生まれたばかりのイーブイを捕まえるのは容易かった。バトルというものを知らない、自分の身を守る術を知らない二匹はデンリュウのでんじは、アリアドスのくものいとで簡単に捕獲出来た。生憎二匹を捕獲するボールもホテルに置いてしまっていた為、ぐったりするイーブイを抱えて泉を後にした 二匹のイーブイに集中してしまっていたから、摩訶不思議な泉なんて頭から飛んでしまっていた。でもこの綺麗な泉を何か証拠に収めたいと思い…カメラをデンリュウに頼み、デンリュウはルンルンとカメラのボタンを押した カシャ、カシャ 「…帰るぞ」 「リュー」 「キシシシ」 最後に見たのは――泉の近くにある二つの破れた卵に、中央に見える紅い祠に…オレンジ色の、"何か" 気付けば俺は、ずぶ濡れになりながらホテルの前にいた 捕らえた二匹はすぐに実験台として回された。丁度他の管轄で「イーブイの進化」についての解明を行っていた為、実験はしやすかった。イーブイを連れ出した張本人として俺が班のリーダーを勤める事になり、副リーダーとして勤めていたミュウツーの実験から身を引いた。物分かりの良いカツラさんに感謝し、お蔭でイーブイ達の実験を捗らせて貰った 白と黒の色違いのイーブイ、この二匹は実験していて分かる事は他のイーブイと違って戦闘能力は高めで、更に分かった事は黒のイーブイが覚えない筈の技を繰り出せる事。口から灼熱の炎を出す他にも、大量の水だったり雷だったりと――見た事がある技なら繰り出せる事も研究結果で判明した。この実験は他の研究員にも注目する反面…白いイーブイだけには、何も反応が起きなかった 出来損ない、とイコールがつく白いイーブイには特別感情も湧かなかった。俺達研究者から、研究の成果が出ないと分かれば見放されるのがオチ。今までの研究でも俺は何度も出来損ないを見てきて、何匹捨ててきたんだろうか。何度、尊い命を見殺しにしてきたんだろう…今さら振り返ってもしょうがない事は当に理解をしている。あの頃の俺は、研究の為ならば無情にもなれた 「リーダー、白いイーブイをどうしましょうか?」 「そうだな…残念だが、これ以上の研究は無意味だ。黒のイーブイの研究は順調だからな…白の方は処分しよう」 「そうですね、その方がいいでしょうね」 檻の中でボロボロになって丸まる白いイーブイ 隣りに寄り添うのは黒いイーブイで、俺達に警戒しているのか白いイーブイの前に庇って立っている。お前もボロボロのくせによくやるよな、立っているだけでも辛い筈だ。…しかしそんな感情は一瞬過ぎっただけで、後はもう研究に頭が向いていた 「処理は何時にするか…処理班が今居ないんだったな…。研究されたポケモンの末路なんて知れている。逃がしても生き残る確率は、低い」 「…では、どうします?」 「とりあえず処理班にこちらから連絡を入れておこ…」 ズキッ――― 「!!?ぐ、ぁ…っ!!!」 「リーダー!?」 今回も出来損ないの失敗作として白いイーブイを捨てようとした ――しかし、その時自分の左目に鋭い痛みが走った この左目は幼少の頃、緑内障で視力を失った目だった。今まで光は通さず、痛みなんてものは無いに等しい 「ぐ…っ!!!」 「リーダー!」 ズキズキと痛む左目 今まで感じた事の無い――痛み 「くっ…一体何が…っ!!」 「と、とりあえずその眼帯を外させてもらいます!!」 痛みのあまりに蹲った俺に、作業員は慌てて俺の眼帯のホックを緩め、外した 左目の圧迫感が無くなり、一瞬痛みが和らいだ。原因は眼帯なのだろうか…そう考えながら、俺は何十年振りに左目の瞼を動かし、開かせた ――――ドクン… 「…な、ん…だ、と…ッ!!!??」 左目に写った、何十年振りの光 その目に写ったのは――想像絶する程の痛烈なものだった * * * * * * あの日から俺の左目には"見えざるもの"が度々写し出された それは信じられない内容のものばかりで、精神的にも結構苦しめられた。あられもしない内容、信じがたい映像――全てが全て、愕然とするモノばかりだった 「ナズナよ。最近体調が不良だと噂で耳に挟んだが、体調に変わりはないか?」 「…はい、お気遣い痛み入ります。…首領」 「フッ…そのわりにはキャタピーを踏みつぶした顔をしているぞ。研究に没頭し過ぎてとうとう崩れたか、ナズナ」 「………」 首領の補佐として仕事に専念する俺に、目敏い首領は言う。資料に目を通したままこちらに言葉をかけてくるが、まるで見えないプレッシャーが問い掛けて来る 俺はこの人を尊敬すると同時に――こういった場面では、首領の事を苦手としていた。嘘も偽りも許されないプレッシャーを出す首領に誰も言い訳などさせない。それが首領の力なんだろう 首領は気付いているだろう 俺が、ただの体調不良なんかじゃないと 「…首領、」 信じてくれるかどうかは謎 むしろこんな話、有り得ないとでも言うべきか そんな話を、俺は目の前の男に話そうとしている 「お願いが、あります」 「…珍しいな、お前が俺に願いを請うなど。雨が降るな」 「ご安心下さい。明日は晴天です」 「フッ、言葉の例えだ。…で、お前の願いとやら何だ?」 「……………」 嘘は、言わない 俺は、覚悟を決める 「今から話す事は、偽りなき事実。信じて下さるかどうかは…強制いたしません」 俺は今日より、闇に飛び込む 「その話を知った前提で俺を――脱退という形で、ロケット団から辞退させて頂きたい」 「…話とやらを、聞こうじゃないか」 俺は全てを打ち明けた ある意味あれは賭けに近かった ロケット団の、辞退する人間の末路なんて知れている。俺は何度も見てきたから、自殺行為をしている事は分かっていた。しかも"俺"という立場なんて、外部に漏れたら大変な事態にまでなるだろう…当時ロケット団の内部を知り尽くしていた俺だからこそ、想像絶するモノの意味を成す 俺は首領に話した。全てまでとはいかないが、今言える事は全て言った。首領は始めは驚かれていたが、事の重要さを理解して下さったのか最後は真剣な表情で話を聞いてくれた 首領は俺の願いを聞いてくれた。遠く離れた、名も知らない土地にある研究所を与えてくれた。話を受け入れ、色々と配慮してくれた首領に初めて感謝した。今まで首領や三幹部に振り回されていたから、今まで感謝の「か」の字も無かったから(いや、少ないと言うべきか…)。しかし首領は何処か頑固な所があり、脱退ではなく、脱走という形で話は終わった。脱退でも脱走でもどちらでも良かったが、少なくとも仲間として繋ぎ止める首領の配慮に心が揺れた 「一つ、未来に付いて知りたい」 「何でしょうか?」 「俺は…息子に無事、再開出来るだろうか」 「…視えています、貴方と息子さんが仲良く暮らしている姿を」 「……そうか。ナズナ、」 「はい」 「――…生き残れよ」 「……はい」 それが、俺と首領が話す最後の会話だった * * * * * * コポポポ… 「ジムリーダーも大変だな…最後はカツラさんと顔合わせがしたかったが…」 首領と別れ、全ての荷物を運び終えた俺は最後にカツラさんに会おうとミュウツーがいる研究所にいた 最近ジムで多忙だと話には聞いていた。実際にちょくちょく顔を出してもすれ違いがあって中々顔を合わせずにいた。期待は、していない。彼も忙しい身だ、最後とはいえ、少しでも話はしたかった コポポポ… 「仕方無い…行くか」 《何処へ行く?》 「あぁ…此所より離れた研究所にな」 《ほう、私も着いて行ってもいいか?》 「すまないな、俺と一緒に行っても脱走扱いになるか最悪死ぬ事にな……… …………、は?」 《脱走扱いか…別に私はポケモンでもなければ人間でもないからな、支障はない》 「…っ、この声…お前なのか、ミュウツー…!?」 等身大程までにある、緑色の液体が入った試験管 その中に眠っていただろう存在――緑色のミュウツーが、試験管の中で俺を見下ろしていた そして俺はミュウツーを引き連れて、研究所を離れ、カントー地方を離れた 俺の弟の故郷でもあり、俺がトレーナーとして育った場所 思い出が詰まったこの場所を離れるのは――心が、苦しかった → |