テルとラベン博士のいる拠点から離れてからどれだけの時間が過ぎたのだろう。あれだけたくさん襲いかかってきたポケモン達は一切の姿を見せず、ただただ穏やかな時が流れていた。まるで二人が山頂に訪れる事を、待ち望んでいるかの様に

ミリとバグフーンはゆっくりと、しかししっかりとした足取りで山頂に向けて歩を進めていた。回りの景色を楽しむ様に、慈しむ様に、懐かしむ様に。「あそこで食べたおにぎり美味しかったね」「バウ〜」「あそこで確か私ビリリダマにビリビリされたんだっけ。懐かしいねぇ」「バウ〜」とかつての記憶を二人は分かち合う。たとえばミリのテンションぶち上がり過ぎて山頂からゴロゴロとビリリダマと共に転がり落ちてしまった事や、御使いマルマインを玉乗りして遊んだ事や、ヌメルゴンの粘膜にヌメヌメにされたり、お昼寝していたら周りにピッピ達に囲まれて寝起きドッキリされたりと、様々な思い出が駆け巡る。ちなみに今挙げた思い出は比較的マシなやつである。やべーやつはもっとやばい

そして時間は無情にも過ぎていき、二人はあっという間にシンオウ神殿―――否、ウォロ命名"槍の柱"に到着する。まだシンオウ神殿の時はあまりの標高の高さと距離に「お前がこいやシンオウ神殿ンンッ!」と悪態を吐いた事があったが、それは置いといて。数週間前にウォロとバトルしたフィールドの上で、ミリはカミナギの笛―――否、てんかいの笛を吹いた

すると二人の目の前に半透明の階段が現われた。階段は天に向けてひたすら高く向かっていた。この先にアルセウスがいる。この宇宙を生みし神であり、ディアルガ・パルキア・ギラティナを生みし母なる存在。ウォロが焦がれてやまなかった存在が、この階段を登れば、逢える―――




「バグフーン」




行こっか、とミリは言う。差し出された華奢な手に、バグフーンはにっこりと笑ってその手を握り返す

いこっか、ボクの主




「最後のバトル、楽しもうね」




うん、楽しもう

いっぱいいっぱい、楽しもうね


空は晴天、風もない。全ての条件が揃ったこの日。二人は半透明の階段を一緒に登り始めた。「うーん、めちゃめちゃ数あるねこの階段。ここまでくるとエスカレーターがほしいね。バリアフリーでもよき」と笑うミリはどこまでも空気が読めなかった






********






無駄に長く、無駄に高く

晴天で風一つもない壮大て美しい空は、気付くと宇宙が広がっていた。階段の先、宇宙の中、歩いて歩いて歩いた先にある、無駄に広いフィールド。不思議で幻想的な波紋が広がるそのフィールドに、ミリとバグフーンは辿り着く


そして二人はアルセウスと逢う事になり、出会って早々に戦闘を開始する事になる


アルセウスは強かった。今まで戦ってきたポケモン達とは比べ物にならないくらいに。地面に這う波紋の衝撃波からのメテオ攻撃、さばきのつぶての様なレーザー攻撃に、神々のポケモンが使用していた空間の切れ目からの突進攻撃。地面は抉れ、宙には光線が走り、爆風が襲いかかる。一つ一つの攻撃力はバカ高く、もしミリ以外の人間がその技を食らったら一溜まりもなかっただろう

今までミリは傷一つ負わずに戦闘をこなしてきた。どんなに強い相手でも、不思議と傷を負わずに帰ってきていた。しかし、しかしだ。流石のアルセウス相手にはそうはいかなかったらしい。様々な強烈の技の一手、さばきのつぶての光線をその華奢な身体に一発受けてしまう事になる

バグフーンは悲鳴を上げる。それはそうだ、自分の見えないところで主に怪我をさせてしまったのだから。己の失態と、しかしあの主が敵の攻撃を受けてしまった驚きと。普段のんびりと構えるバグフーンでさえ口から悲鳴を上げさせた

アルセウスのさばきのつぶての光線はミリの腹を貫通した。貫通した腹からは鮮血が溢れ出て、反動でミリの口からも血を吐かせた。ミリの立つ場所にはゆっくりと、ゆっくりと血溜まりが広がっていく。服装は見事に血がべっとり広がっていた。このまま放置したら出血多量で危ない。当然アルセウスの攻撃の手は緩められる事はなく、ミリが攻撃を避けるたびに血飛沫が飛び散っていく

絶体絶命とも言えるだろう

――――しかし、





「――――ッ、 ア ハ !」





ミリの顔が、口が、ゆっくりと、ニンマリと口角を吊り上げ

ミリの纏う雰囲気が、ガラリと変わった





「ふふ、ふふふ―――…ッアハ、アハハハハハハッッ!!ハハ、…ッいいよォ!すごいすごい!この世界で私に一発腹にキメてきたのは、貴方がハジメテよ!アルセウス!あは、アハハッ、ハハハハハハハッ…――――ふは!嗚呼!楽しいッ!楽しいねぇバグフーン!!もっとよ!もっともっと!!この私に、命のやり取りの楽しさをもっと感じさせて!!ほらほらほらほらァアアアア!!」





ぶ っ こ わ れ た

遂にミリが己の枷を外した。完全やべー女が爆誕した

いや元からというかヒスイ地方に来てから常時枷は外れっ放しだったのだが、今回の一撃は大変ミリを喜ばせたらしい。血を吐きながら嬉しそうに高揚し、痛みなど感じさせないくらい楽しく踊り、そして隙あらばアルセウスの背後を取り―――アルセウスフォンが鎮め球に変化したソレを、容赦なくぶん投げる。しかも「あっ、なんだっけ!知ってる!こういう歌があるの知ってる!確か、えっと…―――ギリギリでい〜つも生きていたァいからァアアアア!嗚呼アアアアア↑↑↑!」とも歌い出だす始末。やべーんだわ。ミリがとち狂っている。ヒスイ地方の皆が今のミリを見たらアルセウスに手を合わせるヤバさだし現代の友人達が見たらドン引きからの卒倒レベルである。恋人?そりゃもう激怒して拳骨食らわせてミリの首根っこ掴んでフェードアウトである。今のミリを前に出来るかはわからんが





「ねぇアルセウス!こんなにも楽しい思い出を!経験を!バグフーンと一緒にさせてくれてありがとう!」

「私はこんなにも満たされている!!現代では絶対に満たされる事のなかった飢えを、渇きを!」

「いっぱいいっぱい満たしてくれて―――ありがとう!」





―――ミリの住む未来では、科学が進み歴史が進み、人とポケモンは互いに手を取り合って生きている。モンスターボールを使ってポケモンを仲間に引き入れて、またポケモン同士を競いあって互いを高め合う事などもしている

ミリが今まで戦闘に出た事はない。頼もしいポケモン達がいたから。出る必要がなかったし、自分が出たら彼等の存在、活躍を無にしてしまう。だからミリは今まで本性を直隠していた

他者の痛みは極度に嫌う。しかし自分自身となれば話は違う。ミリは様々な世界で死闘を繰り広げてきた事で、いつしか己の実力で闘う事を強く望む様になってしまった―――つまりは戦闘狂、バーサーカーの誕生である。世も末であるしガチで本気に戦ったら世界の終わりである

その隠された本性が、どうやらこの世界とは相性がすこぶる良かったらしい。だからこそミリははっちゃけることが出来た。実力を出す事が出来た。本心をさらけ出す事が出来た。自分を阻む障害がいなければ、あとは自由にやっちゃってもいいよね?―――と。しかもここのフィールド、独立してるっぽいし。いいよね☆とミリは言う

理性?いいやつだったよ






「さあ!バグフーン!これが最後の一撃だよ…最後は一緒に、感謝を込めて!ぶちあてよう!






バグフーン、ひゃっきやこう!!」






バグフーンの怪しく燃え盛る背中から幾つもの炎の球が現われ、猛々しくアルセウスに向かって発射される。見事に当てられたアルセウスは苦悶の表情を浮かべ、一瞬動きを止める

そしてその隙を見逃さず、ミリはあらん限りの力を振り上げ―――このヒスイ地方で培われてきたコントロールで、アルセウスに鎮め玉をぶち当てたのだった






**********





アルセウスとの戦闘は無事に終結した。凄い戦いだった。壮大な戦いだった。この広いフィールドを見渡せばどれだけ壮絶な戦いだったか、むしろ恐怖を覚えるくらいだ

戦いが終われば、最後に残された事はただ一つ





「バグフーン、ここまでみたいだね」





ミリとバグフーンとの、今生のお別れ

二人はボロボロだった。ボロボロだったけど、清々しい表情を浮かべていた。お互いアルセウスの技のせいで血塗れで大変な事になっているが、不思議と痛みは感じなかった

ミリは嬉しそうに、愛しそうにバグフーンの身体を撫でる。先程のバーサーカー状態はなりを潜めたらしい。今バグフーンの目の前にいるのはただの血塗れた美しい美女である。いやただの血塗れた美女ってワードが普通にコワい。しかし二人にはそんな状況なんて頭になく、バグフーンも愛しそうにミリの手を受け入れた





「私のバグフーン、私の、愛しい愛しいバグフーン。今まで私に着いて来てくれて本当にありがとう。…どうか貴女の未来に幸あらんことを。未来に帰っても貴女をずっと想っているよ」





楽しかったよ、バグフーン

貴女も楽しかったなら嬉しいな

美しい瞳から涙が溢れ、美しい顔からゆっくりと涙が落ちていく。嗚呼、嗚呼、もっとずっと、眺めていたかった

しかし時は残酷に襲いかかってくる。ミリを守る役目を終えたバグフーンは、この場を退場しなければならない。光の粒子がバグフーンの視界にチラツキ始めた。始めはなんだろう、と考えたがすぐに答えを知る事になる。自分の身体が、光の粒子になっていたのだ。足から上にゆっくりと、ゆっくりと粒子になって消えていく―――





「ガゥ!グルゥ……、バウッ…!」





ありがとう、主!
ボクは本当に楽しかったよ!

主に会えて本当によかった!
主の事…絶対に忘れない!
ヒスイ地方はボクらがしっかり守っていくから!

だから、だから笑って

ボクは主の笑った顔が、だいすきだから――――






「―――バグフーン、さようなら。いつまでも君を愛しているよ」





ミリは笑う

バグフーンの大好きな笑顔で、泣きながら笑った

最後には、親愛のキスを頬に送り―――愛しそうに、頭を撫でた。とても暖かい手だった





そしてバグフーンは光の粒子となって、このフィールドから姿を消したのだった







***********







暫くミリはバグフーンの消えていった腕の中を静かに見つめていた。名残惜しそうに消えていった、大切な自分の相棒。どんなにさらけ出した本性を見ても動じずに「あらあら」とのんびりと笑っていた彼女。戦闘に入ったらのんびりとした様子が一変し、とても頼もしい姿を見せてくれたバグフーン―――嗚呼、本当に自分は仲間に恵まれていた

アルセウスの技で傷を受けた腹部は、この時点で傷は既に癒えていた。ミリはゆっくりとその場に立ち上がる。するとふわりとミリの身体が白く光始め―――血塗れになったギンガ団の服装が、全くの新品に変わったのだ。そして荒れ果てたフィールドも、白き光と共に綺麗さっぱりに元通りに戻った。その様子にミリは小さく驚き、後ろを振り返る

犯人は誰かなど、お察しである。戦いが終わり、ミリとバグフーンの別れを静かに見守っていた―――アルセウスの力


ミリとアルセウスは、改めてここで対峙する事となる





「―――改めて御機嫌よう、アルセウス」

《御機嫌よう、ミリ。いえ―――【異界の万人】であり、私を従える唯一の存在よ。貴女の存在と活躍に敬意を表し、女帝と呼ばせて頂きます》

「構わない。好きに呼びなさい」





先程の戦闘が嘘の様で、

しかし厳格な雰囲気がプレッシャーとなり、このフィールドを静かに広がる





《まず貴女の了承を得る前にこの地に連れてきた無礼をお許し下さい》

「やはり貴方が絡んでいたのね…今回も私の力が災いして過去に翔んでしまったと思っていたけど、理由を聞いても?しかも過去は過去でも―――"私の住む世界の過去"じゃなさそうだけど」

《やはりお気付きでしたか。そうです、貴女からしてみると、この時代は"平行世界の過去"になります》

「"平行世界の過去"……そのわりには私の世界でもヒスイ地方はあって、亀裂の事象が伝承されているけど?」

《この"平行世界の過去"はいずれ貴女の住む時代に統合され、吸収されます。限り無く近い平行世界なので何も破裂も亀裂なく、自然に溶け込んでいきましょう。なので平行世界で活躍された貴女の実績は、貴女の住む未来へと遺してくれます。枝分かれした時間軸はいずれ一本の時間へ統合される…それと同じです》





ミリはこの世界に初めて訪れた時、始めは純粋に自分がいた世界の過去にまたタイムスリップしてしまったと思っていた

けれど、なにか違う。当初こそ違和感抱いたままそのまま突っ走っていたが―――神々のポケモン、ディアルガ・パルキア・ギラティナと会った後に確信するのだ。「あ、この世界絶対平行世界だ」と

ディアルガとパルキアがオリジンフォームに姿を変えた時は仰天したものだ。まぁ新たな姿を見てテンションが高ぶったのであの時の記憶は正直曖昧だが。あとは曲がりなりにも彼等とは本来面識があったから。自分はまだ初対面とはいえ彼等は確実にミリを覚えている―――なのになんのアクションもなく無慈悲に攻撃してきたのだ。お陰で彼等は別個体でここが平行世界だと理解する事が出来た。朗報とはいえちょっと寂しい





《貴女をこの世界に呼んだ理由は二つあります》

「それは?」

《この時間軸はウォロなる者の手によって破滅の道へ辿る予定でした》

「!」

《私が出てもよかったのですが、私が介入すると他の平行世界に影響が出かねません。私の存在一つで他の世界が消えてしまうのを畏れたゆえです。しかしこの世界を放置してしまうと、この時代から枝分かれした先の未来―――大半の世界が抹消されてしまう。これはなんとしても防がねばなりません》





貴女なら私の状況を理解してくれるでしょう。力を持つ者は、一つ動いた事でも後に破滅に導く結果にもなってしまう

自分はこのたくさんの宇宙を束ねる存在である。創造神となのるだけあってけして破壊を導く結果にさせてはいけない





《しかし、貴女が現れました。悪影響を一切与えずに世界に干渉出来る存在を―――貴女が自分の住む世界でこのヒスイ時代の存在を認知してくれた事で、縁が出来ました。かなり細い縁を、貴女の持つ"夢渡りの力"とリンクさせて呼び寄せました。…唯一私が出来るのは貴女にアルセウスフォンを託し、遠くで導くだけ》

「よく、私の存在を認知出来たね。…私は異世界から来た身であり、たくさんある世界にの中で一つだけしか存在しないのに…」

《貴女の、【前世の女帝】の存在はずっと前から認知していました。認知していましたが、あまりの強大な力の為に他の平行世界から隔離させていました。私自身の介入も出来なかった為、限り無く"私"に近く、力が反発し合わなく世界を安定させれる分身体を降ろし、"貴女の住む世界"を独立させていました。そうして【前世の女帝】が没し、永い時が流れて―――貴女が来た。故に気付けました。貴女達から出る聖性の力は、とても強大なので》

「…そう」

《あまりに力が強大なので、こちらに来て頂く際に必要最低限まで力を抑えさせていただきました。自己治癒力と身体能力向上以外のものは軒並み使えなかったはずです》

「あぁ、そうね。そういう事ね…だからかー」





聖性の力―――ミリが持つ力の名称である。その力がどう作用しているかは未知数だが、少なくてもこの力のお陰で未来の時代ではどんなポケモン達とも仲良く出来ていた

凶暴で殺気立つポケモン達でさえミリが近付くだけで気持ちが落ち着き、ニコニコと目許を緩めてミリの周りに行儀良く並ぶ。お前さっき食物連鎖仕掛けてたやんと突っ込むのは食われかけたポケモン。ぴえんである

このヒスイ地方でいったら、凶暴なヌシガブリアスがニコニコしてミリに懐きに行くレベルである。しかし今回は一切全くそんな気配は無く、ビッパでさえあまり懐きにくかった様子を見て「そんな、バカな…!?」と涙で顔を濡らしたのはいい思い出である

まぁそのせいでミリのぶっ飛んだ行動に拍車がかかるのだが、その話は置いておこう





「ウォロさんが世界を破滅に追いやるのは納得した。しかし…そこまで?やけにすんなりと負けを認めて今となればギーギー言いながら精一杯生きているけど…」

《それは貴女の聖性の力がウォロなる者の悪しき野心を浄化させたからです》

「………?…………えっ?なにも…してないけど……?」

《今の台詞、貴女の時代で言ったら「ジブン何かしちゃいました?」というラノベ小説の一文ですね》

「なんて!!!!??どうしてその一文抜粋した!!!!??」

《これがただの人間でしたらウォロなる者の野心は膨れ上がる一方でした。仮にウォロなる者をシンオウ神殿で倒してもさらに野心は膨張し、嫉妬と憎しみで怒り狂い、どんな手段を経てでもやり遂げてしまっていたでしょう。なによりもウォロなる者は純血の旧カミナギの民、古代シンオウ人―――かつて分身体のアルセウスが力を授けた一族。有限の時を使えばウォロなる者の野望は叶ってしまっていたでしょう》

「待って…さっきので頭に言葉が入らない……アルセウスが、俗語…!」

《なるほどこれがコスモを背負った姿。草不可避の大森林コース》

「止めなさい最後まで威厳を持って神様しなさい!笑うから!大爆笑だから!!」

《私からしてみると貴女も大概な事をしているんですが………》





ミリ:人々に信仰され神聖なるアルセウスが俗語を使いこなしているし自分があまり把握で来てない流行語ですら使いこなしている

VS

アルセウス:我等神々を従える神聖なる女帝が戦闘狂バーサーカーになって戦場をめちゃめちゃ狩りまくるし本人の生活スタイルが人間辞めてるやべー姿

ファイ!!


という茶番はさておいて。実際にミリはウォロに何をしたんだろうと頑張って記憶を掘り返す。そもそもウォロとは仕事上での仲間でしかなく、ちょっと冗談を言い合える程度でそこまで親しくした覚えはない。向こうがどんな気持ちでいたかは分からないし(告白もどきを受けたことはすっかり忘れている)、なんか最後めっっっちゃ恐い宣言をされたくらいで、自分が何か彼にしてあげたかといったら―――うん、なにもしてない。特に聖性に関する事なら、尚更




「ふんッッッ!!!!!!」

「ゴハァッッツッッ!!!!」





唯一したとしたらプロレス技を掛けた程度だが…まさか、ねぇ?

ミリは考えるのを止めた





《世界とは修復し修正していくもの。貴女が"後から過去に介入した"と謙遜したところで、歴史は既に貴女を受け入れた。そして歴史に刻まれ、貴女の過去への存在の証明になった。しかし貴女の存在は異質。突然の介入は他の歴史の流れを狂わせる―――なので貴女が"存在している世界"に踏み入る前まで、世界は貴女の存在を封印した。そして貴女が世界に踏み入れた事で記憶の封印は解かれる―――今回に限って言うならはそう私は解釈します》

「………」

《貴女の"今"の現状は理解しています。帰ってからまた一悶着あると思いますが、貴女なら解決出来るでしょう》





そう、だからミリはシンオウ地方のリゾートエリアに監k…大人しくていたのだ

今後どうなるかは分からない。それだけミリの状況は複雑なのだから





「あと一つは?」

《貴女にお会いしたかったからです、女帝よ》

「……………、は?」

《【前世の女帝】が生まれ落ちた時代、本当でしたら私自ら赴きたかったのですが…結局ご存命な内に会う事叶わず。けれど貴女が現われ、こういった形ですが会えるキッカケを作ってくれました。ウォロなる者の事もありましたので、隙あらばと》

「……あ、あらー、そう…なのね…?…まぁ他に問題があったわけじゃなければいいけど…」

《こういう時に"てへぺろっ☆"と言うべきなんでしょうが生憎表情がこれなので言葉で代弁しましょう。てへぺろっ☆》

「や め な さ い」





どこまでも俗語に溢れていて、

どこまでも神様みたく自分勝手なアルセウスだった





「…………、そろそろ私は目が覚めるみたい」

《そうでみたいですね》

「……さっきの話でいったら、いつかヒスイの皆は私を忘れるんだよね?」

《えぇ、例外なく時間と共に忘れましょう。勿論、神と呼ばれしポケモン達も。この時代の歴史の流れがそちらの世界に統合されても、神々のポケモン達の記憶は引き継がれる事はありません。ヒスイでの出会いは忘れたまま、神々のポケモン達は【前世の女帝】の生まれ変わりである【今世の女帝】との再会を喜びましょう》





いつか、全て忘れられる

ミリと出会った仲間達。大切な思い出も、なにもかも、例外無くして全ての記憶が封印され忘却される

ミリの意思とは関係無く、世界がそう決めたから。いつか先の未来で、ちょっとした事で、歴史が歪むのを防ぐ為に―――





「……うん、それがいいよ。覚えてくれるのは、貴方だけで十分だよ。アルセウス」





――――ミリは判っていた

全てこうなってしまう事を

どんなに楽しい思い出を作った所で、彼等は全てを忘れてしまうだろうと


―――しかし、自分は忘れない


此処で得た経験は、思い出は、かけがえのないもの。この記憶を胸に秘め、過去に生きてきた偉人達に尊敬の意味も込めて、未来の時代で一人皆の事を想おう

どんなに遠く離れていても、皆の事が大好きだよと――――




「また会いましょう、アルセウス」

《また会いましょう、女帝よ。いつかまた、貴女に逢える事を願って―――私はこの場所で、貴女の行く末を見守りましょう》





そしてミリは、ヒスイの英雄は

これにて本当に――――世界から姿を消すのであった






―――――――――
―――――――
――――









目を覚ましたら、どうやらまだ時間はそんなに経っていなかったらしい。窓から見える空は真っ暗で、未だ空には星空の輝きすら見えている

別荘の外はとても静かだった。遠くでホーホーの鳴き声が聞こえてくるだけ。別荘の中、部屋の外からは音一つも聞こえてこないとなると、全員就寝したらしい。一緒に暮らしている同居人は平気で深夜を跨いで徹夜を決め込もうとする人がいるから困ったものだ。まぁその名はお察しの通りデンジなのだが




「………………」





ミリは無駄に大きく寝心地の良いベッドから降りる

寝間着の服はTシャツに短パンといった生地の薄い服を着ていた。Tシャツには「天然記念物(正面)唯我独尊(袖口)夜露死苦(背面)」というやべー文字が。この服は同居人の一人、オーバが「ミリー!なんか面白いTシャツ買ってきたからやるよ!」と面白半分で寄越されたのを、せっかくだからと着たのがキッカケだ。よくお土産コーナーとかに置いてある服である。残念だが外には着てはいけない




「ブー…」

「ブィ…」





ベッドサイドの横にある、小型ポケモン専用のベッドには―――白と黒の色違いであるイーブイ、名を白亜と黒恋が

気持ち良さそうに二匹はすぴすぴ眠っていた。黒恋に至っては鼻ちょうちんを器用に膨らませていた。かわいくて癒される姿である。割ってしまったらどうなるのだろうか、少し気になってしまう

ミリはクスクス笑って二匹の身体を撫でて、そのままベランダへと足を進める

カラリと窓を開け、シンオウの夜の空気がミリの身体を撫でた。やはりシンオウ地方、しかもリゾートエリアはさらに北にある為に撫でてくる風は普段より冷たさを感じさせる。ベランダに置いてある備え付きのサンダルを履き、そのままフェンスまで足を進める

ほぅ、と息を吐く

見上げた空は、彼女の大っ嫌いな満月が燦々と輝いていた





「…ラベン博士、テル先輩、シマボシ隊長、デンボク団長、ムベさん……」

「セキさん、ヨネさん、ヒナツちゃん、ススキさん、ツバキ君、ヨモギちゃん……」

「カイちゃん、キクイ君、ユウガオさん、ガラナさん、ノボリさん、ハマレンゲさん……」

「コギトさん、ギンナンさん、ウォロさん……」

「そして、バグフーン……」





謳うように、歌うように

ミリは名前を呼ぶ

大切な仲間達の、その名前を






「…私、帰ってこれたよ」






ありがとう、私の大好きな人達よ


あなたたちが忘れてしまったとしても

私はけして、あなたたちの事、絶対に忘れないからね






夜の海に私の涙を一雫

そしてミリは後に知る事になる

彼等が遺した、ヒスイの伝承

本当に伝えたかった、その意味を――――







222/12/28

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