「…………いないね。僕の千里眼でこの島一体をくまなく探してみたけど…あの子達、この島にはいない」 「やはりそうか…全く、一体何処に行ってしまったのやら」 「刹那達を置いてあの子達がこの島から離れるなんて到底考えられないのに……これはマズいぞ。もし万が一あの子達に危険が及んだりしたら…」 「……敵のアジトに行ってしまった、という可能性は?」 「…いやいやサカキさん、流石にそれはないと思うぞ。あの二匹が敵のアジトを知るわけが無いし、行く手段もない。二匹の耳に情報がいかないように徹底していたくらいだからな」 「そうそう、いくら色んな技が使える黒恋がいてもここからテレポートなんて到底無理な話さ」 「フッ、ただの仮説を言ったまでだ。流石に俺もまさかとは思わん。その内に帰ってくるだろう、心配はいらん」 「だといいんだが…」 「仕方無い、このご飯はラップしてとっておこう」 あの二匹は 一体何処に行ってしまったのだろう ―――――――― ――――― ―― 時間を少し巻き戻しましょう 視点を変え、ある者達の様子を見てみましょう―――― 「「「「「ミリ!!!」」」」 何処からか聞こえてきた鈴の音と共に現れたミリの登場は、この檻の中に閉じ込められたメンバー達を大いに驚かせた 「は、はは、ハハハッ!ミリだ!ミリがいるぜ!おい!皆!ミリだ!ミリがいるぜ!」 「なんだよアポロの奴…!ハッタリな事を言いやがって…!驚かすんじゃねーよ…!」 「ミリさん…!よかった…!本当によかった…!」 「ハハッ、なんだろう、涙でミリがうまく、見えないや…ッ!」 「ミリッ…!ねえ、あれミリよね?私の見間違いじゃないわよね!?ミリよね?あれは偽者じゃなくて本当にミリなのよね!?」 「あぁ!間違いない!彼女は、私の知る波動をしている!彼女は間違いなくミリ本人だ!」 数分前にアポロから告げられた残酷な言葉に絶望しかけていたミリの登場は、彼等に強い希望を与えた事だろう。彼等は皆、安堵した。生きていてくれた事を、無事でいてくれた事を。感動のあまり全員の目には涙を浮かべていた 勿論――― 「ミリさん…無事で、ッ本当に、良かった…!」 「あぁ、舞姫…本当に良かった…!」 安堵と興奮、歓喜の表情が入り交じる―――ナズナとゴウキの瞳にも、うっすら涙を浮かべていた。ミリの無事を強く信じていた二人も、ミリの姿を見た事で感情の反動が強く現れたのだろう。他のメンバーと同じ様に、二人もミリの無事を喜んでいた 「―――ミリ…」 ミリの登場により鳴り響いていた鈴の音は、ピタリと鳴り止んでいる。レンは手に持っていた、黒く真っ二つに割れていた腕輪に視線を落とす―――その腕輪は、嘘の様に元通りに戻っていたのだ。黒かった色は、あの焦がれたオレンジ色へ。レンの中に、瞳に、じわじわと込み上げてくる強いナニかを感じた ―――レンの瞳にも、うっすらと涙を浮かべていた 「…ミリ…よかった…本当に…!!」 今にもその身体を抱き締めてやりたい。もう離さないとばかりに強く抱き締めて、ミリが無事という安心感を味わいたい 無事でいてくれて本当によかった しかし二人一緒にいると光る、淡い輝きの姿がない。腕輪は以前闇夜の映像を見せてもらった時に奪われていたのは知っていた。が、やはり光らない腕輪を前に何処か寂しい気持ちにもなる。早くあの腕輪を見つけてやらないと、レンは一人決意を秘めた ―――彼等メンバーが感動と安堵に満ち溢れていたその一方、目の前の光景は一変していた ランスがミリに向けて感情を爆発した事により―――ズンと重いプレッシャーが、ミリを中心に放たれたのだ。重苦しく息も詰まり、足背に深々と突き刺さる様な鋭いプレッシャー。レンとゴウキとナズナの三人はこのプレッシャーを感じた事があるにしても、他の六人のメンバーはそれはそれは驚愕し、息を詰まらせた。こんなプレッシャーは、生まれて始めてと言ってもよかった しかもこのプレッシャーを出している張本人がミリだから、驚くしかない。いつも温和で優しいミリから到底考えられないくらい冷ややかなプレッシャー。一時期仕事を共にしたダイゴでさえ、このプレッシャーは予想を反する衝撃だったのだ 初めて見たミリの一面に、完全に固まってしまっていた 『ッ―――相変わらず、息も出来ない恐ろしいプレッシャーですね。その様子ですと、どうやらランスの事を思い出したみたいですね』 『…貴方は?』 『…おや、私の名前は前に教えたはずですが?』 『?……残念ですが初対面です』 『……ランスの事は思い出すも私の事をお忘れとは、悲しい話ですねぇ。私とお前でランスを楽しくおちょくった事も忘れてしまったのですか?』 『ッお黙りなさいアポロ!今はそんなの要りません!』 『ランス…お前も可哀相な奴だな…』 『冷酷(笑)も地に落ちたわね』 ミリの口から予想を反する答えが出る。恐ろしいプレッシャーを身に受けながら、メンバー達は疑問を浮かばせ顔を見合わせる 初対面なんかあるはずがない。アテナとラムダは別として、アポロとランスは数週間前にミリを陥れた張本人。絶対に覚えていて不思議じゃない。なのにミリは「こんな人知らない」という体でいる。その姿に嘘は無いのだろう しかもミリはどうやらランスの事は覚えていた―――否、思い出したらしい。思い出したからこそ、ランスに対して冷ややかな対応を取り、ランスのトラウマでもあるこのプレッシャーを容赦無く放った そして全員はここで気付く ―――今のミリは、盲目であるという事を あまりにもミリの無事が感極まって見落としがちだったが、よくよく見ると彼女の瞳には光が無かった。まさに盲目の瞳、【盲目の聖蝶姫】そのものだった 何故、彼女の瞳に光が失ってしまったのだろう。生存、そして当時の記憶を取り戻した事による代償とでもいうのだろうか そしてよくよく見てみると――― 『しかしアンタ、随分と悲惨な状態じゃねーの。おーおー、そんな格好でぶらついてたら簡単に襲われて食われちまううぜ?俺みたいな男とかに、な』 『……如何にも下心満々な台詞。そんな事を言って私の隙を作ろうとしても無駄よ』 『…いやーな、俺は万々歳だが…その格好でいると確実に怒る奴等の為に言ってやったんだがな』 『…?』 そう、今のミリは色々とマズい格好だったのだ ずぶ濡れでボロボロで、見るにも痛々しい姿。ずぶ濡れな事で身体のラインが強調されてしまっている、キワドい格好 勿論それは閉じ込められた彼等メンバー達にもバッチリ見えているわけで――― 「…………」 「……おー…」 「………あー…」 「…ちょっとこれは…」 「…目に毒、と言うべきか…」 「ちょっとミリあなたなんて格好で登場しちゃってんのよマズいわよ色々!……ちょっとあなた達!ミリを見ないの!あんな姿を見て変な気持ちになったらガブリアスのギガインパクトよ!」 「舞姫!服を着ろ!頼むから服を着ろ!着てくれ頼むから!」 「……ミリさん…これは流石に目にくるぞ…!」 「あんのラムダの野郎…!気持ち悪い目でミリを見てんじゃねええええッ!ミリもミリで服を着ろおおおッ!」 眼鏡を外し視界をぼやかして難を凌ごうとするゴヨウ、目線を逸すも好奇心と下心でチラチラ見てしまうオーバとデンジ、視線を逸すダイゴ、帽子を深く被るゲンに悲鳴を上げるシロナ 普段冷静のゴウキも流石に動揺を隠せずに叫んでいて、ナズナも目頭を押さえている。レンは恋人としての感情が爆発―――下心満載でミリを見るラムダに憎たらしげに悪態を吐き、全く何も気付いていない無防備で無頓着なミリに対し怒りMAXと、色々と荒ぶっていた しかもミリがくしゃみをした姿を目撃したものなら全員して「服を着ろ!」と叫ぶ始末。どれだけ騒いだところで虚しくもミリの耳には全く届きはしない 『…おやおや、大丈夫ですか?もしよければ上にご案内して温かい紅茶でも用意しますよ?』 『…お構いなく。これくらい、どうってことありませんので。それよりもそろそろ説明して頂きませんか?どうやってこの私を、この場所へ誘拐したのかを。その理由を』 『――!ほう、誘拐ですか?』 『あの子達も居ないとなると、今頃別の場所に捕らえられているのでしょう?どうやって私達をこんな場所に誘拐出来たかは後々吐いてもらうとして、私の帰りを待っている人を心配させたくない為にも早々に皆を救出して帰らせてもらいます』 一体どういう事なんだ 話が読めない。辻褄が合わない 誘拐、にしてもアポロ達もミリの行方が分からないと言っていた。だから誘拐されたとは断言出来ないというのに、ミリは誘拐されたと言う ミリの記憶はどうなっているんだ 答えはすぐに発覚する 『――――この子達は、私のポケモンではありませんよ』 『『ブイブイ!?』』 ――――ミリは白亜と黒恋の事を忘れてしまっていた 衝撃的な言葉を突き付けられた二匹はありえないとミリの足元でブイブイ嘆き、ミリに縋る。張本人は全く気付かず呑気に二匹のもふもふを堪能しているから笑えない。対するアポロ達もミリの言葉は予想外だったらしく、驚いた様子だった 勿論驚いたのは彼等だけではない 「どういう事…?」 「何が起きちまってんだ…?」 「!まさか…ミリは、あの子達の事を…」 「そんなはずはない!ミリさんは、あの二匹を…忘れるなんて、ありえない話だ!」 「あぁ、そうだ。ミリはアイツ等の事を大切にしていた。そんなミリが簡単にアイツ等の忘れるなんて、到底考えられねぇ!」 「落ち着けナズナ、麗皇。それは此処にいる者達が一番に知っている」 「しかし…様子がおかしいぞ」 この疑惑はすぐにでも確信する ――――ミリは、記憶を失ってしまっていた 白亜と黒恋の事は勿論、数週間前自身の身に起こった惨事も、何もかも。本当に全てを忘れてしまったミリに、全員は言葉を失った 生存を代償でまた視力を失ってしまっただけでも酷なのに、記憶までも失ってしまっていただなんて そして全員は気付く事になる 今のミリは【聖燐の舞姫】ではなく――――【盲目の聖蝶姫】であり、【氷の女王】という事を 『帰らせてもらいます。私達の、大切な居場所へ。素直に私のポケモン達を返してくれたら、今日の事は目を瞑ってあげましょう。しかし、素直に私の言う事を聞かず抵抗するとしたら――― ――――容赦はしない』 ―――【聖燐の舞姫】ではなく【盲目の聖蝶姫】を求めていたかつての仲間達は、本来だったら喜んでいた事だろう しかし状況が状況に加え、数週間前に告げられた葬られた真実を聞いた手前―――ミリの記憶を取り戻した事を、素直に喜べる気に到底なれそうになかった アポロが指を鳴らした事で今まで沈黙を守っていた彼等四人のポケモン達が駆け出し、グルリとミリ達を囲み出した。更に逃げ道を封じる為か、確実に捕らえるつもりか、所持ポケモン全てを繰り出してまでミリを捕らえようとしているではないか ―――しかもミリは白亜と黒恋の助太刀を断って、一人前に出たではないか ミリという人間を知っているからこそ、嫌な予感は的中する。流石に彼等もみすみす黙っていられなかった 「あんの、馬鹿野郎…!」 「また舞姫は…!お前達!この壁をどうにかするぞ!」 「お、おう!」 「クソッ!これさえなけりゃ…!」 「このままミリを行かせてはいけない!」 「「あぁ!」」 そう、このまま勝手な真似はさせられない アポロ達の攻撃も、一人立ち向かおうとするミリの姿勢も しかし抗ったところで意味も無い。ランスがミリと対峙し、容赦無く采配を振るう事になる 「「「「―――ミリ!!」」」」 ミリに攻撃が降り懸かる、刹那 ミリの足元から―――深い闇が広がった → |