空は夕焼けに染まり、海も夕焼け色に染まっていく。海風が吹き、潮の香が鼻を掠める。風は心地よくて、そして随分と懐かしい気持ちにさせてくれる

男――キョウは、スオウ島にて故郷であるセキチクシティの思い出に、珍しくふけっていた





「フッ…」

「どうかしたか、キョウ」

「いや…なんでもござらん。つい、懐かしいと思ってな…」

「お前の故郷か?」

「さよう。拙者の故郷はセキチクシティ。…今見えるあの夕焼けを、よく眺めておったわ」





一年前のスオウ島襲撃事件で仲間となったシバがキョウに訪ねれば、キョウはまた視線を海に投げ掛ける

珍しい事もあるんだな、とキョウを見てフッと笑うシバ。それから立ち上がり、ボールを持ってその場を立ち去った。彼なりの、キョウへの気遣いなのだろう。故郷を想いふける気持ちは、分からなくもない


オレンジの陽の光がスオウ島に差し掛かり、キョウが今いる場所の隙間から、光が零れる。少し薄暗かった場所が一気にオレンジ一色になる

キョウはしばし海を眺め、振り切る様に視線を逸らし、口元に笑みを浮かべる。その笑みは、一体何を想って笑ったのだろうか。それから壁から背中を離し組んでいた腕を解き、自分もシバの後を追おうと足を動かした

その時だった


―――背後に、気配を感じた





「っ!?」






バッと、キョウは振り返る


振り返った先は、誰もいなかった



気のせいか?

……いや、違う


確かに人の気配を感じた






「へぇ、やはり忍の道にいるだけあって、気配を読むのにはたけているみたいですね」

「!?」





不意に声が聞こえた場所を振り返り、キョウは驚愕の色を浮かべる。…気配を感じなかった、感じれなかった。それがどれだけ痛手になるか、忍にとってそれが命取り

聞こえたのは女の声。落ち着いて、それで楽しんでいる声色だ。振り返った先にいた声の主は、オレンジの陽の光を背に…まるで陽の光が人間化したようにキョウは見えた。陽の光と同じ色の服をはためかせ、漆黒の髪は風に靡く。その顔はとても美しく、こちらを観察する漆黒の瞳は妖艶で、スラリとしている体型は人の目に付けてしまう程。女は先程キョウがいた場所に、いた。背を壁に預け腕を組み、妖艶な目付きで笑っていた

…不覚にも、魅入ってしまった

しかし、うつつを抜かすキョウではない。すぐに正気に戻ると瞬時に後退し、自分の腰からボール…否、ボール手裏剣を取り出した





「貴様、何奴!気配もなくこのキョウの背中を取るとは…ただ者ではござらんな」

「フフッ。えぇ、確かにただ者ではないでしょうね?気配を消すのも人の背中を取るのも、私には造作もありませんので」

「…拙者と同じ忍か」

「経験から、ですよ」

「…否、拙者には貴様は忍にしか見えんでござるな」

「…忍の極意程度なら、人から学んだ事はあります。が、今は忍などは関係ありません。別に私は貴方の首を狙いに来た訳ではありませんし、むしろ私が欲しいのは、貴方の懐にあるモノですよ」





女の指先が、キョウの胸に向けられる

そしたらいきなりキョウの胸から、物理的なモノは関係ないと言っている様に勝手に"それ"が出てきたではないか。キョウの忍者服から抜けだし、空中に浮かぶそれは――ピンクバッチ

キョウは目を開いた





「忍の極意を学びながら、超能力者であったか…貴様、一体何者だ」

「このバッチが欲しい、と言えば聡い貴方なら解る筈です。私はただのポケモントレーナー。そして、それを意味するのは…もう、お解りですね?」

「………」





クスリ、と微笑みながら女は指先を弄ぶ。女の指に合わせる様にピンクバッチは中を泳ぎ、ゆっくりとキョウの元へ飛んでいく

目の前にきたバッチをパシッと取ったキョウは、手中にあるバッチと目の前の女を交互に見て、静かに口を開く





「…残念だったな。拙者は既にジムリーダーではあらず。セキチクジムはもう、次が継いでいる筈」

「貴方の娘、アンズちゃんでしょ?確かにあの子は今のジムリーダーなのは知っています」

「…ならば尚更娘に勝負を申し込めばよかろうに。言ったはずだ、拙者は既にジムリーダーではあらず、と」

「行方不明になった今、ジムとはもう無関係。……なら、この子達を見て、貴方はどう思いますかな」





女は組んでいた腕を解き、両腕を広げギュッと握る。手を開いたらそこには白と黒のモンスターボールが現れ、キョウはまた目を開く。そのキョウの前に女はボールを軽く投げると、二つのボールは白と黒の光を放ちながら現れる

姿を現したポケモンを見て、キョウは驚きの表情を見せる





「知らない、とは言えませんよね」

「…こやつらは…」

「ジムリーダーの職に就きながら、影の顔はロケット団幹部。…特にこの子達には、何年ぶりでも馴染みがある筈ですよ」





キョウの前でこちらを威嚇しながら構える、白と黒の対照的なイーブイ

忘れる筈もない。キョウは覚えていた。この二匹の事を、ロケット団の実験として使われていたあの二匹を。今目の前にいる二匹は、記憶にある二匹より断然に逞しく成長していた

キョウは驚きを隠せなかった






「確かにその二匹の事はよく記憶しておる…」

「シルフカンパニーの丁度一年前、ナズナという幹部に最も信頼されていた男がこの子達を持ち出して逃走。…それ以来は、見ていませんよね?」

「………」

「私が貴方の前にわざわざ現れた理由…分かって頂けたでしょうか」

「……」





女の言葉をただ黙って聞いていたキョウは、二匹の姿をしばし見つめた後、女に視線を戻す

手に構えていたボール手裏剣を二匹の前に投げ付ければボールが開き、そこにはアーボックが現れた。アーボックは目の前にいるイーブイ達を威嚇すれば、二匹も対抗して睨み上げる。キョウはフッと笑い、女もフフッと笑った







「よかろう、お主の要望通り…セキチクジムリーダーのキョウとして、我らの毒をとくと味わせてやろうぞ」

「こちらこそ、この子達が苦痛を受けてきた全てを力に変えて、貴方達を完封無きまで叩き潰させて頂きます」

「「ブイ!」」







さぁ、バトルの始まりだ






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