ザー……


  ザー……




目の前に広がる、暗い海

心地よい波の音が耳を霞む

空に広がる満点の星空は輝かしくて、遠くに見える月は相変わらず紅く光る





「――…と、言うわけなんだ」

『フフッ、なるほどね』





ふたごじまの研究所からかなり離れた砂浜で、私は一人空を見上げる

回りには、誰もいない

私しか、いない





『嘘は言っていない、それは貴女にとって変えようのない真実』

「記憶が無いのは本当の事。私が【異界の万人】になったあの日からカウントダウンが始まっていた。そして私が初めて九代目の【万人】の記憶を受け継いだ時には、大切な家族の記憶が失っていた」

『それは家族だけの記憶に止どまらなかった』

「沢山の世界に足を踏み入れ、長い年月が過ぎ、沢山の知識と技量を磨いてきた。…歳月は、確実に私が生まれて歩んできた人生を少しずつ薄れさせていった」

『同時に貴女は、九代目の他にも存在する前世の記憶を引き継いできた。人間の脳にある海馬は長期記憶を止どめているが、限度がある。貴女の中にある内なる力は、貴女が受け継いだ記憶を止どめておく代わりに、』

「生まれた世界、故郷、家族、15年間という紫蝶美莉の人生を、奪っていった」





肌寒い風が、針となって私を刺す

穏やかな風が私の髪を靡かせた





『膨大な力を、【異界の万人】になる覚悟を決めた貴女は、全てを捨てた』

「捨てざるおえなかった。故郷も忘れ、記憶を忘れ、大切な存在を忘れた私に残されたのは、紫蝶美莉という名前だけ。…私は全てを捨てた、しかしこの名前だけは捨てられなかった」

『ミリレイア・フィール・レイチェル。この名前は【異界の万人】としての貴女の真の名前。貴女が生まれ落ちる前から定められた本当の名前』

「けれど私はその名ではなく、紫蝶美莉と名乗る。私が私で在る為に」

『それから貴女は16の一年間、沢山の世界を渡った。たった一年、たかが365日でも、貴女が渡った年数が遥かに超える』

「今更自分の歳なんて数えるのを止めたし考えたくも無い。それだけ私は宿命の為に命を懸けた」





呟く声は空に消える


謳う声は虚空に彷徨う





『そして滞在していた世界で、【万人】になる前に夢中でやっていたゲームを遊んでいたのが始まり』

「家族を忘れ、記憶を忘れ、全てを忘れても、自分が大好きだったものは決して忘れてはいなかった」

『私は貴女を飛ばした。そろそろ旅の時期だと思ったから』

「そして私はこのポケットモンスターの世界に足を踏み入れた。第五代目の【異界の万人】の記憶と力を引き継ぐ為に」






そして今、まさにその時


少しずつ――記憶は開花されていく






『…此所までの矛盾点は無いわ』

「そうだね」

『貴女が全てを明かすなら、私は貴女に従うわ。でも、言わなくてもいい台詞もある。それは、弁えて頂戴』

「分かってる。決定的な事は言わないつもり。…言うとしたら、この世界を去る時かな」






そう、この世界を去る時

もしくは、逃れられない危機に瀕した時に、私は【異界の万人】として役目を果たす






『あらあら、そんな台詞を言っておきながらそんな不釣り合いよ?…せっかく出来たもんね、貴女の大切な光』

「……………」

『宿命の鎖から彼の手によって解き放たれている。…貴女は今、自由よ』

「…今は、ね」

『そう、今はね。だから貴女は今を楽しみなさい。宿命の事は後回しに。大切な彼と居れるなら、居れるだけ』

「うん」

『さて、私はこれでひとまず行くわね。……貴女を捜す二つの影が、やってくる』

「ありがとう、フレイリ」






お礼を言えば『おやすみなさい、ミリ』と言い消えて行った私の親友






穏やかな風、静かな波の音

綺麗な星空、綺麗な空








そして、こちらに歩み寄る二つの気配








「――…ミリ、捜したぜ」

「こんな場所にいるを風邪を引くぞ、舞姫」









白銀と、漆黒が煌めいた






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