「「ブイブイ!」」 「ブイブイ、と言われても…こんな可愛い子達を手持ちにした覚えはないんだけど…あ、すごくもふもふしてる。もふもふしている気持ちいいね。よしよし〜」 「ブイブイ!ブイ!」 「ブゥゥゥ!」 「イーブイねぇ…イーブイは持ってないんだよね。…あ、この子達はデンジとオーバーのポケモンかな?だったら尚更この子達を二人に返してあげなくちゃ」 「「ブィィィ!」」 あるじ様ああああ!違うううう! そんな事を言いたげに抗議する二匹なんて気にせずに、ミリは此処で初めて二匹の身体に触れる。もふもふな触り心地に気持ち良さそうに表情を緩めては癒されている。先程の恐ろしいプレッシャーを出した本人とは到底思えないくらい雲泥の差だ ―――本当にミリは白亜と黒恋の事は覚えていなかった。最初に感じた違和感は、彼女が記憶を失っていたからこそ、抱いたモノだった あるじ様ああああ!とブイブイ喚き暴れる二匹なんて気にせずに癒されているミリに、アテナが口を開く 「…ねえちょっと、聖蝶姫。ふざけるのもいい加減にしなさいよ」 「はい?」 「今自分の状況がどういう状態か解っていて?解っているからそんな余裕をかましているのかしら?…だったら残念だったわね、アンタを易々帰すわけにはいかないわ」 「…貴女は?」 「私はアテナ。アポロとラムダ、そしてこのランスと同業者よ。アンタにはランスみたいに恨みはないけど、女としてはアンタをどん底まで叩き潰してやらないと気が済まないのよ。…その憎たらしい美貌で、一体何人の男をたぶらかしては落としてきたのかしらね」 「――――…」 「まあいいわ。アンタがポケモンマスターだか女王だか知らないけど、関係ないわ。どうせもう理解しているのでしょ?私達の事も、今アンタの状況も全て」 【盲目の聖蝶姫】、またの名を【氷の女王】 【聖燐の舞姫】同様に、彼女の前では全てが無意味。六年前彼女を襲撃しようとしたランスの策も、数週間前に襲撃した時の事を、ロケット団と『彼岸花』の事も―――その漆黒の瞳の前では、意味を成さない。それで何度ランスが煮え湯を飲まされ、『彼岸花』側を驚かされた事か そうやっておちゃらけながら冷淡に状況を把握しているんでしょ?――――その意味を含めて、アテナは言う ―――しかし、 ミリはただ静かにアテナ達を見返すだけで、無反応だった 「―――何、アンタ…本当に何も解らないの?」 「…何を期待しているかは存じませんが、先程も言ったはずです。状況説明をお願いしたい、と」 「…………」 「「…………」」 「…仮に私を捕らえたところで、貴方達の望む事は何も叶いませんよ」 嗚呼、彼女は本当に忘れている 【聖燐の舞姫】から、【盲目の聖蝶姫】へ 失った記憶を取り戻した犠牲に、新たに得た記憶が失ってしまったとは 生き延びた代償は、あまりにも大きい 「帰らせてもらいます。私達の、大切な居場所へ。素直に私のポケモン達を返してくれたら、今日の事は目を瞑ってあげましょう。しかし、素直に私の言う事を聞かず抵抗するとしたら――― ――――容赦はしない」 しかし逆を言えば好都合 こちらとしたら求めるのは【聖燐の舞姫】より、【盲目の聖蝶姫】 【盲目の聖蝶姫】よりも更に求めるのは―――【氷の女王】 「【氷の女王】―――ランスを絶望へ落としまくり、単身でありながらなお女王に君臨しますか。そのボロボロの格好で、一体何が出来るのやら」 忘れてしまっているとしたら、こちらの手の内の事も、何もかも全て忘れているという事 盲目なら催眠怪電波装置の存在にも気付かない 数週間前に驚かされた事など、全て彼女は忘れている 「ククッ―――本当に、楽しみですよ」 嗚呼、壁の向こう側にいる彼等はどんな気持ちで指を咥えて眺めているのだろう その愚かな姿をこの眼で見れない事が、凄く残念で仕方がない アポロはパチン!と指を鳴らした。今まで沈黙を守っていた彼等四人のポケモンが駆け出し、グルリとミリ達を囲む 尚且更に四人はボールを取り出して、ポケモンを繰り出した。アポロはデルビルとマタドガス、アテナはアーボックとゴルバット、ラムダはドガース二匹、ランスはマタドガスを。4匹だけだっポケモンがこれで11匹になり、ますますミリの逃げ道を封じた 動揺も見せず、静かに辺りの気配に目を向けるミリを相手に、アポロはクツリと嘲笑う 「少々手荒な真似をしますが、お前を見つけ出し捕らえる事も我々に与えられた命令の一つでもあります。つくづくお前がのこのことやってきてくれてよかったですよ。これで我々の目指す目標に一歩近付けたという事です」 「アポロ!彼女は私の獲物です!手出しは無用ですよ!ラムダ!アテナ!貴方達もです!」 「わーってるって。手は出さねぇよ。…ま、別の意味で手は出しそうだが」 「安心しなさい、この目でしっかり見届けてあげるわ。あの女が、地べたに這いつくばって泣き叫ぶ姿をね!」 ギーギー言いながらランスは雛段から降りてミリと対峙しようと足を運ばせる ミリの足下にいた白亜と黒恋は瞬時に態勢を変え、対抗すべしと威勢の良い声を上げる 今度こそ、あるじ様は自分達で守ると―――― 「―――!君達…」 「ブイブイ!」 「ブイ!」 「…私は君達の主ではないよ。だから君達に、こんな危ない真似はさせられない」 「「!!」」 「大丈夫、私に任せて」 ―――しかし、言われた言葉は二匹にとってあまりにも残酷なものだった 固まる二匹の身体を一撫でし、ミリは微笑む。光が無く目線すら合わない漆黒の瞳の奥には、二匹の記憶なんて無い。白亜と黒恋はここでやっと気付く―――自分達の大切なあるじ様は、自分達の事を本当に覚えていない事を 白亜と黒恋を置いたまま、ミリは悠然とした態度を変えずに前に出る まさか本当に単身で前に出てくるとは思わなかったポケモン達、そしてそのトレーナーの四人は、小さく驚く素振りを見せる 「―――本当に、一人で戦う気ですか?」 「何か問題でも?」 「…随分と舐められたものですね。いいでしょう、お前の無謀な姿勢に完敗してお望み通りにしてあげましょう。ランス、」 「分かっています」 ―――無謀で馬鹿な女だ。記憶が無くなってもそれは変わらない。数週間前もこうして彼女は一人残って自分達の前に立ちはだかった。圧倒的不利な状況を、分かっていながら ずぶ濡れでボロボロの格好、しかも今は更に盲目も加わっている。あの時より状況が悪化している中、彼女は一体どんな秘策を持っているのだろう 「―――この時を、待っていました。貴女を、倒す日を。貴女を倒し、この鎖から解き放たれる日を、ずっと」 「――――………」 「あの時の様にはいきません。あの時みたいに、ヘマはしない―――"今度"こそ、私は貴女に、勝つ!絶対に!!」 一度は、六年前の絶望の島で 二度は、数週間前の小島で もう三度目はありえない。次こそはこの手で、全ての決着を着ける。それがランスにとって積年の願望であり、宿命でもあった ランスの指示の元、11匹のポケモンが飛び出した。それぞれ得意とする技を、繰り出して―――躊躇無く、ミリに向かって攻撃の嵐を降していく――――…… 「…愚かな人。貴方は何も変わっていないのね」 11匹の攻撃がミリに降り懸かる、刹那 ミリの足元に黒い影が飛び込んだと思ったら―――その影から、恐ろしい闇が広がった → |