「ミリ、こっちよこっちー!」

「はーい」

「シロナさんはしゃいでるね」

「普通は逆なはずなんだけどな…」





此処はカンナギタウンにあるカンナギ博物館。今までずっとリゾートエリアの別荘に軟禁…ンン、引きこもり…ンン。色々あってリゾートエリアに止どまっていたミリは、シロナ達の案内のもと珍しくリゾートエリアを離れていた

というのも聖蝶姫がお世話になっていたアスランという男性と会う為に、一同は待ち合わせであるこのカンナギ博物館に訪れていた。そして運良くカンナギ博物館は期間限定でヒスイ地方の展示会を行われていた為、何も知らないアスランがこのカンナギ博物館に訪れるまでの時間潰しとして、歴史に触れ合おうということで足を運んでいた

シロナのテンションが無駄に高い。自分の故郷だし自分のテリトリーの話なものもあってルンルンしながらミリの手を引いている。その姿は小さい子供がお母さんにアレやソレを見せてあげたいと急かす姿にとても似ている。こどもか。手を引かれながらミリはあらあらと笑いながら着いていき、ダイゴとゲンも苦笑しながら後を追う。さながら姪を持つ叔父の姿である。やかましいわ





「この部屋がヒスイ地方の展示会場よ!」





どーん!と効果音を出しながらヒスイ展示会に指を指すシロナ。テンションが子どもである

期間限定で公開されているヒスイ地方の展示会場。人は正直にいうと疎らである。期間限定の終盤でもあるが、ヒスイ地方がそれだけ注目されていないのが理解できてしまう。その事実に物寂しい気持ちを抱きつつ、ミリは一つ一つ展示物を見ていく





「へぇ…この時代でもモンスターボールがあったんだね。…これを一つ一つ手作業だったとか、僕もまだまだ見聞を広めないと…」

「ダイゴ、あっちには当時採掘された石のコーナーがあるみたいだ」

「石!!…ンン。ちょっと僕はこっちのブースを見てくるよ。皆は僕に構わずゆっくり見てくるといいよ」

「いってらっしゃーい」





展示物は様々なモノが展示されていた

モンスターボール、スーパーボール、ハイパーボールは今のボールとさほど変わらないデザインだが、ギガントボールにウィングボールはとても珍しいボールである。時代と共に発展し、ギガントボールは今でいうヘビーボールに改良され、ウィングボールは廃盤となった。そうやって時代は変わっていくのだ。過去の記憶を置き去りにして

当時使用されていたポケモン図鑑があった。すっごく使い込まれていたり時代とともに風化していき、とてもボロボロだった。流石にこの図鑑は重要文化財扱いになるらしく、厳重な保管と共に展示されてあった。他にもギンガ団が当時着ていた服など、当時使っていた道具など様々に展示されていた。「えっ、これが当時のギンガ団の制服かい?なんというか、その、普通だね…?」とは少し前、ヒスイ地方の勉強会で言っていたダイゴの台詞である。「「それな」」と返すのはデンジとオーバ。本当にそれな。どうしてあんなとち狂った格好になってしまったんだ。ギンガ団創設者が泣くぞ

そして次に見えてきたのは写真コーナーだ。当時のコトブキ村には写真館があったらしく、様々な人やポケモンが楽しそうに写真に写っていた





「……………みんな…」





様々な写真に写る中に、見知った者達の姿があった。記憶通りに笑う彼等から始まり、幾年か成長した姿、家族が出来て子供が生まれ、老年となった姿―――嗚呼、嗚呼、彼等はヒスイ地方で生きてくれていた。怪我もなく、誰かが欠ける事なく、全員が楽しそうに笑っていた

ミリは泣きそうになった。こっちに戻ってきたのは数日前だとしても、どうしてこう、胸を詰まらせてくるのだろう。嗚呼、可能であれば彼等の人生を間近で見ていたかった。しかしミリはその可能性を手放してこの時代に帰ってきた。自分には、その資格がないから。写真だけでは全ては分からない―――せめて彼等が、大好きな彼等が、最期に幸せな人生を送れていた事を願うばかり

潤みそうな涙腺をグッとこらえつつ、また次のブースに移動していく

そしてミリは―――ある写真を目にする事になる





「……ッ!!!!!!」





それは一つの写真だった

大きな石碑が写っている。とても大きくて、古めかしい石碑だった。石碑にはアンノーン文字らしき字体が書かれている

そして石碑の周りには、グラシデアの花が咲き誇っていた。花の生き生きさが現れていて、とても見事な光景だったのは間違ない

その花に囲まれながら、静かに鎮座するモノを―――ミリは見つけてしまう





「ミリ、どうかしたかい?波動に乱れを感じたが…」

「…そうですか?気のせいですって!……それよりもゲンさん、この写真ですが…」

「?あぁ、この写真か。―――シロナ、」

「はいはーい」





バクバクと心臓が五月蠅い

波動というのは便利だ、感情を読み取れるのだから。しかし読み取られた者にはたまったものじゃない。人の事全く言えないけど。ヒスイ地方にいたハクという男性もそのタイプだったなと思いつつ、バクバクと鼓動が速くなる心臓を抑えながらミリはなんでもないように誤魔化す

呼ばれたシロナが顔を出す事で、この写真の真意を知る事になる





「この写真ね。これが後に見つかった石碑の写真よ。場所はテンガン山のやりのはしら近く、地図でいったら…ここね」

「やりのはしら…」

「…そこは…立ち入り禁止区域の場所じゃないか。旅の途中引き返した覚えがある。なるほど、それほどの重要文化財があるなら保管の為に立ち入り禁止区域にするのも納得だ」

「大伯父様によると時代と共に登り辛くなって危険だから立ち入り禁止にしていたって言っていたわ。…まぁあの大伯父様の事だから、もっと別の意味があったんじゃないかと今は思うのよね」

「ふむ…伝承の事もある。この石碑を守っていた可能性もなくはなさそうだ」

「やっぱりゲンもそう思う?大伯父様、口が達者なくせに教えてほしいところは本当に教えてくれないから困っちゃうわ〜」

「………」





現代のシンオウ地図を前にシロナの指はある場所に指される。シンオウ地方の地図ではそこはテンガン山のやりのはしら…の、少し下山の方。麓にしたら高過ぎで、山頂にしては微妙な位置にある場所。人間が辛うじて住めるだろう、そんな場所だった

ミリはシロナとゲンの会話に一人納得しつつ、右から左に聞き流していた。というか頭に中々入ってこなかったのが正しい

ミリは知っていた。その場所は自分にとって、ちょっとした秘密基地だった事を。その場所は、テンガン山の―――天冠の山麓、現地人には"笠雲の切り通し"と呼ばれていたところ。シンオウ神殿に向かえる山道から少し離れた場所に、ちょっとした高台があった。そこから見える景色が壮大で、美しくて―――バグフーンの優しい炎を暖にしながら二人で静かに眺めていた思い出があったから

誰が一体、自分達の秘密基地の存在を知っていたのだろうか。こんな場所、普通は知り得ないはずなのに。後から知ったにしても、よくもまぁこんな場所に石碑を設置出来たものだ

そして石碑の周りには溢れるばかりの可憐な花が咲き誇っている写真の中に、ミリは見つけてしまったのだ

―――ポケモンの骨を

自分が知っている、あるポケモンの形状の、立派な骨を





「グラデシアの花…テンガンザンにこんな花が咲いていただなんて。これは…ポケモンの骨かい?風化しているけれど、形はしっかり残っている……珍しい状態だ。標本レベルに近いぞ」

「検査の結果、それはバグフーンの骨だったみたいよ」

「ッ!」

「バグフーン…この地方では珍しいポケモンだが、そうか…まるでこの石碑を守る、門番みたいだな」

「グラシデアの花がこの骨の風化を抑えていた可能性があったのかもしれないわね。そこは調査中だけど、その推測も私達が考えるところだったりするのよね」





石碑の横に、座るように事切れていた骨。時代と共に崩れてもおかしくないはずなのに、静かに鎮座するバグフーンの骨

感謝を伝えるグラシデアの花。花はバグフーンの骨の崩壊を防いだ。崩壊するのを、拒絶するかのように―――


嗚呼、嗚呼、
なんて、こんなにも、

美しくも儚い写真なのだろうか





―――ヒスイ地方の上空に突如赤い亀裂が走る。亀裂から神の裁きが墜ち、神の御使い荒ぶらせ、大地を恐怖へと震わせる

その地に、亀裂より英雄現れる

その英雄、勇猛果敢に神の御使いを鎮め、大地に安寧をもたらす。また御使いを従い、神々をも手懐けさせ、さらには人とポケモンの平和と安寧をもたらせた






「過去に何があったのかしらね。ヨスガシティの協会に伝承に近い絵が飾られていて、あの絵が実は伝承と関係があるのかとか、とっても好奇心がそそられるのよ〜」

「それは気になる話だな」

「また近々一緒に行きましょう!楽しみだわ〜!」





その英雄を忘れるなかれ。その英雄を讃えよ。その英雄は、我々に光をもたらせたのだから

どんなに離れていようとも、どんなに手の届かぬところにいようとも、我等の想いはけして消え失せぬ






「――――そこまでして、私の為に…」






願わくば、その英雄に我々の感謝の気持ちが伝わる事を願い、この伝承を遺そう―――





「ッ―――ありがとう、みんな




 私もずっと、大好きだよ」





永き時を超えて、

しかと彼等の想いはミリに届いた

ヒスイ地方の伝承を初めて聞いた時は輪廻転生で生まれ変わったヒスイの英雄に向けて言われていたと思っていた。ミリ自身、伝承が自分自身を指している自覚が全くなかったから、伝承の本当の意味をこの瞬間まで理解していなかった。しかし、そんな単純な話ではなかった。石碑の写真を見て、伝承の意味を改めて見て、ここで初めて彼等の意志を理解して―――嗚呼、嗚呼!こんなにも胸を詰まらせられるなんて!此処に誰もいなければ、ミリは泣きわめきたくて仕方がなかった。しかしミリには泣く資格はない。彼等の選択を静かに受け入れるしかない

何故彼等が石碑を遺したか、具体的な理由や経緯など関係ない。大事なのは彼等の気持ちがミリにしっかり届けばそれだけでいいのだから





「ミリー?今何か言ったかしら」

「…ッいえ!なんでもないです!…シロナさーん、今度この場所に行ってみたいです!伝承の石碑の場所!やっぱ生で見たいですし!歴史探索ツアーしましょうよ〜」

「あらあら、嬉しい事言ってくれちゃって〜。色々落ち着いたら行ってみるのもいいかもしれないわね」

「やったー!」

「あまりミリが無茶しないところで頼むよ。ミリ、次はあちらのブースにも行ってみようか」

「はーい」

「というかダイゴはどこまで行ったのかしら?姿が見えないのだけれど…石の事になると本当にこどもね〜」

「…シロナ…君がそれを言うのか…?」






嗚呼、ヒスイの英雄よ

貴女の未来にどうか幸あれと、願うばかりである






――――
――――――――









「バグフーン、お前に酷な事を今から言う。俺達はまもなく、きっと、ミリの事を忘れてしまうかもしれない」





その言葉を宣告したのは、ミリの先輩でありミリの行き過ぎた行動に叱咤しまくったりと色々世話を焼かせていた一人の男だった





「唯一記憶が残っているのはミリと最も親しかった人達だ。他の人達はダメだ。もうなにもかもさっぱり忘れてしまっている。けれどそれじゃダメなんだ。今のヒスイがあるのはミリのおかげなんだ!誰よりもお前がそれを知っている!俺達も一番知っている!ッ知っているのに……」

「なんでそうなってしまったのかは分からない。ディアルガとパルキアはセキさんとカイさん曰く、世界がそれを望んだからとしか言わないらしい。…わけが分からないよな。世界ってなんだよ…ミリが一体何をしたって言うんだよッ!」





ミリがこのヒスイの大地から未来に帰ってから、そう月日が経っていないのにも関わらず、世間はミリの存在を忘れていった

ミリを忘れた事で歴史が書き替えられ、亀裂の事象がうやむやにされた。あれだけ恐怖に震えていた日々が失われ、「なんかそんなことあったような」と記憶の奥に仕舞い込まれたと気付いたのは誰だったか

ミリを知っている者達は憤慨した。憤慨して、忘れていった者達に精一杯訴えかけた。しかし誰もがミリの存在に理解を示してくれる事はなく、挙げ句に自分達の頭の心配をされた。もっと恐れていたのは自分達すら記憶が徐々に失われていると気付いてしまったから

ミリの声が、顔が、ぬくもりが、思い出が。少しずつ欠けていく底知れぬ恐怖は、どう言い表せばいいのだろうか





「だからバグフーン…俺達は、俺達の出来る事をする」

「石碑を残そうと思っている。ウォロさんが言っていたよ、「石碑は歴史の重要文化財になる。先の未来でこの石碑が見つかって、のんきに生きているミリさんに絶対届くだろう」って……藁にも縋る思いってこんな感じなんだろうな…」

「俺達には分からなくて、ミリにしか分からない様に残すんだ。文字は、お前とミリが頑張って全部揃えたアンノーンを使ってな。…あいつらってよくわかんないけど、スゴいよなぁ。俺達が文字を一つずつ言っていくとアンノーン達がどんどん組み合わさって一つの文章になるんだからな。全然読めないけど。意味が全く分かんねーの。ウォロさんのテンションのぶちあがりかたは正直引いた」

「まぁそのウォロさんやコギトさんは伝承として後の世代に語り継いでくれるみたいだし、少しでもアイツの耳に届くようにするんだ。絶対に俺達は諦めないし、希望は捨てない。忘れてしまっても、形に残してやるんだ。俺達はミリの事が…大好きだってことを……ッ!」





グラシデアの花をいっぱい集めた。いっぱい集めていっぱい植えて、石碑の周り一面にグラシデアの花でいっぱいにした

不思議な話だ。一般の人間やポケモンが植えても土地の壌土、環境のせいですぐに枯れてしまっていたのに、バグフーンが植えると長く永く元気に咲いてくれていた

不思議と寂しくはなかった。花を植えるのが楽しくなった。グラシデアの花を初めて見た時の事を思い出す。グラシデアの花を探す任務に就いて、場所を見つけて、感謝ポケモンのシェイミを追い掛け回したあの時。シェイミを捕まえて一段落着いた時にバグフーンの耳にグラシデアの花を一輪刺してくれた事を。「いつも感謝しているよ、バグフーン」と愛しいそうに言ってくれた、あの時の姿を





「バグフーン、君を一人残してしまう僕達の事を許さないで下さい。僕達はきっと、ミリ君の記憶を失ってしまう。…けれど君なら不思議と、忘れない気がするのです」

「バグフーン、お前に最初で最後の任務を与える。―――生きろ。生きてミリの存在の証明とあれ」

「おぬしに、否…おぬし達にまた酷な選択を与えてしまった。しかしこれだけは言わせてくれ。おぬし達の帰る場所は此処だ、ギンガ団である。…いつでも帰ってくるのだぞ」

「バグフーン…永遠の時を待つ苦労は、俺が知る以上に辛い道だろう。アンタがその道を選んだ選択を、俺は盛大に祝ってやるよ。……つくづく俺ァ何も出来ねぇ…好いた女を忘れる事になるなんて、男にとっては不甲斐なさすぎる……嗚呼、やっぱりあの時しっかり告白しておけばよかったぜ…ままならねぇなぁ」

「世界がそれを望んだ…パルキア様がそうおっしゃったのなら、私はその言葉を受け止めなければならない。…けど…分かっているのに…どうして、どうしてなの…?ミリちゃん……大切な友達が居なくなっただけでも辛いのに、なんで記憶まで……ッバグフーン、もしミリちゃんに会えたら…また私の友達になってほしいと、伝えてくれる…?」

「不思議なものよな…世界とやらは本当に理不尽じゃ。好き勝手に我等を巻き込み、解決したら用済みのように記憶を改竄させる。……記憶というものは、いずれは消えていくものじゃ。けれどこの消え方は常人を超えたもの…巻き込まれたミリが、可哀相でならぬ」

「貴女の寿命がどの程度かは知りません。少なくてもワタクシよりは短いはずです。ですがもし、貴女がしぶとければ…ワタクシも、最期は一緒に待つのも吝かではありませんよ」





春になった

夏になった

秋になった

冬になった


四季が巡った

空が変わった

景色が変わった

ポケモン達も変わった


回って、巡って、変わって


バグフーンは一人石碑の横で待つ

自身の主が生まれるであろう時代になる時まで―――




「バグフーン、いつまでも大好きだよ」






あるじ、あるじ

ボクのあるじ、

だいすきな、ボクのあるじ


ボクは世界に負けないよ
ずっと、ずぅーっと、覚えているから



だから、ね

未来でどうか、ボク達の想いが無事あるじに届きます様に






あの花の名前を思い出す頃に


(嗚呼、貴女も逝ってしまいましたか)

(結局貴女は何も教えてくれませんでしたね。どうしてその石碑の横に居続けるのかを。ワタクシがどうしてその石碑に書かれている内容を、知っていたのかを)

(ワタクシは何かを忘れているのか?―――嗚呼、よく分かりません。分かりませんが、むしゃくしゃします。絶対に忘れてはいけないと強く望んでいた、そんなワタクシがいるのです。…不思議です)

(まぁいいでしょう。その石碑の事は貴女の約束通り、次の世代に伝えていきましょう。…いつ約束したのかさっぱりですが、ね)

(さようなら、バグフーン。ゆっくり眠るといいでしょう)






























「これが、石碑……みんなが残してくれた、過去から未来への、手紙…」

「ブィブーイ!」
「ブブブーイ!」

「こらこら。石碑に爪研ぎしちゃだめだからね?遊ぶならあっちに行って遊ぶんだよ?」

「「ブーイ!!」」





嗚呼、やっと、

やっと、やっとだよ、みんな





「…会いたかったよ、ヒスイの皆




待っててくれてありがとう、私の愛しいバグフーン」






嗚呼、ボクのあるじ


やっと―――――会えたね







2022/12/29

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