間を全力で楽しむが故に、一々振り返るのをしなかったので日記帳をつける作業は苦手でしかなかった




「今日は○○が○○だったのでびっくりしました。お昼は○○で○○だったので○○がおいしかったです。また食べたい。夕飯は○○で○○が○○でおいしかったです。今日も良い一日でした。」

『………ねぇ、美莉。確認なんだけれど…』

「なに?」

『日記書くの、嫌いなの?』

「えっ、そそそそ、そんなことは、ななな、ないよぉ?……きき、嫌いとまではいかないけど苦手というか、そのですね、毎日を精一杯生きている上でいちいち振り返るのがちょっと難しいというか、感想しか浮かばないというか、情緒を表現するのが難しいというか、あはー」

『…………』

「…………」

『…………』

「…………」

『嫌いなのね』

「うい」

『そんな素直な子にはその日記帳は止めて、こっちにしておきましょうかしら』

「あっまたテーブルの上に現れ……Σ絵日記の方が嫌すぎるんだが!?小学生が使うようなやつじゃん!!いやいやいやいや大丈夫大丈夫私こっちの日記帳で大丈夫ですわぁいっぱい日記を書くぞーい!(死んだ目」





それがいつしか苦手だと思わなくなり、平気になっていた。平気になったら、好きになった。好きになっていたら、今度はシステム手帳が欲しくなった。システム手帳をつける様になったら、記録をつける能力も上がった気がした

そうして、この日記帳をつける事は無くなっていった。引き出しの奥に封印して、美莉の記憶からも風化させて

嗚呼、記憶というものは

なんてこんなにあっさりと、消えてしまうのだろうか










「………今日はもう予定が何もないから、後の時間はこれでも見ようかな」




美莉は囁く

その瞳には、かつての自分に対する好奇心を覗かせ

同時に、当時の黒歴史になりうる瞬間を垣間見る恐怖を浮かばせながら

美莉は笑った




「さてさて、この日記帳は何を書いているんだろうね。これは…フフッ、そうだね、美味しいケーキでも食べながら読むとしよっか。この分厚さ、きっと時間が掛かりそうだぁ〜」










かつての記憶を紐解いて


20240101

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