乗り越えなければならない壁

その壁こそ、この男の存在だった






「―――へえ?お前がか?」

「あぁ、俺の代わりに前任にナギサシティを任せてきた。…頼む、俺もこのチームに加えさせてくれ」






此処はリーグ協会シンオウ支部の会議室

突入を前日に控えた今日、警察及び研究所職員を交えた最後の打ち合わせを進めようとしていた。勿論、そこにはこの支部の幹部長や副幹部長、関係する部署の部長クラス、突入チームの名前が上がっている数名のメンバーに―――全ての決定権を持っている、総監であるゼルの存在

たとえコウダイやジンだったり警察の人間達がデンジのチーム加入を認めても、総監が指揮官に立っている今―――最終決定権はゼルにある。デンジにとってものすごく解せない相手であるが、立場は立場。プライドを捨ててまでゼルに頭を下げてこのチームに加わらなければ話にならない


会議が始まる数分前に現れ、唐突にチーム加入の希望を言い出したデンジを、ゼルは小さく驚いた様子を見せる。しかし表情はニヤリと意味深に口角を吊り上げ、喉の奥で笑う。手にしていた資料をテーブルの上に無造作に置くと、椅子から立ち上がりデンジと対面する

レンと同じ身長のゼル。デンジもまたレンと同じ身長の為、必然的にゼルとの目線は同じになる。固唾を飲んで回りが見守り、デンジもまた真剣な表情でゼルを見つめる中―――フッ、とゼルは鼻で笑う様に小さく笑った






「もう決まってんだよ。今更、お前を加えるわけにはいかねぇよ。残念だが諦めろ」

「そこをなんとか頼む!俺はこのまま…このままのうのうとしてらんねーんだよ!」

「ジムリーダーがチーム入りの対象外なのを知って前任の…トムって奴だったか?そいつに任せてきたのは評価してやる。しかし、お前にはあの催眠怪電波に耐えれるポケモンはいねーだろ?ただでさえ凶暴化したポケモンがいるかもしれねぇんだ。手持ちが居ないとなれば、ハッキリ言うと無能でしかねぇ。…そんな奴に、易々とミリ様を託すわけにはいかねーんだよ」

「ッ!」

「俺からも頼む!ゼル、デンジをチームに入れてやってくれ!こいつもミリを救いたい気持ちは一番強いんだ!」

「総監!僕からもお願い!」

「総監、私からもお願いします。彼の言葉を是非受け止めてあげて下さい」

「彼は本気です。どうか彼も認めてやって下さい」

「「「総監!」」」






デンジがミリを救いたいと思う真摯な気持ちは、周知の事実だったらしい。思いの外、彼の背中を押してくれる者達が声を上げて、しかも自分の回りに集まってくれる。思わぬ光景にデンジは小さく驚いていた

回りからの声にゼルも耳を貸す素振りを見せていたが、小さく溜め息を零し、肩を竦める。面倒くさそうにデンジから視線を逸らし、椅子に座ったゼルはデンジを睨み上げる姿勢で言い放つ






「―――断る。お前はジムリーダーに戻れ」

「なっ…!!!」

「「「「ッ!!!」」」」

「だいたいお前を加えるくらいなら、この俺が直々に行った方がマシだ。負け犬なんかに用はねーよ。シッシッ」

「……テメェッ!!!!」

「わー!デンジさんストップストップ!!」










「――――ハッ、聞いてらんねーな。無能は無能のままなら、そいつを有能にしてやらいいだけの話だろ」






会議室に一人の男の声が響いた

姿勢を移して声の主を探すと―――会議室の入口で扉を背凭れにして腕を組み、面倒くさそうな表情を浮かべていたレンの姿があった

隣にはゴウキとナズナもいた。今到着したのだろうか。いや、そんな事はどうだっていい。思わぬ第三者の乱入にデンジは驚いてレンを見返していた






「レン…お前、」

「おい愚弟、リーグの人間じゃねぇのに易々口を挟むんじゃねーよ」

「あくまで総監っつー立場だったら、弱者の懇願をちったぁ聞き入れてやったらどーだ?―――おい、デンジ。こいつを受け取りな」

「ッ!」






やれやれといった様子で前髪をかき上げたレンは、ゼルとの軽口を叩き合いつつカツカツと近くまで歩を進めると、腰から一つのボールを取り出してそれをデンジに軽く投げてきた

パシッと受け取ったデンジはレンの予想外な行動に動揺していたが、慌てて受け取ったボールからポケモンを繰り出した

勇ましい声と共に現れたのは、レントラーだった






「こいつは…レントラー!」

「ガルル」

「こいつはあの催眠怪電波は一切効かねぇ。電気タイプを扱うお前なら、こいつをそれなりに扱えるんじゃねーか?」

「「「!!!」」」

「え!?エスパータイプでもないのにあの怪電波が効かないの!?」

「マジで!?おい聞いてねーよ!」

「レン…それは本当か?」

「あぁ、まあな。ちなみにナズナの手持ちも二匹くらい効かねぇぜ。エスパータイプのフーディンも怪電波対策は万全、つまりナズナの手持ちは三匹って事だ。そうだろ?」

「あぁ。一匹はゴウキに託してある」

「「「「!!!」」」」






突入チームに加わっているとはいえ、そこまで詳しく話はしていなかったらしい。思いも寄らない嬉しい誤算に一部の者達はナズナとゴウキに群がり、見せて見せてとせがみ始める

レントラーのところまで歩み寄ったレンは、その逞しい身体を撫でる。グルルと喉を鳴らすレントラーに、レンは小さく笑う。それからレンは、黙ってレントラーを見ているゼルに向かって、ニヤリと口角を吊り上げた






「おい、ゼルジース。これなら文句ねーだろ?」

「…………」

「…ゼル、改めて頼む。俺も自分の手持ちにレントラーを持っている。レンとは何度もバトルしてこのレントラーのバトルスタイルも熟知しているつもりだ。…俺も、ミリを助け出す為にチームに加えさせてくれ。この通りだ!」

「――ッ!俺からも頼む!お願いします!」

「僕も!僕の代わりに!デンジさんをお願いします!」

「僕の方からも、」

「私からも、お願いしたい」






デンジはゼルに頭を下げた

普段のデンジではありえない事を、プライドをへし折ってまで頭を下げた

回りの者達は最初こそデンジの行動を驚いた様子で見ていたが、オーバを始めとした者達が続いて頭を下げた。オーバとリョウ、それからダイゴ、ゲン、シロナ、ゴヨウといった仲間達も。デンジの為に、ミリを想う仲間として、共にゼルに向かって頭を下げた


自分の回りで頭を下げる彼等の姿を見回して―――観念した様子で、ゼルは大きく溜め息を吐きつけた






「ったく、仕方ねぇ奴等だな………いいぜ、お前らのしつこさに観念してデンジをチームに加わる事を認めてやるよ」

「ッ!!!!!」

「「「「!!!」」」」

「ッおいやったなデンジ!これでお前も晴れてチーム仲間入りだ!」

「うわあああよかったねデンジさあああん!」

「おいレンガルス、お前こんな時にお節介焼かせてんじゃねーよ」

「フッ、知らねぇな」






一気に会議室が歓声で盛り上がる。喜び合う彼等の姿に小さく笑うレンは再度レントラーを一撫でた後、「レントラー、暫くこいつをよろしくやってくれ」と言い残しその場から離れようとする

レン、とデンジは立ち去ろうとするレンに声を掛けた






「あ?なんだよ」

「………ありがとよ」

「……俺はただレントラーの意思を尊重しただけだ。ま、せいぜい仲良くやれよ。俺のレントラー、中々手厳しいぜ?」

「言ってろ。…返す頃には帰りたくねぇと思うくらい仲良くなってやるよ」







そう言って、お互いに笑った















そして、次の日が経ち

当日を向かえる事になった







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