コギトがその女―――ミリと出会ったのは、時空の裂け目がさらに深まり空が赤く禍々しく染まったその日。ちょくちょく顔を出しては神話を聞き出してくる少々手の掛かる男、ウォロが連れてきたのがキッカケだった

通常ならウォロが女を連れてきた、つまり自身の嫁として自分に紹介か?と心弾ませるところだが、状況が状況。前々から亀裂から人間が落ちてきてヒスイ地方で数々の活躍に貢献している、とウォロから耳にしていた。こちらに来たという事はかねてより自分に課せられた使命を果たす時が来たか、とコギトは出会って早々ミリに"あかいくさり"の件を話す事となる。詳細は省くとして、ミリはあかいくさりを用いて神々を鎮め、見事空を元通りにした。とても見事な手腕だったとウォロからさんざ話を聞かされたものだ。自分としても先祖の無茶振りの伝承を継承する荷が降りたのと、禍々しい空が元に戻っていくさま―――先祖の伝承は正しかったのだと、一族の証明が認められた様な気がして、とても清々しい思いで胸がいっぱいだった

あの日以降、ミリはちょくちょくコギトの元に顔を出しては、コギトの庵の台所を借りて料理を施す事が多く、同じ釜を囲む仲である。コギトが知る中で一番の美女だと思っていたが、手料理まで舌を巻くくらい美味いとは驚いたものだ。器量も良いし賓も良い、料理もデキるなんて、奥方にしたい女ぶっちぎりの一位は間違ない。自分に息子がいたらこんな嫁がほしい。いや娘に欲しい。神はこやつに万物を与え過ぎておらんかと一人思う日々が続いたりした

真意は違うかもしれないが、あのウォロが何かと気にかける理由がよく分かった。と、妙にウォロのペカペカスマイルが反復横飛びしながら脳裏に過ぎていくコギトだった





「おぬし、また任務なのか?ギンガ団は英雄に休みを与えぬとは、よほど英雄を酷使させたいらしい。ギンガ団も墜ちたものよな」

「いやいや、コギトさん、ギンガ団は悪くありませんって!ちょっと社畜思考が(かなり)強いだけで福利厚生は(この時代にとって)それなりにありますって!」

「シャチクシコウとフクリコウセイの意味は解らぬが、あまり宜しくない単語なのは流石にワシでも解るぞ」





あと含み言葉にもな、とコギトが続けるとミリは可愛い顔しててへぺろっ☆と茶化す

当然コギトの耳にもミリの悪癖話は届いていた。始めはあのミリがそんな阿呆な事はしないじゃろうと話半分に聞いていたが、まさか本当の話だったと気付いた時は真顔になったものだ。真顔になってミリの頭にチョップを食らわせたのも記憶に新しい





「少しは休んでも罰は当たらんだろう。シマボシから話は聞いておるぞ?ミリが一向に休まずに働き詰めだと」

「あらー」

「しかも拠点に戻らず一週間もざらに過ぎてしまうとも聞いておる。飯も食えていないんのじゃろう?睡眠も満足に取れていないのも聞いておる。おぬしその内死ぬんじゃなかろうかと何人の人が心配しとったぞ。寝ろ阿呆」

「個人情報保護法ってこの時代にないんだなぁ…」

「よく解らんがそんなものはない」

「そっかー」





シマボシといいセキといいカイといいウォロといい、コギトの耳には様々な声が届く。やれミリが帰ってこない、やれミリが寝てくれない、やれミリが飯を食わない、やれミリが、ミリが、ミリが―――個人情報保護法が真っ青になるくらい、コギトのところは色々と筒抜けだった

情報が筒抜けなのは現代なら即アウトだが、それを上回るミリのやらかし具合がヤバい。人間の第三欲求全く満たされなさすぎ。何故ギンガ団は手遅れになるまで放置してしまったんだ。どうしてそこまで自分を追い込んで起きながらケロリと笑っていられるか、コギトにはミリの気持ちが解らなかった





「おぬし、何をそんなに生き急ぐのじゃ」





食事を削り、睡眠を削り、ただひたすらに図鑑完成を目指して大地を走る

ただ走るのではなく、全てを狩り尽くさんとばかりに我が身を知らずに突っ走る。良く言えば勇ましく、悪く言えば命知らず―――そう、自殺行為そのもの

何か目的が無い限り、自身の身を削る様な事はない。そうするだけの理由がミリにはある、そう思えてならないのだ





「まあまあコギトさん、とりあえずご飯にしません?今回は美味しい美味しい具沢山の豚汁ですよ!」





しかしミリはその問いには答えない

なんでもない顔をして、いつもいつもタイミングの良いところで話を切ってしまう

今回も運良く出来上がった豚汁の鍋を持ってコギトに振り返る。鍋に入っている豚汁はごろごろと野菜がたくさんあって味噌のよい香りが庵の中に充満する。その匂いを嗅ぐだけでお腹が簡単に空いてしまうなんて、つくづくミリに胃を掴まれてしまったなとコギトは小さく溜め息をついた





「…元の世界でも、おぬしは回りに苦労を掛けさせておるのかもしれんな」

「え、そんな事はないですよ!向こうでもこうみえて大の大人を五人ほどご飯のお世話していましたし、その少し前はポケモン達もそうですがたくさん食べる人達のご飯だって用意してましたよ!」

「違う違う、そっちの苦労ではない。主に精神面でじゃ。おぬしは無自覚に回りに心配掛けさせて、ヒヤヒヤさせておったに決まっている。少しは自身の行動を省みる事じゃ」

「そんなー」





このまま豚汁を食べたら、ミリはそのまま任務へと颯爽と出ていく。なんでもないように、ちょっとそこまで行ってくると、飄々とした様子で言うのだ

ミリと出会う前の様子は解らない。しかし今のミリの事なら解る。今のミリは、少なくても他人と群れる事を避け、一人を好む―――そう、一匹狼といっても差し支えないほど。いやこの場合一匹狼は男性を指す言葉に近いので、高嶺の華とでも言葉を変えさせてもらおう

何故とは聞かない。理由は察せれる。時空の亀裂のせいで一度村を追放されている。その心に傷を負うのも無理はないだろう。周りの人間にも僅かながら失望しているのも頷ける。しかし、だ。しかし、心配だけはさせてほしい。久しく出会えなかった友人であり、自分にとってミリは娘に近し存在なのだから

ただただ、コギトはミリの行く末を案じるのだった







出来たての歌を盗み聞き


(小さく奏でられる彼女の鼻歌)

(その歌は、聞いた事のないメロディーは)

(彼女を余所者だと言わしめてて、)


(嗚呼、とてもままならないものだ)






2022/12/15


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