指切りげんまん 嘘吐いたら針千本飲ーます ゆびきった Jewel.40 ナギサシティから全てが始まったこの旅も、遂に終止符がつこうとしている。始まりがナギサシティ、終わりもナギサシティ。ナギサシティこそ、私達の最初で最後の原点だ デンジとオーバーと、そしてトムさんを加えた三人で過ごした最後の夜はとても楽しかった。トムさんのお手製の料理を食べながら、二人のプチ喧嘩を眺め、これみよがしに皆のポケモン達と最後の交流を深めておく。皆笑っていた。楽しく笑っていた。時杜はオーバーのアフロを最後の最後まで堪能し、刹那と風彩はトムさんの料理を食べ続け、水姫は夜のナギサ海での水浴びをして。闇夜は影の中から、朱翔は一人離れて、蒼華は静かに私の隣にいたりと…まあこの三匹は相変わらずだったりして(私の眼に徹底してくれた事は嬉しいけど)。やっぱり最後に彼等と過ごす選択肢は間違ってなかった 最後の最後で思い出が作れた事を、最後は笑顔でお別れ出来そうな事を 「(明日、遂に出発かぁ…)」 明日の明朝の船で、誰にも知られる事なく、私達はシンオウを発つ。シンオウを発ったら、ホウエンへ。ホウエンでまた新たな旅が始まろうとしている ホウエンに着いたら観光を堪能しつつもホウエン攻略へ。ジム戦全制覇は勿論、トップコーディネーターとしてコンテストも全て制覇する。そしてホウエン攻略を経て目指すのはシロナと約束したホウエンチャンピオンへ ―――……目標があって旅をするのは、本当に楽しい。何もなく漠然とした中で歩む旅で、しかも独り孤独に旅をしてきたあの頃を思い出すと、皆と歩む旅は本当に楽しいし、私が私でいれた。しかも今の私なんて盲目だから…皆の存在は本当に、有り難い 「(結局…何も掴めなかった)」 未だに私達の記憶に変化はない 旅を始めたそもそもの理由は、記憶探しでもあった。気付いたらあの聖地にいて、聖地からゼロのままに旅を始めた。無くしたモノはそのままでいい、私達は私達の新しい道を進もう。そうして私達は記憶が無い現実に目を背けながら共に新しい光へ進み続けた。今となればかけがえのない功績と努力が身に着いてくれたからまだいいとしても、一向に記憶の進展が無いと不安でしょうがない この言い様の無い不安は、ずっと昔から変わらなく私を蝕み続けている。今回の事に限らず、一生私を追い込んでいくんだ 昔も今も、随分と"記憶"に振り回され続けてきた。今回もそうだ。私だけならまだいい。蒼華達も記憶が無くなっている。刹那に至っては生まれた瞬間からあの聖地までの期間の記憶が無くなっている。だから自分がどのように生まれたのかとか、親の存在も、自分の存在意義すらも―――結局、この旅を経ても分からないまま 気持ちは痛いくらい分かる 私もそれで何度失望し、何度絶望した事か。…今となれば、もうどうでもいい事だけど 私自身の記憶は諦めている。けど刹那だけは、刹那だけはちゃんと思い出してもらいたい。勿論、蒼華と時杜も同じ。私の二の舞になんて絶対にさせたくない。私達が仲間になった理由も、出会いも―――小さな事でもいい。大切な記憶こそ、絶対に思い出して、幸せになってもらいたいから それが私に課せられた主としての、責任だから 「(…結局、あの白と黒のアレも分からないままだし…)」 たまにふと浮かび上がる小さなシルエット。白と黒のシルエットは、霧の奥に現れてはすぐに消えていく 度々、こうして妙に懐かしく感じてしまうのだ。懐かしい時もあれば、当たり前だと感じたり、胸がキュゥゥッて苦しくなったり。例えば蒼華と時杜と刹那の三匹を見ていると、何故か物足りないモノを感じては霞むあのシルエットに頭を捻らせる。シルエットはデンジとオーバーのイーブイ達を眺め、触れている時にも現れた。…今でもその理由が明確にされていない 「(分からない、なぁ…)」 白と黒のシルエット他にも、一回だけ現れた緋色と藍色の瞳を持つ青年らしき面影 彼等を思い出すと胸が苦しくなるのは何故だろう。泣きたくなるのは、何故。ああもう本当に、訳が分からない。前世の記憶じゃないのは感覚で理解しているから余計に分からない。白と黒のシルエットも、緋色と藍色の青年も、全てが全て私には理解出来ない。…理解したくない。特に青年の、あの綺麗な緋色を深く知ってしまったら、自分が駄目になりそうで……己の中で危険信号が鳴り響いていて怖くなってくる このもどかしくて曖昧な感覚、何度感じても―――吐き気がするよ 「…」 《ふわぁぁ…ミリ様、そろそろ寝ましょ〜》 《Zzzz…》 《見張りは任せてくれ》 「…そうだね、寝よっか。明日も早いからね」 今は、何も考えないでおこう。こんなどうしようもない気持ちも、記憶も、全て蓋をして…―――また現実から目を背けるんだ。現実から目を背けて、全てを知るのが怖いから…私はまた"記憶"から逃げていく それがどれだけかけがえのない…大切な思い出だとしても とにかく気持ちを切り替えよう。明日はホウエンに行くんだから。こんな気持ちなんて忘れて、明日の先を見据えないとね (だからもう…出てこないで…) ―――――― ―――― ―― 明朝、というか若干まだ夜 流石に最北端のシンオウで、しかもナギサシティの朝だけあって風がむちゃくちゃ冷たくて本当に寒くて逆に目が覚めてしまったけど(時杜コートに潜り込んでガタガタ)(可愛い可愛い)、私達は朝早く誰にも気付かれる事なくしてポケモンセンターを出た(あ、ジョーイさんは別として ナギサシティは静かだった。静かで、平穏で。昔だったらこの時間帯はまだ暴走族が世間に迷惑を掛けていたらしく、彼等をちょっと叱り付けたあの日以降(※ブチ切れ騒動&氷の女王生誕日)全く姿を見せなくなったお蔭でナギサの皆さんは安心して健やかな眠りに入る事が出来て…泣かれる程すっごくお礼を言われた記憶がある(特にご高齢な方々に)。そんな平穏鎮まったナギサシティは私が知らない間にも随分と変わってくれた。街も変わって、街の皆さんに笑顔が戻って―――…本当に、眩しいくらいナギサシティは明るくなってくれた 思い残す事は何も無い。皆さんとお別れするのは寂しいけれど、皆さんはずっと笑顔で元気に生きていてもらいたい そしていつか、再びナギサシティの街を訪れた時は―――…皆さんが理想として描いた輝かしい街であってほしい 今日が最後のナギサシティ。もしかしたら本当に最後になるかもしれないナギサシティ。あの頃を懐かしみながら、ゆっくり街を探索して今日出港する港に足を運ばせると―――…居るとは思わなかった人だかりに、驚愕した 「―――…あらー、あらあらー?こんな時間にも関わらず見知った気配と声とオーラを感じるのはどうしてでしょー?しっかも見た事のある顔ぶれがたっくさんいるのはどうしてー?」 「―――!おお!ミリだ!ミリが来たぜー!」 「あらやだ本当だわミリーーッ!」 「やっと来たか!遅いぞ!」 「せんぱぁぁい!」 「ししょぉぉぉ!」 「キャァアアアミリちゃんいらっしゃーい待ってたわー!」 「おふっ!」 「…」 《あわわわわ》 《眠い》 ナギサの港で私達を出迎えてくれたのは―――シンオウの旅の途中で出会った、私が唯一信用出来る…数少ないお友達や仲間達 随分と色んな人達が集まっていた。デンジとオーバーとトムさんはともかく(見送りに行くと既に話は聞いていた)、シンオウのジムリーダーさん達や(メリッサとマキシさんまだ夜なのにそんな寒い格好を…)リーグ関係者の皆さんやその他諸々(あ、ゲンがいる!)(一件見た限りリーグ繋がりの方々が大半だけど)うーん、誰か私に現状報告プリーズ!(切実に)けどどうして皆がこんな時間帯に、しかもこんな寒い場所で皆が―――…シロナを筆頭にドワッと押し寄せて来た皆に圧迫され、困惑している私にデンジは言ってくれた。「此処にいる全員、お前らを見送りに来たんだとさ」って… 驚いた。本当に、色んな意味でびっくりした。何も誰にも伝えてないのに目の前の状況を改めて垣間見てやっぱり情報って凄いなぁ、と感心の裏腹に、まさか皆に見送ってもらえるだなんて、という正直信じられない気持ちでいっぱいだった。こんな真夜中に近い時間帯に、しかも遠い場所からはるばる来てくれているだなんて――…本当に、驚きを隠せない 申し訳ない気持ちと、それを上回る別の強い感情が私の胸一杯にじんわりと浸透した。嬉しかった。本当に、嬉しかった。今まで黙って立ち去っていた事が何度かあって、しかも世界を立ち去る時なんて尚更で…勿論見送りなんて誰も居なかったから、反動が大き過ぎた。嬉しかった。けど、ちょっとくすぐったいかな。こんな私の為に時間と眠気を割いてまでわざわざ見送りに来てくれた皆さんを、信用して正解だったと改めて思えた。惜しみ無く溢れる皆の純粋な好意、久々の再会を祝福(暫くお仕事多忙だったから余計にね)する為に握った手から伝わる感情に――――涙が出そうになった 本当に、素敵な人達に出会えたよ (―――でも、おかしいな) (前にも、誰かに、こうして船出を見送ってもらった様な気がするのは―――私の気のせい?) 「―――…ねえ、約束しましょうよ」 「約束?」 「そう、約束よ。あなたがこっちに戻って来る約束。私はこっちで頑張るから、あなたがあっちで頑張る約束。再会したら、またバトルをする約束よ」 「フフッ、約束が三つあるじゃないの。守る方も大変だよ?」 「いいのよ。それくらいの約束しないと私の気が済まないんだからね!絶対の絶対の絶対の、約束よ。いいね?」 久々の再会に花を咲かせて、 皆と笑い合って、 そんな時にシロナが持ち出した話の内容を聞いて、本当に笑ってしまう。この子は本当に約束が好きだなって、分かりやすい彼女にむしろ苦笑を浮かべてしまう 約束の話をする時のシロナはいつも楽しそうで、いつも終始笑顔だった。百歩譲って約束がシロナを成長させたとしても、ね。こうして今でも楽しそうに笑顔でまた新しい約束を取り付けようとするんだから―――…不思議と嫌だと思わないのは、シロナの魅力の一つなんだよね 「しょうがない、大切な親友の願いだからね。分かった、ちゃんと戻って来るしあっちでも頑張って、戻って来たらバトルをしよう」 「えぇ、絶対よ。それじゃ、指切りしましょう?」 「(!)」 ――――…指切りなんて、嫌いだ 叶わない約束をしても意味がない―――…と、今でもずっと思っている 本来だったらそんな事言われたら、はぐらかして逃げていた。未来を担う大切な約束なら、尚更。小さな約束なら、簡単に済む様な約束程度なら、しっかりと果たすつもりではいるけれど―――…私の存在は特にあやふやだから、その世界の未来に影響するであろう約束の保証なんて出来やしない でも――――… 「―――…そうだね、指切り…しよっか」 「えぇ!」 やっぱりシロナの笑顔が見たくて、結局私はまた約束を交わす しかも今回は前までの約束とは違い―――未来に影響する内容で、しかも指切りで交わした大切な約束 私の小指とシロナの小指が絡み合い、交差する。上機嫌な声色で小さく歌を弾ませる彼女はいつ見ても愛らしい。歌が終わり、スルリと外された小指のぬくもりを感じつつも、自身の小指を物思いに眺めていると――――私がボケッとしている間にも、シロナが皆に声を掛けていたらしくいつの間にか回りには約束を個々に新しく交わしたいと言う人達でいっぱいになっていて(だからシロナちゃんあなたって子は行動力ありすぎ あれよあれよと言う間に私の小指が色んな人達の小指と絡み合った。シロナと同じく、小さく歌を弾ませ、そして未来の約束を口ずさみ、満足げに指から離れる。…嬉しそうに笑顔を浮かべて、楽しげに未来を見据える皆の姿、そして皆と交わしたこの指切りが、不思議と…嫌な気はしなかった(今更指切りが嫌いだなんて言えないし)(まあ言うつもりもないけど) ふと気付いたら、此処に来てくれた人達全員と約束を交わしていた 「(こりゃ大変だなぁ…)」 私は苦笑を浮かべる でも本当に、嫌な気はしなかった つまり私は心の隅で彼等とまだ繋がりを持ちたいんだ。久しく出来た信用出来る友達を、仲間達を、手放したくないんだと 「さあ皆。あと10分25秒で出港の時間だ。せっかく聖蝶姫がいて、彼女の友と呼べる者達が今日この日を経て出会えたんだ。記念写真を撮ろうじゃないか」 「「「「はーい!」」」」 「さあミリちゃん!主役は真ん中よ!あとシロナちゃんも隣ね!他は早い者勝ちよ〜!」 「よーしミリの隣は俺だー!」 「させるかテメェの座る席はねぇよ!」 「こらこら、喧嘩せず押さないで並んで下さい」 「…」 《僕らの事忘れないで〜!》 《ちゃんと全員入る様に平等に》 「さあミリ!一緒に写真撮りましょう!」 「―――――…うん!」 帰る場所が無かった私 記憶が無い、私達 一人だった私 孤独だった私達 でも今は、皆がいる 約束が帰り道を繋いでくれる ――――小指がまだ、暖かい ブォォォォォ―――――… 汽笛が鳴る 潮の香りが鼻を霞む 心地良くて清々しい風が私達を撫でる …――――朝日が、昇る 「ミリ、頑張れよ」 「俺達もこっちで頑張るからよ!」 「君が変えてくれたナギサシティ、ジムリーダーとして守っていこう」 「ミリさん、貴女はこのまま真っ直ぐ前に進んで下さい。貴女の歩む道は、私達に希望と勇気を与えてくれるのですから」 「君と交わした約束が果たされる日が来るのを、そしてミリ達の活躍を此処で皆で見守っているから」 「無理はけして、してはいけませんよ」 「マキシイイイイッム!!向こうでも頑張ってこいよおおお!!」 「先輩、約束忘れないで下さいね!」 「師匠が帰ってくるまで、しっかり修行頑張ります!」 「私達も君と交わした約束を忘れないで此処で再会を待っている」 「聖蝶姫、向こうでも頑張ってくれ。幹部長達も私達も、君を応援している」 「ミリちゃんが帰ってきてくれた時はいっぱい美味しいご馳走を用意して待っているからね!」 「どんなに遠いところに行っても、ワタクシ達はずっと繋がっていマス!それをけして忘れないで下サイ!」 「ミリ!――――またね!」 またね――――――… 私は決心した 守ってみせる、絶対に 前にシロナと交わした、チャンピオンになる約束だけじゃなく―――今日皆の交わした約束も、絶対、果たしてみせると…――― 「さよなら、シンオウ」 守ってみせる 皆を、この大切な仲間達を どんなに離れていても、この私の眼が届く限り 約束も全て―――守ってみせる それまで――――さようなら、愛しい私の"故郷"よ 「――――……いってきます」 約束を胸に私達は進む 本当の帰る場所を見つけるまで 私は止まるわけにはいかないんだから (約束が私の光であり、支えだから) |