カツラに淹れて貰ったコーヒーやココアに手を付け一服した後、さっそくレンは本題に突入した 「お前とふたごじまで別れてから二か月。俺とミリ、それからゴウキと共にナズナの"記憶の光の欠片"を探し出した。一昨日連絡した通り、全て揃った」 「"記憶の光の欠片"の存在は舞姫から聞いた。そして、ナズナの事もな」 「今日来た目的はただ一つ。…貴方の『錠前』を、私の『鍵』で開ける事」 その前に紹介します、と言いミリは手の平からボールを出現させる 少し離れた場所にポイッとソレを投げる。パァアッと緑色の光と共に現れたソレに、カツラはサングラスの下で目を大きく張り、凝視した 「以前お話した、緑色のミュウツーの『刹那』です」 《久しいな、と言うべきか。あの時私は試験管の中にいたからな。我が同胞を造りし者よ》 「…まさか再び会えるとは思わなんだ…。…久し振りとも言える立場じゃないのは分かっているが、また会えて嬉しいよ、刹那。生憎ここには君の同胞のミュウツーは居ないのが残念だ」 《細胞の繋がりを持ち、それからエンテイの炎で解き放たれた同胞。…同胞の話は風の噂で耳にしている。心配はいらん》 「そうか…」 ははっ、と力無く笑うカツラ 仲間が造ったとはいえ、その存在が今度は試験管の中ではなく、他人のポケモンとして、そしてこうして自分の意思で此所に立っている 会える事は無かった存在 それが今、ポケモンとして目の前に立っている 「…遂に、この日が訪れたか」 小さく呟くカツラの声 サングラスの下で、揺らぐ瞳 額に手をおき、奥に溜め込んでいた息をゆっくりと吐く。それは今まで黙ってきた己の葛藤と、一緒に 顔を上げたカツラの表情は、真剣そのもの 「これでやっと全てを言える。レン、ミリ君、ゴウキ君、そして刹那。私が知っている事全てを話そう。ナズナの事、そして――『錠前』の役目の事も」 * * * * * * コポポポポ… 「計画は順調だな、カツラさん」 「あぁ、君か。君の方も順調の様だな。お互いのミュウツーの生命数値も一定だ。このまましばらく様子を見よう」 薄暗い研究所の中 目の前にあるのは、人一人は入れる程の巨大な試験管が二つ。中には、黄緑色の液体の中でチューブに繋がれ細胞を繰り返し再生している存在 一つは紫色、一つは緑色 その試験管に立つ、私達 「ミュウツー…ミュウの睫毛から細胞を検出し、それを利用して生まれる存在。…まさかそっちのミュウツーの色が変色するとは思わなかったよ。もう変色も収まったみたいだな」 「細胞の特殊変化か何かだろう。もしくはこの液体の色が細胞に染み渡って紫が緑に変わった、か。…中々興味深い話だ。液体の色でポケモンも変わるのだろうか」 「ははっ、まぁ区別が付いて良いじゃないか。私の細胞と君の細胞で組み合わせた、兄弟とも言える存在。同じ色だったら区別がつかなくなる。…もとより、無事成功して対面出来るか、だけどね」 「そうだな」 隣りにいる男――ナズナ 長身で、男の割りには細身。肩まであるストレートの茶髪を垂らし、その銀灰色の鋭い目はミュウツーと資料を行きゆきしている。その手はペンを持ち、止まる事無く研究結果を資料に記している 彼の着る純白な白衣は汚れる事を知らないが、この薄暗い中、それから試験管の緑色の液体の光の反射で彼の姿は緑色に包まれる。対する私も現状は同じで、試験管に映る自分の姿…特に頭とサングラスは怪しくキラッと光る 彼は私にとって研究員同士のライバルであって、数少ない親友でもあった この時、ミュウツー計画は私がリーダーとして指揮をとっていた。その副リーダーを勤めていたのがナズナだった。ナズナは私より年下なのに頭脳明晰で冷静沈着な奴だった。真面目な性格もあり、研究を黙々とこなしていた。その研究結果のレポートには下を巻く程で、私達研究員は彼を一目置いていた。実際彼と手を組んで研究を進めると驚く程に互いに集中し、休憩も忘れる程に没頭した事があった。当時まだ彼とはさほど親しくは無かったけど、ミュウツー計画を進めて行く内に互いが親友と言い合える仲にまでなった コポポポポ… 「後の事は私に任せて、君は本職に戻りなさい。首領と三幹部が待っているぞ」 「そうさせてもらう。…遠征に行く予定があるから暫く留守にする。すまないが後は頼んだ。一週間もすれば戻れるはずだ」 「あぁ、ゆっくり旅行楽しんできなさい。何かあったらそっちに連絡を入れる」 「…旅行じゃなく遠征だからな、遠征」 「ははははっ!」 彼は研究員として腕を発揮する中、現場でも十分な実力を発揮していた ナズナは強い。当時三幹部と匹敵するくらいに。その実力を買われ、三幹部の内の一人、マチスの補佐になった。勿論彼は補佐としての実力もあり、首領にも目が止まりマチスから首領の補佐にもなっていた。研究員として、それから幹部と首領の補佐として、彼は団員全員から一目置かれていた 遠征と行っても旅行だと言うのは知っていた。ナズナの性格から、旅行より研究したい気持ちがあったにせよ、首領の命令とあれば断る事が出来ない。本当に遠征だったり、旅行だったり。…今思えば忙しい毎日だったに違いない 「研究員全員に土産をよろしく。楽しみにしている」 「いや、だから旅行じゃなくて遠征だから、遠征!」 「土産話も楽しみにしているとミュウツー達も言っているぞ」 「どう見たって言ってないじゃな…」 コポポポポ… 「どうやらそちらのミュウツーは意識はあるみたいだな。これは良い結果が出たね。意識があるなら色々話しかけてあげればミュウツーも退屈しないだろう。なんたって人間にすればまだまだ赤ん坊だからな!あっはっは!」 「…ははっ」 そして彼は首領達と共に遠征ならぬ旅行に行った 私は変わらずに研究を続けながら、ミュウツー達と一緒に彼の帰宅を待った。帰ってきたナズナは土産物を持って帰って来て、皆に笑われながらまた共に研究を再開するんだろう そう、思っていた しかし―――― 「白と黒のイーブイを捕まえた?」 「あぁ。興味深いイーブイだったから、そのイーブイを研究するにあたって、俺が指揮を執る事になった」 酒を酌み交わす中、突然言ってきた台詞。突然だった為、勿論私はびっくりする ほろ酔いしているのか彼の頬は紅い。酒の飲むスピードが早かった為か今日のナズナは多少饒舌だ。それなりに酒に耐性があるのに、今日は珍しい姿だった 「カツラさんの言う通り、今回は遠征じゃなくて旅行だった。…けど生憎の雨で壮大な景色は水の泡だ。せっかくミュウツーに見せようと新しくカメラを買ったのに…(ブツブツ」 「(嬉しかったのか…ミュウツーに意識があって反応した事に)」 「旅はまだ時間があるから、と一度はホテルに戻ったんだが…どうにも外に行きたい気持ちになってな。傘をさして適当に歩きに行ったんだ」 くいっとお猪口を口に含める。日本酒が好きなナズナは、酒を旨そうに喉を鳴らす ここら辺になると彼は止まらない。まぁ私は意外な一面が見れて面白いんだけど。私も手にしていたお猪口を口に含めてナズナの話の続きを聞く 「計画も無く適当に歩けば、柄にも無く迷ってしまってな。ポケモンはホテルに置いてしまってて、俺は阿呆な事をしたと後悔した。いやマジで。そこにいたのは丁度森の中で…とにかく適当に歩けばなんとかなるだろうと思っていた。実際なんとかなったが」 「(自我放棄…珍しい)」 「…歩いている最中、どうも森がおかしいと感じた。そしたら気付いたら俺は知らない場所に出ていた。…そこは、とても神秘的な場所だった」 うっとり、と顔の表情筋を緩めるナズナに私は目を張る。彼のこんな表情を見ると言えば数少ない…それほどソレは、ナズナの心を射止めたという事 おもむろに懐から二枚の写真を取り出し、それを私に渡す 受け取った写真には――二匹のイーブイが楽しそうに遊んでいた そして――… 「森の中に隔てられた、誰もが浸入不可能と言えるべき場所――そこにあったのは、瑞々しく神々しい湖と、中央には壮大に立つ祠がそびえ立っていた」 写真に映る、二枚の写真 一枚は白と黒のイーブイ(――のちに白亜と黒恋)が、二人仲良く遊んでいる姿。生まれたばかりなのか小さくも感じるが、とても微笑ましい。ナズナの話を聞けばその二匹を捕らえたんだろう。不思議とこの二匹に同情した 二枚目は、たった一枚の紙っけらのくせに神々しいモノを感じさせた。森の中、壮大な湖、そして中央の祠――こんな一枚でも見惚れるモノだった。ナズナが饒舌にうっとりする気持ちが分かる写真だった 「その写真はカツラさんが持っていてくれ。俺が持っているとマチスさんに奪われるがオチ、それこそマジで遠征に言って開拓される。内緒にしてくれよ」 「あぁ!勿論だとも。大切にする。そうだ、ミュウツーの件はどうする?リーダーになるんだったら一旦こちらのチームから外しても構わんよ」 「すまないな、そうさせてもらう。手が空いたらそちらの方に顔を出させてもらう」 「そうしてくれ。ナズナ、仲間として親友として応援している」 「あぁ、ありがとうカツラさん」 カツン―― それが、私とナズナの 最初で最後に交わした、言葉だった → |