「――…炎に包まれる前に力を失っただろう力は、俺がクリスタルになった時に完璧に力を使い果たしたんだろう。以前の様な力なんて、気配すら感じない。…クリスタルになって早二年…あの事が夢にさえ思えてしまう」






長い話は時を忘れさせる

ナズナが一通り話を終えた時は、もう空は夕焼けに差し掛かっていた。晴れ晴れとした青い空はオレンジ一色になり、海は反射されオレンジ色に輝く

静かに話を聞いていたミリは、膝の上で眠るレンの頭を優しく撫でながらも、視線を逸らさずナズナを見ていた。鋭い視線は変わらずに、しかし驚愕する内容もあり瞳の奥に動揺の色を浮かばせる。ゴウキとカツラは以前話を聞いていたのもあり、二人は静かにナズナとミリを見守っていた。レンと一緒に眠る白亜と黒恋を覗き、他のポケモン達も、彼らを囲んでナズナの話を聞いていた






「…此所までが、俺自身に起きた出来事で…そして、俺の――全てだ」






夕焼け色が彼らを染まらせ、光に影を差す

海から、島の岩影から漏れる太陽の光は彼らを眩しく写した






「そして…貴女には謝らなければならない」






左目を隠す眼帯を取り外しながら、ナズナは静かに言う

ハラリと外された、閉じられた瞼。視線をミリに向け、その瞼をゆっくりと開かせる。…光も何も映さない銀灰色の瞳はミリを捕らえる






「こんな摩訶不思議な出来事…誰にも縋る事か出来なかった俺は、貴女にしか頼る事しか出来なかった。無関係な、貴女を。視えていた未来で、イーブイ二匹を仲間に引き入れただけの貴女を、イーブイを幸せにさせた貴女を見込んで。…驚いたのはその貴女にも、力という存在を持っていた事…しかし、今となれば関係ない。むしろ…有り難かった。この話を否定せず、肯定してくれる存在を。だから俺は、貴女に無理な願いをさせた。『白銀の麗皇を、巻き込ませるな』と」

「………」

「当時の貴女は【白銀の麗皇】の存在は知らなかった。隣りにいる彼が、その人物だという真実に。…貴女は優しい人だ、今回の話は自分でしか解決出来ないし理解は出来ない。無駄に人を巻き込ませたくないし、俺が言う人物なら尚更だ…そう考えていたんだろう」

「……えぇ、そうです」






今まで黙って静かに話を聞いていたミリの口から、ポツリと言葉が漏れる

視線をナズナから外し、膝の上で眠るレンに視線を落とす。毛布に掛けられた彼は、規則正しい寝息を零し、熟睡していた。よほど膝枕が気持ちいいのか、起きる気配は全く持って無い。その寝顔は普段見る端整な顔からは想像しにくい程、子供っぽく…それでいて、とても穏やかだった






「私は確かに不思議な力を持っていて、知識もあります。ナズナさんが私に救いを求める理由は理解していますし、否定し拒む事はしません。…貴方は優しい人、最小限に回避したかったのでしょうね。…『【白銀の麗皇】を、絶望させない為に』。だから少しだけでもいいから、自分が視た未来が外れ…彼が、レンが絶望に染まらせないように」

「…しかし、俺は貴女に辛い思いを…決別とも取れる争いを、させてしまった」

「私は白亜と黒恋を手持ちにしてから、何かあるとは覚悟していました。…しかし刹那に出会えて、"記憶の光の欠片"を授かって、分かったんです。『この話は自分でしか理解出来ないし、解決出来ない』と」

「…………」

「当時の私は丁度一人でした。一人だったから、都合が良かった。知っているのは私と刹那、カツラさんに…私の手持ち達。それだけで、充分だった。元よりずっと一人だったから、それが当たり前だった。だから私はナズナさんを助ける為に、一人で…いや、手持ち達皆と探そうと思っていた。…誰も、巻き込ませないように」

「………」

「レンは何を理由にかは分からないけど貴方を探していた。確かな理由があるにしろ、私は今も聞いていません。…ですが、いずれにせよレンはこの騒動に自ら首を突っ込む事になる。…私は、ただナズナさんを探すだけならいいとしても、摩訶不思議な事まで知らなくても良いと思っていた。…それは勿論、ゴウキさんだって同じ。ゴウキさんも、レンも、知らなくていい。知っては…いけない」

「………舞姫」

「だからあの時都合が良かった」






それはもう一度自分が一人になれる為に、レンとゴウキを巻き込ませないようにする為に






「でも、私は出来なかった」





結果、あの戦いで負けてしまったから





「レンは頑固で負けず嫌いです。ゴウキさんもレンに負けない頑固で負けず嫌いです。二人共頑固で負けず嫌いで手に負えません。…そんな彼らが、時杜の力で何処に飛ばしても…また私の前に現れるのは簡単に想像出来た。現にレンは、ちょっとした理由で消えた私を探し出した位のしぶとさがありましたので…」

「舞姫…それは褒めているのか?」

《否定は出来ないな》

「巻き込ませたくない、でも彼らは自らこっちに踏み込んだ。…私は彼らの前に憚る壁になっても、彼らの歩む道を遮る資格なんてない。なら…私が、彼らを守ればいいんだ。何があっても、自分がどうなっても彼らを守るんだ、って」

「「「…………」」」

「…でも、逆にこっちが守られてばっかでした」






レンから視線を上げたミリの表情は、嘲笑

何も出来なかった己の悔しさや不甲斐無さ。途中で離脱して療養するハメになった事、等々。せっかく守ろうとしたのに、結局は自分が守られていた



守る事には慣れていた

でも、守られる事には慣れていなかった






「だからナズナさん、貴方は深く考えなくても良いんですよ。結果、貴方はこうして生きています。生きて、こうして私達と一緒に居る――私は、それだけで充分です。…貴方が謝る必要なんて、何処にも無いんですから」






嘲笑から、微笑に



優しくも、儚げな微笑

ナズナにはとても眩しく見え、その微笑がナズナの罪を全て洗い流した。眩し過ぎる、そして純粋な笑みに――目の奥が、じんわりした感覚を覚えた

しかしナズナはソレを隠そうと、外していた眼帯を付け直した。左目を覆い隠し、隻眼に戻ったナズナは――言いにくそうに言葉を濁す






「………昨日、」

「?」

「昨日、麗皇に来て全てを話した。――そう、全てを。貴女が洪水に巻き込まれて、その先に出会った奴等に…別れ際までを」

「!」

「…麗皇は絶望と怒りで我を忘れていた。…そこから先の未来は視ていないから知らないが……もしかしたら貴女に麗皇が怒りに身を任せ暴行したんじゃないかと心配していた。…彼は怒ると手が出る癖があるみたいだからな、麗皇にも心配したが…貴女の事も内心ヒヤヒヤしていた」

「……あー、まぁ、大変でしたねー…帰って来たと思ったら凄い剣幕だったから…宥めるのが大変だったというかなんていうか…何かあったな、とは思ったんですが……そうですか、ナズナさんが…」

「…すまなかった」

「あー…あはは、まぁ、大丈夫ですよ、はい。今こうして元気ですし」









《とうとう手を出したか》

「刹那、安易にそんな言葉を口にするな。…安心しろ、奴はアレでも耐える根性と理性はある。…しかし、舞姫に暴行を加えたなら話は別だ。目が覚めたら制裁を加えて殺る」

「…ゴウキ君、なんか今物騒な言葉が聞こえたんだが…」







何もなかったよ





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