リーン

リーーン



鈴の音は響く

その音は広く、シンオウ全土に響き渡る





「――――!この音は…」

「…?どうかしたかね、ゼルジース君」

「…アスラン、お前は此処にいろ




―――ガイル、行くぞ。あの御方を迎えにいく」

「承知致しました」






―――――――
―――――
―――










嗚呼、こんな事があるのだろうか

行方不明になっていた蝶が、まさかだ―――まさかこの場に現れるとは、誰も予測しなかっただろう






「――――おいおい、マジかよ。俺の目が間違ってなきゃ…あれマジもんの聖蝶姫って事だろ?随分とまァ…エロい格好での登場だな」

「…どうやってこの場所に来れたのかしら。監視カメラや遠赤外線装置には何も察知されなかったのに。…ムカつくくらい整った顔だこと。何あの腰!胸!ああもう!憎たらしいわ!」

「先程の亀裂は女王が…?…いえ、とにかく彼女が生きていてくれてなによりです。土産モノとしてあちらも喜んでくれるでしょう」





ラムダ、アテナ、アポロに動揺が走る

予測していない事態に流石の彼等も動揺を隠せずにいた。こちらに来る前には、確かに確認していたのだ。この洋館の中を、監視カメラを全て。白亜と黒恋の存在こそ予想外だったとはいえ、この階に辿り着くまでかなり時間が掛かる。遠赤外線キャッチするカメラでもある為、確実に来訪者を発見出来るはずなのに―――この女は、一体どうやってこの場所に辿り着いたというんだ

しかも、今の彼女は"盲目"だった

六年前、盲目だった聖蝶姫。記憶を失った事で光りを取り戻したとばかり思っていたが、これもまた不思議な話だ。ボロボロの姿になっていても毅然に立つその姿―――生還を犠牲に彼女はまた光りを失ったとしか思えない


そんな中―――






「ブイブイ!」

「ブ〜イ!ブイブイ!」

「…………君達は…」

「「ブイブイ!」」

「……怖かったでしょう。よく頑張ったね。でも、もう安心だよ」

「!…ブイ…?」

「あとは私に任せて、ね?」






嬉しそうにミリの足下に尻尾を振ってすり寄って来る白亜と黒恋に、小さく驚く素振りを見せるミリ

視線を向けるも二匹との眼とは合わない。ここで初めて白亜と黒恋はミリの眼が見えない事に気付く。しかし―――いつもだったら優しく撫でてくれるミリの手がこちらに触れられず、まるで初対面だと言わんばかりの対応に違和感しか感じられない

足下にいる二匹に小さな笑みを零すミリは、遠くに立つ四人に向けて振り返る







「先程も言いましたが、私にも分かる様に状況を説明して頂きませんか?気付いたらこの場所にいて、この子達に攻撃している。目が不自由、ポケモン達も居ない故にすぐに状況が把握出来る状態ではないので―――少なくても貴方達は悪い人達な事だけは、解りましたけど」








「―――――女王!!!」






今まで黙っていたランスが叫んだ






「まさか貴女がこんなところまで来るとは思いませんでしたよ。ですが、生きていてくれてなによりです!そう、生きていてもらわなければ困ります!でなければ、私は…私は!貴女に勝ってこの鎖を解き放てない!もう二度目はありません…次こそは!私は貴女に勝つ!勝って貴女に付けられた鎖から解き放たれるのです!」





先程まで冷静で平常心を保っていたランスが、豹変する

身体は恐怖に震えながら、その瞳と表情は憎悪の色を浮かべる。憎しみに染まるその反面、ランスは喜んでいた。宿敵が生きていて、こうして"また"復讐出来る機会に恵まれる事に


―――ミリの光のない瞳が、スッと細められる






「――――貴方は何処にいても愚かな事をし続けているのね。そんな事を続ける為に、貴方の心に罪の鎖を付けたわけじゃないわ」

「ッ――!!」

「消えなさい。貴方には用はない。また痛い目を見る前から早々に立ち去りなさい」






ズン――――と、恐ろしいプレッシャーがこの広場全体を襲う

まるで重力が何十倍にもなって上から押し潰される様な重い圧力に加え、気温が一段と下がった感覚。鋭い刃が足背を深々と突き刺さり、足下が竦んでしまう恐怖に、息を詰まらせてしまう程の胸の締め付け。やはりボロボロになっていても彼女はポケモンマスター、盲目に戻った事でさらに【氷の女王】の色を濃く滲み出している

初めてその身にミリのプレッシャーを受けたアテナとラムダは息を詰まらせる。此処まで女王のプレッシャーは恐ろしいものなのかと、初めて恐怖を覚えただろう

プレッシャーにやられたのは二人だけではない。先程躍起になったランスの方も、久々に受けたプレッシャーに完全にやられていた。数週間前に受けたプレッシャーよりも、さらに鋭利になった―――まるであの時と同じ、本当の【氷の女王】と対峙していた時と―――






「ッ―――相変わらず、息も出来ない恐ろしいプレッシャーですね。その様子ですと、どうやらランスの事を思い出したみたいですね」

「…貴方は?」

「…おや、私の名前は前に教えたはずですが?」

「?……残念ですが初対面です」

「……ランスの事は思い出すも私の事をお忘れとは、悲しい話ですねぇ。私とお前でランスを楽しくおちょくった事も忘れてしまったのですか?」

「ッお黙りなさいアポロ!今はそんなの要りません!」

「ランス…お前も可哀相な奴だな…」

「冷酷(笑)も地に落ちたわね」






降り懸かるプレッシャーに冷汗を流しつつも、アポロはふむ、とミリを見返す

数週間前に見たあの時のミリとは、完全に違う。本当に記憶を取り戻したのだろう。今の彼女の台詞からしてランスの事を思い出したのは明白だが、その反面自分の事は忘れてしまっている。こちらに向ける態度が「貴方なんて知りませんよ」と言っている辺り、本当に彼女は自分の事を、否―――自分達の存在を忘れてしまっている

一体どういう事だろうか。【聖燐の舞姫】と【盲目の聖蝶姫】の記憶が逆転でもしてしまったのか?






「しかしアンタ、随分と悲惨な状態じゃねーの。おーおー、そんな格好でぶらついてたら簡単に襲われて食われちまううぜ?俺みたいな男とかに、な」

「……如何にも下心満々な台詞。そんな事を言って私の隙を作ろうとしても無駄よ」

「…いやーな、俺は万々歳だが…その格好でいると確実に怒る奴等の為に言ってやったんだがな」

「…?」






これぞまさに眼福ってやつだなァ、とニヤニヤと下心満載な表情でミリの姿を眺めるラムダ

そう、今のミリの姿は色々とキワドい、完全に無防備の格好そのままだ

数週間前に着ていなかった赤橙色のワンピースではなく、真っ黒いワンピース。そのワンピースの裾は破れていて、大胆に太腿が見えている。先程水から上がりましたかの様なずぶ濡れな姿は、身体のラインを強調してしまっている。ワンピースの生地は薄手のものだからこそ、色々とマズい姿なのは確かだ。首に巻かれているスカーフがギリギリ胸元を隠しているとはいえ、こんな格好でブラブラされてしまったらたまったものじゃない

しかも本人は盲目だからこそ、自分の惨事に全く気付けていない。敵ながら眼に毒過ぎてしょうがないのが本音だ。だがこの降り懸かるプレッシャーが辛うじて下心を削いでくれるからまだしも、コレが無かったら色んな意味で最高だっただろうに






「―――くしゅん」






生理的な下心と降り懸かる恐怖を天秤に

自分達でも複雑な心境なんだ。壁の向こうにいる奴等は、一体どんな気持ちで今の彼女を見ているのだろうか






「…おやおや、大丈夫ですか?もしよければ上にご案内して温かい紅茶でも用意しますよ?」

「…お構いなく。これくらい、どうってことありませんので。それよりもそろそろ説明して頂きませんか?どうやってこの私を、この場所へ誘拐したのかを。その理由を」

「――!ほう、誘拐ですか?」

「あの子達も居ないとなると、今頃別の場所に捕らえられているのでしょう?どうやって私達をこんな場所に誘拐出来たかは後々吐いてもらうとして、私の帰りを待っている人を心配させたくない為にも早々に皆を救出して帰らせてもらいます」






嗚呼、彼女は本当に忘れてしまっている

数週間前の出来事を、自分に襲った災難を

些かつじづまが合わない事を言っているのが疑問に残る。好都合と一言で片付けられるとしても、だ

一体彼女の記憶はどうなっているというんだ






「そう簡単に貴女を帰らすわけにはいきません!女王!今から私とバトルしてもらいます!」

「………、私から手持ちを奪っておきながらバトルを?…リアルファイトで宜しければ構いませんよ?」

「何でですか!いるじゃないですか貴女のポケモンが!その二匹とバトルですよバトル!」

「……二匹?」

「そのイーブイ二匹に決まってんだろ」

「――――……」






フッ、と恐ろしいプレッシャーが緩んだ

ミリの視線が、下に向けられる。足下にいる、白亜と黒恋の存在。ミリのプレッシャーを受けているのかは分からないが、パタパタと嬉しそうに尻尾を振ってはミリの事を見上げている

今か今かと命令を待つ二匹を前に―――ミリはコテン、と首を傾げた






「――――この子達は、私のポケモンではありませんよ」

「「ブイブイ!?」」













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