止めてくれ、と眼前の彼は言う。お願いだから自分を傷付ける事はしないでくれ、そう言いながら私を後ろからキツくキツく抱き締めて来る。フワリと香る彼の匂いと自分の顔の横にあるサラサラの白銀色の髪。自分の首筋に顔を押しつけて来る彼の温もりが、とても暖かい。逞しい腕は私の腰を抱き、もう片方の手は私の腕を掴む。パシッという渇いた音が聞こえたのは多分私が今持っている物を払った音で、それは重力に逆らいカランと地面に落ちた 「………ぁ…………」 白い腕に刻まれた赤い線から伝う液体、地面に落ちた赤い液体が付着した剃刀、腕から伝った液体がポタリポタリと洗面台の中に落ちては白の陶器が赤色に染まっていく。自分の腕を掴む彼の手にもソレが付着され、ワイシャツに伝って赤色染みを作り始める なんだかこの光景が他人事過ぎて、頭が働かない。ボウッとする。ジワジワと痛み出す傷、赤色の液体。あぁ…自分はまた、自分を傷つけてしまったのか 「ミリッ…!」 「レ、ン…」 「頼む、頼むから…!」 「……」 「もう、止めてくれ…!」 止めてくれ、止めてくれ、彼は独り言の様に呟いてはキツくキツく抱き締めて頭をグリグリと擦りつけて来る。抱擁が苦しいよ、グリグリ擦るの痛いよ。頭はそう訴えるが、口に出す気力は湧かなかった。それは何故か?――答えは簡単、どうでもいいからだ。自分が傷つこうがなんだって、私は生きているしこんな傷なんてすぐにでも治ってしまう。こんな行為すら、無かった様に。だからどうでもいいんだよ、こんな赤い液体流して様がなんだろうが。当時は血を流す事が当たり前で、日常茶飯事だったんだから でも…――私が傷つこうが彼には関係ないのに、どうして彼は辛そうな顔で止めて来るの?どうして…――涙を流しているの? 「…なんで…?」 「っ…」 「なんで、涙…涙を流しているの?レン…何処か痛い所、あるの…?」 「っ、あぁ…痛い。すっげー痛い…心が、痛いんだ…」 「こ、ころ…?」 「お前が自分を傷付ける度に俺は…悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうに…痛いんだよ…」 「レ、ン…」 「っ、だからもう…止めてくれ…!自分を傷付ける事とか、自分を追い込む事とか…俺は、ミリが傷付く姿が一番、見たくねぇんだよ…っ!」 鏡越しで見る彼のピジョンブラッドの瞳から溢れる涙が、他人事の様に綺麗だと思ったと同時に、必死になって懇願する彼の姿が、とても愛しいと思った でも…―――― 「分かん、ないよ…」 「っ!」 「だって、いつも…いつもの事、だったから…傷付く事なんて、当たり前で………っ、分かんない…分かんないよ………っ」 「ミリッ……!!!」 分からないよ、なにもかも どれが駄目でどれが正しいかなんて 過去の記憶が、過去の行為が 私を狂わせ、壊していく 「分からなくて、いいから…」 「っ……」 「もう、血を…無駄な血を流さないでくれ!……頼むから…!!」 「…レ、ン…」 私は自分が傷つこうが何しようが構わないと思っている。だって【私達】は傷付く事にはなれているし、それが当たり前だったから けど、貴方が泣いている姿の方が…――私にとって、一番辛くて苦しくて…悲しいんだ 「な、かないで…」 「っ…」 「泣かないで…お願い、レン…泣かないで…レンが泣くと、私も……っ」 「………ミリ…」 「っ、ごめん…ごめんね…レン、ごめんなさい…切っちゃって、ごめんね…っ、怒らないで…ごめんね、ごめんね…っ」 「ミリッ…!!!」 崩壊していく、私の心 でも貴方が居るなら、貴方が居てくれるなら、貴方が止めてくれるなら こんな事、もうしなくてもいいのかな…? 零れ落ちる、二人の涙 |