さあ、気合いを入れよう

今日も長い一日が始まるよ














Jewel.43













広大な海を渡り偉大な滝を登り、屈強で強敵なポケモンが住うチャンピオンロードを抜けた先にあるのは、チャンピオンロードの出口でもあると同時にサイユウシティの入口

潮風とは打って変わる吹き抜ける温かい風、様々で可憐な花が咲き誇る。ポケモンセンター付近にはこの地でしかお目にかかれないデイゴの花が傷付いた来客を温かく迎える

チャンピオンロードを切り抜け初めて訪れた人間は、大概この美しさに見惚れる。しかし気を抜く事は許されない。何故なら別名フラワーロードを越えた先にあるのは偉大で壮大なポケモンリーグ協会が控えているのだから



ポケモンリーグ協会ホウエン支部



此処、サイユウシティに拠点を置き、ホウエン地方最後の関門として聳え立つ―――…ポケモントレーナーなら誰もが最後に辿り着く場所







「「「おはようございます、チャンピオン!幹部長!」」」

「おはようございます、皆さん」

「…」
「キュー!」
「……」

「やあ皆。今日も一日頑張ろうじゃないか」

「「「はい!」」」





リーグ協会の入口の門を進み、ガラス張りになっているエレベーターに乗り込み、移りゆく景色を心夢眼で眺めながら早くも数分。今となれば慣れ親しんだ廊下を歩いて行けば、すれ違うのは此処で働く従業員達。様々な分野で活躍する彼等は朝早くから元気良く駆け回り、日々労働を重ねる。すれ違う際には必ず挨拶をしてくれる彼等にこちらも返答の挨拶を欠かせない。「やったぜ挨拶できたぜチャンピオンと!」「くーっ!相変わらず三強カッコいいぜ!」「幹部長も渋くて素敵だわ!」と嬉しそうに感情を露にする彼等に笑いながら、私達は先に進む

その途中、分かれ道に差し掛かった所で「それじゃミリ君、君達、また後で」、アスランさんはそう言って時杜の頭を軽く撫でる。私も彼の言葉に頷き、「また後で、」と笑みを浮かべる。頷いた彼は種を返し、自分達の進む道とは別の方向へ足を運ぶ。あちらの方向は幹部長であるアスランさんの自室に、他の幹部長達が仕事場として使うオフィスが存在している。私は彼の姿をしばし眺めながら(といっても心夢眼でだから正確には皆の眼を借りながら)、こちらも種を返して自分達の自室へと足を運ばせる

数分もしない内に目的のある場所に辿り着いた。もう見慣れた扉を刹那が念力で扉を開けば慣れ親しんだ世界。前任のチャンピオンが色々と過ごしやすい様に手を加えていたらしく、他のオフィスと比べて高級感あるオフィスになっている。チャンピオンごときがこんな贅沢をしてもいいのだろうかと内心苦笑を浮かべてしまうも、ふかふかなソファーにモダンな色彩、社長椅子とも言ってもいい立派な椅子に座っての業務。個室の事もあって手持ちの皆も寛いでくれていて―――前任のチャンピオンにお礼を言ってやりたいくらい、今では随分贅沢をさせてもらっている



この場所こそ、チャンピオンだけが入る事の許される専用の部屋でもあり、私達にとって第二の居場所でもある






「さて、と」





持っていた荷物を降ろし、持って来たチャンピオンマントを所定の位置に掛ける。既に寛ぎ始める三匹に笑みを浮かべつつ、ボール数個を手の平から出現させ、カチッといつもの様に他の子達をボールから出してあげる。こちらの子達も随分馴染んでくれた様で、すぐさま思い思いに寛ぎ始める。前はすっごい警戒しちゃって寛ぐ事なんて無かったから、この光景は喜ばしい事だよね

バックの中にあるポーチからヘア留めを取り出す。こちらも慣れた手付きで横髪を巻き込み後ろでカチッと留めれば出来上がり

座り心地が良い席に座って愛用のペンも持てば準備OK。早速仕事モードに切り替える






「今日のスケジュールは何でしょうかな?時杜ちゃん」

《はい!十時から予算会議が小一時間予定されていて、昼食が終わったら二時にあるミナモシティで公開試合、その時間帯を使ってテレビの取材も含まれてます!それが終わったらまたリーグ協会に戻って今度は企画部との会議が入ってますよミリ様!》

「あらー、今日も忙しいスケジュールだね。今の時計は何時になってる?」

《丁度午前九時を回りました!》

「よし、なら時間はあるね。少しでも資料の整理も書類とかも作っていかないと、次に人に迷惑が掛かっちゃいけないからチャッチャと終わらせて次の人に回してあげないと」






今更ながら、チャンピオンの仕事は思った以上に数多く、内容も濃いものが殆どだ。分かっていたけど、随分と忙しい日々に当初はヘロヘロになった事もあるくらい、チャンピオンのお仕事は極めて忙しく、大変だ

此処のホウエン支部ではリーグを運営する決定権は、言わずとお分かりの通り幹部長であるアスランさんが一任している。しかしその決定権の殆どがチャンピオンに与えられている事もあり、他の支部と比べかなりの重労働になっている。故にチャンピオンはチャンピオンとしての責務以外にも、リーグ管轄の庶務も雑務、また重要な会議にも出席しなくてはいけなく、チャンピオンはリーグにとって無くてはならない存在になっている

…―――初めてその事を説明された時は、随分と驚かされた。頭では理解していても、予想を遥かに越えた内容にめっちゃクソ忙しいじゃん何ソレ聞いてないし!と内心悪態を吐いてしまったのもいい思い出(笑顔が引きつっちゃったよ!)。現に就任してからまだ引継ぎも終わって無いのにすぐにドカッと仕事がくるものだから……アスランさん達の手伝いが無ければ一体私は無事に生き残れる事が出来たのやら…(遠い目

つい溜息が出そうにもなるけど、此処はグッと我慢。まだ部屋に入ったばかりだし、何もしていない中、こんなみっともない姿を皆には見せられないからね






《にしても…今日も随分と量が多いですね。この資料の山、ミリ様の姿隠れちゃいますね》

「そうだね。さ、今日もこの書類片付けないとね〜。時杜、刹那、心夢眼と書類の朗読のお手伝いよろしくね」

《はーい!》
《了解した》






私の言葉に時杜はフワリと私の肩に座り、眼前にある光景をその可愛らしい眼で映し、刹那は念力を使って資料の一部を手にする。そして浮かび上がる光景を眼にしながら、私はペンを走らせる


―――…「盲目だから仕事なんて出来ないんじゃないか」、と初めてチャンピオンの仕事の内容を説明してもらっていた最中、どっかでそんな言葉が耳にちらついた。たとえ口では言わずとも、彼等が発するオーラは嘘を許さない。事実、確かに私は盲目だ。眼は全く見えない全盲と言ってもいい。(全く持って不本意だけど)身体障害者でもある私、否、身体障害を持つ者全員に世間の目は冷たい。シンオウでは盲目であっても皆が皆、こんな私を受け入れてくれていたから、盲目の辛さは感じなかったけど…―――今更、世間の現実を突き付けられた気がして少しショックを受けた(アスランさんはそう思っていなかったから救いだったけど

そもそもシンオウの時なんて、眼を、当たり前の様に必要とする事なんて無かったからかもしれない。本当に今更、盲目というレッテルが歯痒いモノは無い。極寒で寒い土地だったけど、とっても温かかったあの場所が恋しく感じるよ

けれど、幸いな事に私には力がある。誰にも出来ない不思議な力を、能力を。でも今回このデスクワークに限っては皆の力が必要になってくるので、時杜(最近全部習得出来た)(もう時杜ちゃんイイ子!)や刹那(この子はすんなり出来てたね)等、字が読める子達を中心に力を借りているってわけなのさフフン。勿論、心夢眼もそう長く酷使させたくないから他の子達にも眼を借りてるんだけどね

お陰様で、仕事は無事にはかどらせてもらっている。元々こうした椅子に座ったお仕事は嫌いじゃなかったし、手順さえ分かってしまえばこちらのもの。それと皆のお陰で彼等の常識を覆す事に成功してくれた様で、驚きおののく彼等の各々の反応にほくそ笑んだのは内緒の話







《何度も思うが前チャンピオンは仕事を後回しにし過ぎだ。後回しし過ぎた結果、こうしてツケが関係ない主に回ってしまっている》

《仮にもチャンピオンとして最後まで投げ出さず責任もって片付ければいいものを。フッ…所詮、人間なんてそんなものさ》

「…」
《だがしかし、それをもこなしていくのがチャンピオンだと世間は言う。人間も随分苛烈で冷めた主観を持つ者ばかりだ。前チャンピオンの尻拭いもしなくてはならない主人の気持ちも知りもしない》

「こらこら、終わった話をそんな風に言っちゃダメだよ。君達が分かってくれているだけでも十分だからさ」







この目の前に溜まっている書類の量は、勿論私に与えられたお仕事の量も含まれているけど―――殆どが、前任チャンピオンが片付けるべきお仕事のモノだったりする

チャンピオンの仕事は忙しいし大変だ。それは就任してから身に染みてよく分かる。確かにこの膨大な量を処理するのに億劫になって、後回しにしてしまう気持ちは分からなくもない。しかし、チャンピオンであったのだから仕事は最後までするべきだ。…本来なら、甘えなんて許されない立場な筈なのに

色々と彼には人間性を疑いたくなるし、彼の仕事が無かったら他に色々と出来る事が沢山あるはずだけど―――…嗚呼、もう興味が無い。就任してまだ日が浅く、仕事に慣れる事に必死、終わりを知らない仕事が忙しいから、過去の事を一々掘り当てて彼の愚行に憤りを感じているくらいならこのお仕事を終わらせるべきだと私は思うんだよね

それに、ちゃんと皆は分かってくれている。この子達も、アスランさん達も。愚痴を言う以前にまずは自分で地道に功績を上げ、他人に自分の努力を認めてもらうのが筋だからね(まあ元より言うつもりなんてないし

任されたのなら、最後まで精一杯に

手を抜く事は許されない。それが、皆の上に立つ存在の覚悟だから







「(大変だけど、楽しいから頑張れるんだよねこれが)」






この膨大な量の仕事を片付ける作業は置いておくも、少なくとも私はこのチャンピオンという仕事にやり甲斐を感じていて

遠征やバトルでもなんでも、この子達と一緒なら、どんな事でも乗り越えられる。それが辛くて大変な時でも(今まさにそうだよ色んな意味で!)、私には皆がいる。仲間がいる。約束がある。皆に支えられながら、皆と一緒に頑張っていきたい


…と、決意を新たにする前に、まずはこの量のお仕事をちゃちゃっと片付けるのが先だよねーハッハッハ(遠い目







「頑張るぞー」







とりあえず少しでも終わらせたら会議の前にハー〇ンダッツのアイスを食べよう


時杜の眼と読み上げる刹那の朗読を耳にしながら、私は改めてペンをしっかり握った









(まずは地道にこつこつと頑張っています)


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