このヒスイ地方の上空に不気味な亀裂が走ってから暫くして、一人の女が落ちてきた。女はこの土地には少々、いやむしろキテレツな格好のまま、呑気にはじまりの浜ですやすやと眠りについていたらしい。異変に気付いたラベン博士がはじまりの浜に行き、その女をコトブキ村に連れてきた。そこから女の英雄街道が始まりを告げた

村に入ってすぐ、女はコトブキ村の住人から凄く警戒された。それはそうだ、女の装いはこの土地には馴染みのないTシャツに短パンでサンダルといった、超軽装備。しかもTシャツには「天然記念物(正面)唯我独尊(袖口)夜露死苦(背面)」なんていう物騒な文字熟語が描かれていたから余計奇怪な目で見られていたのは確か。本人は「違うんです…貰い物だったんです…手頃だったから着ていただけだったんです…」と遠い目をしていた。しかし女はとても、とても美しかった。艶やかな長い黒髪、吸い込まれるくらい深い漆黒の瞳、恐ろしいくらいに整った顔立ち、八頭身のスラリとした体型、短パンから覗く陶器の脚―――誰もが見惚れる美貌を持っていながら、着ている服がキテレツ過ぎて逆に目立ち過ぎていた

しかしギンガ団の服に着替え、入団試験に簡単に合格し、ギンガ団の調査員として数々の任務に就き始めてからは女の活躍は鰻登り

亀裂から発せられた雷によって荒ぶらされた、神の御使いと知られる屈強のヌシポケモン。並の人間では太刀打ち出来ないはずなのに、女はそれはそれは楽しそうに、踊る様に鎮め玉をぶん投げまくり、自身はまったく怪我を負わずにヌシポケモンを正気へと戻させた。バサギリとはどこかで拾った鉄の棒二本を使い二刀流で打ち合い、ドレディアとはそのしなやかな動きで踊り合い、ウィンディとは優美に炎の攻撃を避けまくり、マルマインとは「サッカーしようぜ!お前がボールな!」としなやかな脚で蹴りまくり、クレベースとは「磯野ー!野球しようぜー!」とどこかでまた拾った野球バットで迫る氷を打ち返しまくった。お前本当に人間か?と疑問に思わせつつ、女はギンガ団から降りてくる数々の司令に従順に従った

ヒトツボシからフタツボシ、フタツボシからミツボシヘ。本人は淡々とこなしていると言うが、そのスピードが異様に速かった。いつの日か本当に全ての星を揃えた時は驚きやら喜びよりも、「やっぱりなぁ」「いつかやると思ってた」「時間を大事にするのは良い事だが予想外に速い」「しゅごい」「むしろ心配」「寝て?」「おこめたべろ!」という声が多かった

道中で出会ったコンゴウ団とシンジュ団。その時既に女のコミュ力の前では成す術も無く、見事どの団も平等に仲良くなった。女の陽キャっぷりがすげえ。その長達なんて一緒にイモモチ食べあっていたり、二人して女に頭をよしよしされていたから、女のコミュ力の爆弾は勢いを知らない。その頃にはコトブキ村にも受け入れられていたから楽しい日々を過ごしていたのは間違いなかった

ひとまずここで女が残した数々の台詞をダイジェストでお送りしよう




「ここヒスイ地方、ていうんです?…へぇ…ほう!ヒスイ地方!お邪魔しますよヒスイ地方!初めて訪れるヒスイ地方!んふふフィールドワーク楽しむぞ〜!」

「えっ…かわいい…この子達かわいい…いのちかわいい…ヒノアラシかわいい…このラッコちゃんとふくろうちゃんもベリベリキュート…一生愛でてぇ……」

「えっ、そんな感じでポケモン捕まえるんです?バトルとかしなくて身体を張った捕まえ方を……………へぇ……めっっっちゃ、たぎりますねぇ?(ニヤァ)」

「ポケモン図鑑です?任せて下さい私そういうの大好きです!わ、とても原始的……これは絵の才能が試されるやつ。つまり事実上ポケモン集め終わるまで帰れま10!!いいでしょう受けてたちます!まずは手っ取り早くあっちから片っ端からボール投げまくりますよォ!!」

「おっと…ポケモン達が私に…懐かない…だと…?野生のポケモン達のかわゆい子達はいつも私に懐いてくれていたのに…?ヘコむ…リアルヘコむ…これが…ジェネレーションギャップ…??」

「はい一匹ィィ!はいニ匹ィィ!はい!三匹目ェェ!まだまだまだまだァアアッ!背後がお留守だぜかわいこちゃんんん!!君達がァア!全員捕まるまでェ!私はァ!ボールを投げる手を!止めないッッッ!!」

「神の御使い?あらー、それはすごい。神の加護を受けた事で能力もそうですがさらに知能も上がった個体なんですかね?…あっ、かわいい。かわいいね〜。これからよろしくね。いっぱい笛吹いていっぱい呼ぶからね、いっぱい楽しい事しあおうね」

「あはー!たのちい!たのちいよォ!!命のやり取りとっっってもたのちい!!もっと!もっとよ!ちょうだいちょうだい!そういうのもっとちょうだい!!!(※三徹目)」

「ここにな?ギガントボールがあるじゃろ?こいつをな、こうして(構える)、こうして(振りかぶる)………こうじゃッ!!(ブォオンッッ!)(豪速球」

「え?恐くはないのかって?……えっと、ついさっき親分ガブリアスを背面取りしてきた私に今更聞きます?あ、そっちじゃない?そっちもだけどそっちじゃない?……いきなり飛ばされて一人ぼっちなのにどうしてそんなに元気に笑っていられるかって?…うーん、こればかりは慣れです。……普通の日常が奪われ、何もかも失った失意の中で生きていく。本来ならそこで死んでもおかしくないでしょう?…たまたま、たまたま助けてくれたのがギンガ団だったから、私はこうしていられる。帰る場所が一つでも出来れば、あとはどうとでもなるもんですよ?」

「オ゛ア゛ー!これがリアルポケモンタワーですねなるほどなるほゲフッ!!」

「むだむだむだむだァアアアア!!この私に勝とうなんて、百年早くてよーーー!おハーブですわよーーー!!(※連続8連勤中」

「アーイキャンッッ!フゥゥウウラアアアアアイッッッ!!!イィィッッヤッホォォオオイ!!!たーのしいねーウォーグルゥゥウ!そして手を離せば!落下していく!この私ィィ!癖になっちゃうねええええ!(※リアル落下中)」




これが女が残してきた台詞である。紛れもない事実である。もはや人格崩壊してんじゃね?と目を疑ってしまうくらい目茶苦茶はっちゃけていたし目茶苦茶ヒスイ地方を謳歌していた

残業続きドンとこい・休日出勤当たり前・徹夜なんて何徹目だオメー、と現代の社会人が聞いたらめんたまひんむくくらいのドン引きスタイルを人知れず貫いていた女。血眼になってポケモンを見る姿は屈強なポケモンですら尻尾巻いて逃げていく始末。当然そんな事続ければ周りに怪しまれるし普通にバレるし一時騒動にも発展し、結果ギンガ団は勤務時間を精査する事となる。こってり怒られた女は「結果オーライですねあはー」とケロッと笑うものだから全員が頭を抱えた。誰かこいつのブラック企業思考なんとかしてくれ

さて、戦場から離れれば話はまた変わっていく。また女の遺した数々の台詞を日常編としてダイジェストでお送りしよう




「流石テル先輩です、コトブキ村随一のクラフト名人。モンスターボールをこうもたくさん作り上げるその技量は手先が器用の一言ではすまされない……とても、努力されている手です。貴方には貴方の良さがある。けして自分を他人と比較して追い詰めないで下さいね?(ぽんぽん)…テル先輩?テルせんぱーい?テルせ……………嘘……死んでる…!?」

「ラベン博士、お疲れ様です。今回も見て下さい、たくさん皆を迎えてきましたよ!この調子でいけばあの周辺の子達は一通りクリア出来そうです。博士の夢がまた一歩近付きましたね!」

「只今戻りました、シマボシ隊長。今日の戦果になります。…シマボシ隊長、畏れながら一言申し上げます。……しっかりお休みされていますか?隊長は誰よりもギンガ団を、コトブキ村の為に日々忙しくされています。しかしシマボシ隊長が倒れられてしまわれたら意味がない…今日はここまでにして、一緒にムベさんのイモモチを食べに行くことを提案します。もしくは私ごときで宜しければ、手料理でも如何でしょう?」

「デンボク団長こんばんは。此処から見える景色はとても眺めがいいですね。……何処に行こうがどんなに離れていようとも、山から見えるあの夕陽は変わらないですね」

「ムベさんのイモモチは美味しいですねぇ。…え?食べてますよ?一個だけでもお腹いっぱいで…もっと食え?もっと太れ?いやいやいやムベさん何言っているんですか私はこうみえて結構な太さで……いや、皆さん?無言でイモモチ追加しないで!?自分の分は自分でしっかり食べて!?皆さん!!?」

「ギンナンさんこんにちは。…もう、ギンナンさんったら。そんな私を照れさせようとしても何も出ませんよ。出るとしたら、…はい。いつもお世話になっているイチイ商会の皆さんに、感謝の気持ちをと。少しばかりですが皆さんで食べて下さいね?……………?ギンナンさん?おーい?ギンナンさーん?ギ………な、泣いている……!?」

「ヨネさーん、ゴンベー!遊びに来ましたよー!二人は今日も仲良く元気そうでよかったよかった。今日いっぱい木の実拾ってきたので、アヤシシと一緒に食べませんか?」

「キクイ君こんにちは〜。今日はバサギリに会いにきました。キクイ君がよければバサギリの鎌を一緒に磨きませんか?…どうしたの?ちょっと拗ねた顔して…かわ、いや、勿論キクイ君にも会いに来たに決まってるよ。ほら、一緒にバサギリの鎌を磨きに行きましょう?」

「ハァイヒナツちゃん!今日もヒナツちゃんはかわいいね!ねねっ、新たな髪型アレンジ思い付いちゃったんだけど、興味ある?ヒナツちゃんをもっとかわゆくしちゃうよ!」

「ススキさんこんにちは。…遂に、来ましたねガラナさんとのおデート…!ガラナさんの美しさにドキドキしたり初めてのおデートで緊張すると思いますが、どうか気を楽に。貴方らしく振る舞ってあげて下さい。…大丈夫ですよぉガラナさんはそこを含めてススキさんを慕っているんですから!楽しんでいって下さいね!」

「ユウガオさーん!お約束の商品持ってきましたー!…いつもお一人でこなしているユウガオさんの方がすごいですよ。私でよければいつでもお手伝いしますから、言って下さいね?」

「ノボリさんも私と似た様な立場だったんですね。私はラベン博士に、ノボリさんはカイちゃんに…。お互い、善き人達に恵まれましたね。…貴方のその記憶、けして諦めてはいけません。断片的でも、貴方を知る手掛かりです―――いつか貴方の記憶が戻り、貴方の居場所に帰れる日を願っています(よしよし)。………ノボリさん?ノボリさーん?ノボリさ………………大の大人を泣かせてしまった、だと……!?」

「ガラナさんこんにちは。…あれ、今日はススキさんとのおデートのはずでは…?ウィンディがグズり始めちゃった?それはいけません!ウィンディは私に任せて、ガラナさんはどうぞススキさんの元へ!ウィンディは私がしっかりもふもふしておきますから!」

「はろ〜ツバキ君、こんにち……あらー。ビリリダマみたく丸まっているのはどうして?…セキさんに叱られてしょげてる?何したの……ほら、貴方の大好きなマルマインが心配しているよ。やらかした自覚があるなら私も一緒に行ってあげるから、謝りに行こう?(よしよし)……………な、泣いちゃった……」

「ハマレンゲさんこんにちは。今日も精が出ますね!私も一緒に筋トレ御邪魔してもよろしいでしょうか?なんていったって筋肉は全てを解決してくれますからね!」

「やっほいワサビちゃん、今日も私が来る事を予測出来た?…フフッ、今回も残念でした!かわいいかわいいワサビちゃんの驚く顔を見る為に、頑張って気配消した甲斐があるよ」

「セキさんこんにちは。今日もお務めお疲れ様です。団長も大変ですね…しっかり寝ていますか?少しお疲れのご様子ですよ。…フフッ、皆の目は誤魔化せても私の目は誤魔化せませんよ?ほら、ここにうっすらとくまちゃんが。…御自愛下さいね?頑張るセキさんは頼もしく思いますが、セキさんだけの身体じゃないんですから(よしよし)。……セキさん?セキさーん?セキさ…………や、安らかな顔して死んでる……!!」

「カイさん、こんにちは。今日もカイさんは可愛くてかっこいいですね。………え、カイちゃんって呼んでいいんです?敬語も要らない?友達?……フフッ、嬉しい。認めてもらえただけでも十分なのに、友達って言ってくれるなんて。……改めて、よろしくね?カイちゃん(なでなで)。………カイちゃん?カイちゃーん?カイちゃ……………ま、また私は、私はァァ……!!」

「あ、こんにちはウォロさん。今日も元気そうでなによりです。……あ、分かります?…ウォロさん…私は…軽率に人を…気絶させたり泣かせてしまうみたいで…何故でしょう…?全く原因が分からなくて…おかしい、特別変な事は言っていないはずなんですがウォロさん何かご存じです?………………ウォロさん?ウォロさーーん?…ハッ!まさかウォロさんも私のせいで死んじゃ…………いやめちゃめちゃ大爆笑してますやーん!!心配させんといてー!?」




立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。口を開けば相手の弱いところを優しく包み込み、女のよしよしで何人の人を殺してきたか。そうして女に墜ちた者達は数知れず。質が悪いのはこれら全て女は無意識且つ善意で行っていたから、末恐ろしい話だ

戦場に出れば戦場の鬼姫となりポケモンを狩り尽くす。戦場を離れればお淑やかな女へと戻る。ギャップが凄過ぎて本来ならドン引きレベルな筈なのに、そのギャップに惚れた女のファンはどんどん増えていく。現代で言う推しという女が至る所に沼を量産させて、ファンが引きずり込まれるか自ら飛び込んでいくような、そんな感じ。皆の心を、ハートキャッチ(物理)。もしこの時代に手作りのあのうちわがあったら「こっち向いて!」「ハート作って!」「尊い」「生きているだけで尊い」「バキューンして!」と待ったなし。そうじゃなくても女は数々の任務をこなし、たくさんの人を救い、ポケモン達をも救ってきた。このコトブキ村には、ギンガ団には、もう欠かせない存在だといってもいいだろう




「あら、初めましての方ですね。コトブキ村までようこそおこし下さいました。買い出しでしたらこの道を真っ直ぐ行った先に商店が御座います。ギンガ団にご用が御有りでしたら、さらに真っ直ぐ行った先に本部が御座いますよ」




亀裂から現われた不思議な女

不可能を可能へと変えた、台風の目

ラベン博士からもらった最初のポケモンは―――ヒノアラシ。そのヒノアラシは少々色が違っていたが、知っているのは女だけ

後に英雄となる、その名前は―――




「私の名前ですか?名乗る程でも御座いませんが、何かの縁です。私は―――ミリと申します。よろしくお願いします」




女は、ミリは笑った








きっとそれは常識を覆す


(人の領域を越えた偉業を)

(平然とこなしてきたのだから)







2022/12/04
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