此処は最深部、クリスタルの前


静かにクリスタルを見上げる青年…ゼル。白銀の髪を肩まで靡かせ、クリスタルを見上げるその瞳は綺麗なカシミヤブルーの色をしている。服装は、この洞窟の中には異色な赤黒のタキシードの服を身に纏っている。皺もないその服は洞窟の泥をも許さない


彼の後ろからこちら近寄って来る気配と共に、靴の音が静かに響く。やがてその気配はゼルの後ろに着き、カツンと足音が止まる






「ゼル様」

「サー」

「あぁ、おかえり。ガイル、サーナイト」





先程命じて出て行った彼らを、ゼルは静かに振り返る

労いの言葉をかけたゼルは、真っ先にその藍色の瞳を…ガイルと名乗る軍服の男に抱かれる存在に目を向ける。フッと笑ったゼルは、嬉しそうにガイルに歩み寄った






「よくやってくれた、ガイル、サーナイト。…あぁ、可哀相にこんなに濡らして…少し打撲もしている。痛かっただろうに…ガイル、彼女を俺の腕に」

「ゼル様、体温が低下していましたので私の"力"で身体は温めました。しかし服はまだ乾いていません。ゼル様の服が濡れてしまいます」

「俺の服なんかより、彼女の方が大事だろ?」





小さく息を吐くゼルに、ガイルは静かに――毛布に包まれた存在を差し出した

ソレを優しく…まるで壊れ物を扱う様に丁重に受け取ったゼルは、口元に笑みを浮かべる。大切にソレを抱き上げて…手を動かし、顔にかかっている濡れた髪を退かせてあげた







「あぁ、やっとこうして抱き締める事が出来た…。ずっと、俺は君を待っていた…








 愛しい愛しい、俺の大切なミリ様…」







その瞳に宿る恍惚な輝きには――狂おしい程の大きな愛に、強いほどの忠誠心。そしてちらつくのは、狂気に満ちた光

口元の笑みは、とても優しい笑みに見え――歪んでいる笑みにも見えた



もぞもぞと小さく身動ぎし、毛布に潜りながら規則正しく呼吸をするミリに、ゼルはクスリと笑う。満足げに笑い、ガイルの前から離れ…クリスタルの前に立った






「ガイル」

「はい」

「アイツ等は、どうした?」

「サー」

「…彼女の手持ちであり、このクリスタルの張本人から生み出された存在…ミュウツーの能力によって免れたそうです」

「あぁ…ミュウツーの力なら、あの爆水の中でも平気でいられる、か…。まさかミュウツーがミリ様の手持ちにいたのは想定外だったな」

「アレが居れば…此処まで来るのも時間の問題かと」

「…そうか」






ガイルは胸元のポケットから、ある物を取り出し、カチャッ中を開く

それは銀に輝く綺麗な時計だった






「…!サー」

「今、さっき私達が向かった滝壺に着いたそうです。此処まで来るには…十分も掛からないでしょう」

「奴等もせっかちだな。…少しくらい、俺に堪能させてくれよ。俺にとって、ミリ様は大切な存在で、いにしえからの再会でもあるんだからな…」






そう呟くゼルは、愛しそうに眠るミリの頬に触れる

優しい笑みを浮かべ、ゼルは無防備なミリの頬にキスを落とす。チュッ、とリップ音がこの空洞にイヤに響き渡り――ミリが、身動きし、薄く瞼を開かせる





が、しかし、



それよりも早く――ゼルはミリの瞼の上に手を被せた






「ぅ…ぁれ…?」

「目を覚まされたのですね」

「んー……?」






未だ身体が疲れて眠気を欲し、思考を低下させているミリは小さく吐息を零す

自分の瞼に手を置かれている、誰かに抱き上げられている状態に、勿論ミリは気付いていないらしい

それが彼らにとっては好都合――ゼルはクスリと笑い、ミリの耳元に唇を寄せた






「まだこうして貴女の温もりを感じていたい所ですが…せっかちな貴女の連れが、こちらに来ます。…残念ですが、これでお別れです」

「ん……ぇ、誰…?」

「私の名前は…いえ、いずれ知る事になるでしょう。…その前に、」

「っん…」






ゼルとミリの間に重なる、唇


触れるだけのキス…それだけでも、ミリの思考覚醒には十分だった。ゆるゆると覚めていく頭の中、ゼルは唇を離し――苦々しく呟く






「あぁ…アイツが憎い。この唇に…アイツのソレと重なっていると考えると…奪いたくなる」

「っ、ん……?」

「…だが、今はまだ、その時じゃねぇ」






ゼルはそのままミリを、クリスタルが輝く手前側に寝かせた

冷たい床にブルッと身震いするミリの手を撫で、此処でゆっくり瞼から手を離した。ミリはゆっくりと目を開かせ、ゼルを見た

始めは焦点が合っていないソレが、段々と見え始め…ミリは目を張った






「あ、なた、は…」

「いずれ、貴女を迎えに行きます」







優しく微笑むその微笑に、何を宿すのか




クリスタルがキラキラと輝く中――ゼルはサーナイトのテレポートで、ミリの前から姿を消した。後ろに従えるガイルの夜色の瞳に、ミリはまた、身震いした












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