亀裂の事象、ウォロとの決着。一連の事件が解決したコトブキ村は、ウォロが忙しなく動いている事以外は変わらない毎日を過ごしていた

渦中の元凶ウォロはイチョウ商会の服に身を包めど、ギンガ団の調査隊に混じって拠点開拓へ赴いたり、ノボリと共にコトブキ村に新たに作った習練場で指揮をとったりとかなり忙しない毎日を過ごしている。仕事が終わる頃にはヘロヘロでそのまま布団にバタンキュー、朝はテルやノボリに叩き起こされて任務に連れ出されているそうな。どうやら順調であるらしい。イチョウ商会の従業員はギンナン以外当然事情を知らない為、かなり疑惑の目でウォロを見ていたらしい。サボり魔が急に仕事を、普段以上の仕事をし始めたらそりゃ疑う。まぁしかしウォロの手綱はしっかり握れているみたいでなによりである。これは飼い主のギンナンを始めとしたテルとノボリの手腕に問われている。彼等には根気強くウォロに付き合ってもらいたいものだ

対するミリは相変わらず元気に図鑑完成に勤しみ、平行して任務をこなしていた。勿論ストップ掛けていたはずの任務をいつの間にか受け取っているし相変わらずやべー勤務体制なのは変わっていないので、コトブキ村には「ミリを捕まえろーーーッ!!」「ミリ君ーーー!?寝て下さあああいッ!!」というテルとラベン博士の叫びが木霊している。今日も相変わらずコトブキ村は平和である

そしてその平和の最中、水面下で行われている事があった





「―――そうか。寂しくなるな」

「せっかくラブトロスに逢わせてもらったのに…すみません」

「よい。誠実に接してくれただけで、こやつらも良い経験をしたじゃろうて」





図鑑は残り後少し。つまりそれは別れを意味している。ミリは少しでも時間が出来たら懇意としている者達に別れを伝えに赴いていた

様々な人にギャン泣きされた。ツバキやらキクイやら色んな人から別れを惜しまれた。引き止められる事が大半あったが、最後は笑顔で別れを受け入れてもらっていた。最後はもう泣いている人達をよしよししまくっていたミリ。最後の最後に小さい子供から大の大人まであやせるスキルが上がったのはこれ如何に

挨拶回りの一環として、ミリはコギトの元に訪れていた。つい数日前にボルトロス・トルネロス・ランドロス…そしてラブトロスを捕まえていたが、あくまでも彼等は図鑑を埋める為に一時的に捕まってもらっていただけ。彼等だけではなく、捕まえたポケモン達はミリが一匹一匹手ずから逃がしてあげていた。その報告も兼ねつつ、コギトにも最後の挨拶を伝えていた





「おぬしに会えた事、ワシは忘れぬぞ。いつか先の未来、もしワシが生きていたら…会いにきておくれ。ワシ達旧カミナギの民は少々…他の者達より、寿命が永くてな」

「…旧カミナギの民のご先祖様は、過去にポケモンから加護をもらったから寿命が永いのです?」

「そう言われておる。…といっても徐々に加護の力は薄まっておるがの」

「……純粋な旧カミナギの民の減少と、余所の血が入った事で…元々代々続く純血だった血が、時代と共に混血になった事により加護が効きにくくなった。そういう事ですか?」

「ふむ…おぬしは不思議なヤツじゃ。普通はそこまで理解するものはおらん。察しの通りじゃ、時代と共にどうしたって混血になってしまう…ワシの先祖がまさにそれじゃ。きっとワシの下の代から…一体いつの代になるかは分からぬが、普通の寿命になるじゃろう。ふふ、それでいいんじゃ。使命を果たす為に無駄に永い時間を過ごし、大切な者を看取る辛さを体験するよりは……」

「……えぇ、そうですね……お気持ちは、よく分かります…えぇ、とても…よく分かります」

「……………、つくづくおぬしとは話が合いそうじゃ。おぬしも中々訳ありとみたが…今は聞かないでおくかの。楽しみは未来にとっておこう」

「コギトさん…」

「ちなみにウォロのヤツは純粋な旧カミナギの民じゃ。今となれば唯一純血の、最後の旧カミナギの民…寿命はワシよりかなり永いぞ?ウォロはまだ若い…もしかしたらあやつの方が未来で会える確率は高かろうて」

「マジで有言実行しそうなフラグじゃんこっっわ…」

「うっかり捕まって孕ませられぬよう気をつけるのじゃぞ。ヤツの執着心はおぬしとて知っておろう?まぁ万が一そんな事が起きそうならそのまま不能にさせてしまえ、ワシが許す」

「ねえこの時代の人は不意打ちで下ネタを言っちゃうの普通なんです…!?」





ポケモン図鑑が完成したら、そのままミリはアルセウスの元へ行く予定だ。これが、最初で最後の会話である。コギトは娘の様に接していたミリを、名残惜しそうにその頭を撫で「どうか、息災でな」と小さく笑う

そしてミリはコギトが見守る中、ボルトロス・トルネロス・ランドロス・ラブトロスを解放するのだった

また別の日では―――




「この子達の事、よろしくお願いします」




ミリはコトブキ村に訪れたセキとカイを個別に呼び、二人にとあるボールを差し出していた。

そのボールはハイパーボールとレジェンドボール…つまりディアルガとパルキアが入ったボール。セキにディアルガを、カイにはパルキアのボール。二つのボールはころりと二人の手に渡った。二匹を【シンオウ様】として代々信仰していた、長達の元へ

二人とてこのボールにナニが入っていたかなんて考えなくてもすぐに理解した。当然信じられない顔をしてミリを見ていた





「…本気で言っているのか?」

「えぇ」

「ど、どうしてか聞いてもいい…?」

「ディアルガとパルキアは、二人を認めた。貴方達二人の行く末を近くで見守りたい、そう言っています。そしていつの日か二人が寿命を迎える前にシンオウ神殿で、二匹をボールから解き放って下さい。彼等はそれを望んでいます。彼等にとって貴方達の寿命は瞬く間ですからね。その間、人間達の営みを見せてあげて下さい」

「「―――!!」」

「あ、畑仕事とか気に入っているみたいなので率先してやらせてあげて下さい。喜びますし、褒めてあげるとなおよしですよ!」

「まてまてまてまて気持ちが追いつかない」

「パルキア様を…畑仕事…?え…?」





そりゃあ突然信仰してきた神様が自分の手元へ、自分を認めてくれて更に共にいて下さるとなれば二人の衝撃は想像に容易い。推しに認知されただけでも感涙なのに一緒にいてくれる?は?供給過多なんだが??でも待って神様が畑仕事好きとかちょっと解釈違いだしなにより不敬である。おそらってこんなにもきれい。二人の頭はコスモが広がった。ちょっと落ち着け

別に共にいなくていい。ボールさえ持っているだけでもいい。元々二匹は時と空間を安定させる存在、それぞれ役割もある。ボールは導として、二匹を二人の元へ導いてくれるから。そうミリは続け、固まるセキとカイにしっかりボールを握らせるのだった

そしてその後は積もる話を沢山して、イモモチを一緒に食べて、沢山笑い合って―――そしてこれが本当のお別れになった時。セキは口を開いた。これから未来に帰ろうとする―――大切な存在へ、最後の言葉を





「俺達は、コンゴウ団とシンジュ団はけしてミリを余所者だとは思わない。絶対にな。勿論そりゃデンボクの旦那達ギンガ団だって同じさ。シンオウ様…否、ディアルガ様に誓ってもいい」

「!」

「私達は仲間、だよ。この大地と共に生きたかけがえのない、仲間―――この気持ちに嘘はない。…だからお願い、自分の事を余所者だといって…私達から遠ざけないで」

「カイちゃん…」

「ミリ、ただでさえ俺はアンタの事が!―――………ッいや、この言葉は今のアンタには足枷にしかならねぇ。けどこれだけは知っておいてほしい。この広いヒスイの地で…好いた女の幸せを、何処にいこうがミリの幸せを願っている男がいたって事をな」

「私だってそうだよ!私だって…ミリちゃんと、もっと一緒に居たかったし、一番の…親友になりたかった。そんな私だったけど、一番の友達として、ミリちゃんが未来で元気でいてくれる事を…ずっとずっと、願っている」

「セキさん、カイちゃん……ありがとう御座います。ううん―――ありがとう。私、二人に出会えて本当に良かった。たくさんの思い出を、本当にありがとう」





自分を余所者だと一線を引き、立場を弁えていたミリ。長としてその姿勢は感服するものがあるが、話は別。前々から、否、ウォロの処罰を決める時にミリが言った言葉が二人の心を深く突き刺していた。こんなかたちで、しかも最期になってしまおうが、これだけは知っておいてほしかった

自分達はミリに感謝し、愛していると

ミリは二人の言葉に驚いた様子だったが、しかし花が咲く様な美しい微笑を浮かべる。嬉しそうに、眩しそうに。その表情が二人が最期に見るミリの綺麗な笑顔だった。初めて出した素の口調で、二人に感謝の言葉を述べ―――華奢な腕を広げ、二人を優しく抱き締めるのだった




「「スゥ――――ッ」」

「あれーーー!?」




推し(ミリ)から推し(ディアルガ・パルキア)の供給だけでなく更に推し(ミリ)の供給(抱擁)が施されたどうなるか

残念ですが手遅れです

最後の最後に締まらねぇ展開で終わるのだった





********






そして更に数日が経過して、

念願のポケモン図鑑が、ヒスイ図鑑が―――遂に完成した





「楽しかったね、バグフーン」

「バウ」





貰った時はつやつや新品だったポケモン図鑑は、今はもうボロボロだ。中を開くとミリの手で描かれたポケモン達の絵に、観察した調査内容。ミリが今まで頑張ってきた集大成がこの図鑑に込められていた

ギンガ団から支給されたこの制服もボロボロだ。広大な大地を走った草履は壊れかけているし、身に纏う衣類はほつれだらけ、首に巻くマフラーも煤だらけ。それだけミリは身体を張ってポケモン達と向き合い、ひたすらヒスイの為に生きてきた証拠でもあった

―――これでミリがヒスイ地方にいる理由がなくなった

ミリはバグフーンと共に拠点にいるラベン博士に報告に行った。完成報告を受けたラベン博士は大いに喜んだ後、寂しそうに表情を変えた





「常々、ミリ君がどうして無茶な方法で図鑑の完成に躍起になっていたのか疑問に思っていました。…あの日、理解しましたよ。帰る為なら、それは無理にでも頑張ってしまいますよね」

「…純粋にラベン博士達と図鑑完成を目指したい、その気持ちに嘘はありません」

「分かっていますよ、ミリ君。私はこうみえてミリ君の事を見てきたつもりですからね!…ありがとうございます、ミリ君―――ヒスイに落ちてきた人が、ミリ君で本当によかった!」

「ありがとうございます、ラベン博士。…最初に会えた人が、貴方でよかった」




ラベン博士からのハグを、ミリも抵抗なくハグを返す。遠い故郷の挨拶の仕方だと教えてたのはいつだったか。ラベン博士は助手であり娘であるミリを、とても誇らしい気持ちでいっぱいだった

願わくば、彼女に健やかな幸せを。元の世界に戻ったらヒスイで無茶した身体を労ってほしい。彼女は無茶をし過ぎたのだから。マジで親御さんに顔向け出来ないから未来に戻ったら大人しくしてほしいものだ

ラベン博士から身体を放したミリは隣にいたテルに振り返る

テルは既に号泣していた





「テル先輩、右も左も分からない私を見捨てずに色々とたくさんの事を教えて頂き、ありがとうございました。頼もしく努力家で、いつも私を助けてくれたテル先輩の事は絶対に忘れません」

「ばっか……なんでそんなこと言う゛んだよ゛ォォ……!俺だって…俺だってェエ゛ェ…ッ!」

「ギャン泣きですやん…だいじょうぶ?よしよしします?」

「よ゛しよ゛しじてくれェ…!」

「なるほどこれがバブみ…いっぱいよしよししましょうね。おーよちよち。ピカチュウもよちよちしましょうね〜よちよち〜」





テルがギャン泣きするのは無理もない。このギンガ団の中で一番ミリを支え、ミリを見守り、ミリのやらかしを叱咤し、ミリに初恋を奪われたり、ミリに振り回されてきたのは紛れもないこのテルである

色々と手を掛けていた大切な仲間の、本当の別れ。これが最後の会話。色々な感情が爆発するのも無理はない。爆発し過ぎてミリに最後の最後で頭を撫でてもらうやらかしをしてしまい、後で真っ赤になって情緒を爆発させてしまう事をテルはまだ知らない。男の威厳?そんなものはない





「デンボク団長とシマボシ隊長に伝えておきます。ミリ君が遂に図鑑を完成させた事を。その足で、シンオウ神殿に行った事を。…二人に伝言はありますか?」

「二人には個別でお話させて頂いてあります。別れの言葉は済ませてありますが…そうですね。改めて"お世話になりました"、と。"貴方達が築き上げたギンガ団の行く末を、未来でもしっかり見届けます"…と、お伝え下さい」

「分かりました、しっかり伝えます。…一応ウォロさんにも伝言しておきますよ?会えてないんでしたっけ」

「そういえばウォロさんとは結局あの日から会えてませんでしたね……んー、では。こほん。"勝ち逃げしてすまんね!悔しかったら強くなって出直すんですね!ちゃんと働けベロベロベー!"―――で、お願いします!(ペカー」

「逆ギレしそうですね…」

「ズビッ、任せろミリ、それはしっかり俺が伝えておくからな!」

「ちゃーんと馬鹿にしたように、見下げる様にお願いしますね!あの人にはこれが一番効きますから!」

「これは荒れますねぇ…」





さて、此処から先はミリ一人でシンオウ神殿に行く事になる。此処でラベン博士とテルは拠点で止どまり、ミリを見送るのが最後の役目

アルセウスに会い、その後ミリがどうなるかは分からない。もし帰ってきたらいつも通りにコトブキ村に帰ればいい。帰ってこなかったら―――ミリは無事に未来に帰れたと、手を叩いて喜び合おう





「―――御機嫌よう、さようなら」





"また、会いましょう"

いつもその台詞を言っていたミリが、初めて違う言葉で二人に―――否、ヒスイ地方に告げる

それはミリにとって本当の、今生の別れに贈る言葉

振り返らず、真っ直ぐに。ミリは唯一の相棒であるバグフーンを連れて、アルセウスが待つシンオウ神殿に向かうのであった





























暫くして、テルとラベン博士が待つ拠点にある者が姿を現わした

それはバグフーンだった。ミリの唯一の相棒であった、あのバグフーン。大発生で発覚した、身体の色が違うミリのバグフーン

彼女はボロボロの状態で帰ってきた。ボロボロだったが、どこか清々しい様子だった。泣いたであろう涙の痕をそのままに、バグフーンは二人にあるものを差し出した

一つはポケモン図鑑を

もう一つはバグフーンのモンスターボールを

全てを理解した二人はバグフーンから差し出された道具をしっかりと受け取った。ラベン博士はポケモン図鑑を、テルはミリの相棒バグフーンのボールを





「…やっぱミリのやつってすごいや。あのアルセウスってのに勝てたんだからな。ウォロさんが聞いたら怒り狂いそうだ」

「えぇ、本当に。ミリ君は本当によくやってくれました。…神様相手に、本当に、よくやってくれました」





二人は小さく笑った後、

静かに涙を流すのだった






「私、この世界に来れてよかった」

「皆に会えた、それがなによりも一番の宝物だよ」

「ありがとう――――」








そして英雄は蒼空へ還る

(さようなら、愛しき蝶よ)
(どうか、元気で、)

(貴女の事は絶対に忘れないから)






2022/12/25
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