場所は変わって

此処は数時間前にレン達がいた、ハクタイの森手前の拠点






「ゼル様、サーナイトから連絡が来ました。滞りなく、誘導出来たそうです」

「そうか。…やはり何度も通ってやったら警戒も無くなり、容易く動かせられるもんだな。サーナイトにはあの二匹のサポートに入れと連絡してやってくれ」

「承知しました」






人とポケモンがたえず警戒と調査を続け、張り詰めた緊張感と緊張した雰囲気が空間を支配する中


その中を、確実な存在感を示しながら歩くゼルとガイルの姿があった


二人が行く先々には二人の存在に気付いた者が必ず会釈をして畏まる姿があった。そんな彼等の姿などお構いなしに――ゼルは、あるテントの中には入って行く

そのテントは、コンピューター等色々な機材が置かれている、この拠点の主内部と言うべきか。画面にはハクタイの森のマップが映し出され、赤い点滅はある場所をチカチカと光らせていた

黙々と画面と向き合っていた従業員達は、突然のゼルの来訪にかなり驚いた様子で慌てて頭を下げた。「状況を説明しろ」というゼルの命令に、従業員達は各自報告を開始する






「―――総監、敵は今もなお催眠怪電波を発動しています。警戒レベルは変わらずMAXです」

「敵の動き、野生のポケモンの動きは今のところ変わりありません。凶暴走化現象の報告もありません」

「…そうか。アイツらの様子はどうだ?」

「突入チームの皆さんに着けた発信器に変化はありません。ですが…―――盗聴器に関しましては途中から作動しなくなってしまい…彼等の動向と会話が盗聴不可能な状態に………」

「………、敵も随分用意周到だな。引き続き警戒を続けろ」

「「「はい」」」






一通り指示を終えたゼルは颯爽とテントから出る

足速に足を進める先は―――本来だったらあるはずのない、簡易型のテーブルと椅子が用意されてある場所

そこにはガイルの姿があった

ただでさえガイル単体だけでも存在事態目立つ。回りの人達がギョッとして凝視している中―――彼は悠然とした姿を崩さずに、紅茶が入ったポットを目を疑うくらい高らかとカップに注いでいた






「ゼル様、紅茶を淹れました」

「あぁ」



「「「「(紅茶!!??)」」」」

「「「「(え、ここで飲むの!?)」」」」






当然の様に椅子に座るゼルの前に、慣れた手付きで紅茶を差し出すガイル

総監と執事、イケメンな二人…とても絵になる光景なのは間違いないが―――状況が状況なだけあり、回りは二人の姿を戦慄して見るしかなかった


そんな彼等に近付く勇者がいた






「ゼルジース君、」

「!―――アスラン、お前か」





現れたのはアスランだった

予想していなかった来訪者にゼルは小さく驚いた






「来ていたのか」

「あぁ、無理を言ってね。いても立ってもいられなくて」

「…コウダイに頼んだのか」

「私の身勝手な行動だ。あまりコウダイを責めないでやってくれ」

「……今回だけだぞ」

「ありがとう」

「ガイル、」

「承知しました。…―――アスラン様、どうぞ貴方もこちらにお掛け下さい。今、紅茶を淹れます」

「ハハッ、総監と相席なんて恐縮してしまうよ。有り難く座らせてもらうかね」


「「「(マジか!!)」」」
「「「(相席座った!!)」」」






回りの者達は驚愕するしかない

一体何処から持ってきたか分からない新たな椅子を用意したガイルは、アスランを座らせると先程同様にテキパキと紅茶を淹れる。またもや高い位置から紅茶を淹れる姿は目を見張るものがあり、もはやその淹れ方はパフォーマンスの域でしかない

アスランもガイルの紅茶の淹れ方に少々驚いていたが、「やはり総監の執事となるとレベルが違うね」と笑いながら淹れたての紅茶を受け取った。芳香を楽しみ、口を含ませるアスランの姿を見てゼルは小さく笑う。彼もまた優雅な動作を崩さずに自身も紅茶に口を付けていた

回りの者達はただただ驚愕してその光景を遠巻きに見る事しか出来なかった(大切な事なので二回言いました


















「……ミリ君を見つけ出したら、」

「あ?」

「―――ミリ君を、本部に連れていってしまうのか?」





ポツリと零した、アスランの言葉

その言葉がアスランの口から出るとは思わなかったゼルは小さく驚くも、すぐに不敵な笑みを浮かべる






「フッ、愚問だな。今更そんな事を聞いてどうする?お前程の人間が知らないはずはねぇだろ?」

「…………」

「…そう悲しい顔をするな。お前の心中は察するさ、せっかく娘と再会した手前、また引き離されてしまうんだからな。安心しろ、この件に関してはミリ様の状況次第だ。ミリ様が此処に残りたいと希望したら…そうだな、有効期間を設けるなり手段を考える。今のミリ様は聖蝶姫じゃねぇし、ミリ様の人生がある。なるべくミリ様の意思に反する事は避けたい」

「…………」

「あくまでも俺は、聖蝶姫ではないミリ様のご意思を優先するぜ」






―――ま、反対に今すぐこの土地から去りたいと思うんだったら話は違うけどな

その言葉だけは口には出さず、ゼルは心の中でほくそ笑む






「独り身が寂しいのならアスラン、なんならお前も本部に来ればいい。歓迎するぜ?ミリ様の父親となりゃ色々融通が利くし、前任の数少ねぇ友人とあれば見過ごすわけにはいかねぇしな。…それにアスラン、お前…………持病抱えてるんだろ?…心筋系と聞いたが、」

「……二年前に狭心症になってしまってね。早い治療と薬物治療のお陰で今は落ち着いている」

「…………。今はまだ安定しているとしてもミリ様と離れて一人で生きるには少々酷だぞ」

「……とても嬉しいお誘いだ。しかし、私はこのシンオウを気に入っているし新たなポケモンを持っている。……最悪な時にでもなったら、お願いしたい」

「フッ、いいぜ」






アスランは心臓に病を抱えている。年齢的な事や当時のストレス因子が重なって発症してしまう。大袈裟に重い症状として彼自身の身体を蝕む程ではないのが、まだ救いだと言ってもいい

狭心症も一体いつ何が起こるかは分からない。そんな人間を一人にさせるのは酷であり、規則であれ家族を引き離す事でまた発作が起こっても困る。ゼルの、せめてもの慈悲―――色々と条件付きになってしまうが、前任リチャードがしたくても出来なかった事を、彼なりの優しさで果たしてあげようとしていた




そういえば、とアスランはゼルを見返す






「ちなみにレンガルス君も本部に連れていくのかね?彼も君の兄弟で、ミリ君の恋人でもあるのだけど」

「いや全く、これっぽっちも考えてねぇな。…ハッ、恋人だァ?論外だ論外。話にもなんねーよ誰がアイツを連れてくかってんだクソ愚弟めアイツはこのクソ寒い雪の下で永遠に冬眠しちまえばいい(イライラ」

「アスラン様、安易に恋人という言葉を言わない方がよろしいかと…」

「……そのようだね」





突如機嫌が急降下していく目の前のゼルに、アスランは苦笑を漏らす

内容は別にして、好きな子に対して此処まで感情を豊かにさせるなんて、彼もまだまだ若い。総監は名ばかりで、彼はまだ23歳だ。本当だったらもっと自由な人間だっただろうに

そしてやっぱり双子だと、アスランは目の前の彼を見て笑った。ミリを想い、苛々するその姿は、レンと全く同じだったのだから






「君はミリ君の事が好きなんだね。ミリ君の話になると、君は輝いている気がする。老いぼれの目にはとても眩しいよ」

「……フッ、あえて口に出す必要はねーな」

「執事の君から見てもそうだろう?」

「はい。甘い物が暫く食べたくないくらいに」

「おい」

「まるで乙女みたいにミリ様を想うゼル様にはほとほと参っております。ミリ様の為にケーキをお作りになり、ミリ様との文通をしているゼル様のご様子といったら―――嗚呼、見えない砂糖を大量に食べさせられた思いで御座います」

「おいガイル!テメェ容赦ねぇな!ちったぁ言葉を選びやがれ!」

「これでも精一杯選び抜いたのですが…ではお言葉に甘えまして、ゼルジース様




 "リア充爆発して下さい"」

「そっちの意味じゃねええええッッ!!」

「ハハハハッ!君も若いな!青春している!これをリチャードが見ていたらどんな事を言っていただろうね!」






確実にリチャードの性格からしてゼルをからかい倒すに違いない。一途に人を想う人間らしい姿を見れた息子の姿を、きっと嬉しそうに見ていたはずだ

レンには見なかったゼルの意外な一面に―――アスランは久々に大声で笑った

此処二週間、ミリが行方不明になってしまってから全く笑える心情でも状況でもなった。久々に笑えた。思わぬ人物達からこうして笑わせてもらえるとは、アスランも予想外だった

190もある高身長の男に掴み掛かるゼルと、全然全く聞いていないと表情すら変えないガイル、突然執事に掴み掛かる総監の姿に仰天する回りの取り巻きの者達

中々面白い光景だ





しかし、と

ひとしきり笑い尽くしたアスランは話の腰を折った





「―――君達が生き別れになってしまった理由も、君がミリ君に対する敬う姿勢の意味も、何があったかは聞かない。先程の話に戻るが、レンガルス君は君にとって大切な片割れで、最後の家族でもある。…ミリ君を想うライバル同士とはいえ、そこまで邪険にしなくてもいいんじゃないか?…まぁそれはレンガルス君にも言える事だが……」

「…………」

「私が言うのもおかしな話だが………家族は大切にすべきだ、ゼルジース君。失ってしまったら、遅いんだ。きっとそれは――――話を聞いたミリ君も、同じ事を言うはずさ」






あの子は家族を、とても大切にしているから


そう言って、アスランは微笑んだ






「……………」

「ご馳走様でした。とても美味しい紅茶だったよ。この紅茶は何処の産地かね?よければ教えてほしい」

「そちらの紅茶はカロス地方から取り寄せました、厳選に厳選をかけた最高級ブレンドのアールグレイになります」

「カロス地方、なるほどあちらの地方からか…流石は本部だ。最高級ブレンドだなんて、なかなか飲めないモノを頂いてしまうとは恐縮だよ」

「恐れ入ります」

「…………」







家族、

肉親、

血の繋がり、

所詮そんなの、意味を成さない






「――――俺にはミリ様がいれば、それだけでいい。何も要らねぇよ…この地位もな」






今は全く力を感じない、愛しい御方

嗚呼、あの御方は一体何処へ消えてしまったというんだ

相変わらず力は感じない。今敵アジトに向かっている奴等にミリ様奪還という命令を下したとはいえ、本当にミリが敵アジトにいる可能性は低いとしかいえない

嗚呼歯痒い。この地位は全てを従わす事が出来ても、自分自身が動く事が叶わない


その為にも―――――






「ハクア、コクレン―――お前達に、期待しているぜ」







あの御方を繋ぐ、キーパーソン

あの御方を呼び寄せる、大事な存在

あの二匹なら、あの御方を見つけ出す事が出来るだろう






ゼルは紅茶を飲みながら、ニヤリと笑うのだった








(それが凶とでるか吉とでるか)



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