《あの事件、あの討伐―――確かに原因はあった。主が歪んでしまう、理由が。しかし、本当の原因はもっと別にあった。本当だったらこれは言うつもりは無かったが……全てを知りたいと言うお前達の図々しく図太い精神に完敗して、仲間達でさえ知らない本当の話を話してやろう》





映像が、また変わる

そこに映し出されたのはミリの姿

気持ち良さそうなベッドに包まれて愛らしい寝顔で静かに眠る―――穏やかな、映像

しかし―――





《主がチャンピオンになってから、暫く経った頃だった。…主は、日に日に悪夢を見始めるようになった》






映像は変わる

そこに映し出されたのは、悪夢にうなされて苦しそうに眠るミリの姿

よほど恐い夢でも見ているのだろうか。寝汗をかき、うわ言を呟いている。声はない。声にならないうわ言が、空気として口から出るだけで





《…お前達なら私の忌々しい能力の存在は知っているはずだ。私の特性は、ナイトメア。意図せず相手に悪夢を見せてしまう……しかし、その力は主の存在によって発動する事が無かった。だからあの三匹も、他の仲間達も、誰一人悪夢を見る事は無かった




 ―――けれど、》






映像では見兼ねた闇夜がミリを起こしに入る。闇夜の声にハッとして目を覚ますミリ。息を切らしながら大丈夫と言うミリであったが、ほとほと参っている様子だった

追い詰められた、苦しそうな表情で闇夜の胸に縋る姿は、けして皆の知るチャンピオンなんかではない。一人の少女でしかなく、誰が見ても弱々しいものでしかなかったのだから






《前までは週に数回程度だったが、討伐が終わるまでは毎日の様に悪夢を見る様になってしまった。毎日毎日…恐ろしい悪夢を見続け、毎日毎日…討伐を行い、毎日毎日…多忙な毎日を繰り返す。……流石の主も、体調を崩した日もあった。普通の人間だったら精神的に狂ってしまっていただろう。…ま、お前達からしてみれば主も十分狂っている様に見えてしまうのも仕方が無い話だが》






《………主、》

「違う、違うよ。君の所為じゃない、君の所為じゃないんだよ、闇夜。だから、ね、辛そうにしないで、苦しまないで。これは君の所為じゃない、私が勝手にこうなっているだけなんだよ」

《…しかし、私のナイトメアは…》

「君のナイトメアの力は私の力によって打ち消して無効になっている。だから皆にその力が及ぶ事はない。…それは、もう君には言ってあったはずだよ」

《……………主、》

「ゴメンね、ゴメンね闇夜。私の所為で闇夜が苦しまなくちゃいけなくなるなんて、本当はいけない事なんだよ。ゴメンね、本当に、ゴメンね闇夜。ゴメンね…」






《始めは私が原因だと己を呪った。しかし主は違うと答えてくれた。けれど毎日の様に繰り返される悪夢にうなされる主は、見ていられなかった。…そして、ついに主は私に言った。「自分が歪んでいってしまう」と》






「…もし、私達の平和を陥れる者達が現れたら…その時は力を貸してくれる?」

《…藪から棒にどうした。それは予知夢か?》

「もしだよ。もし。戯言と思っておいて」

《……言わずとも私は主の影だ。主が向かう道が私の道。仮に私達に脅威が及んだ場合…進んでこの力を使ってくれ。私は容赦無く、相手を闇に引きずり込んでみせよう。私だけではない…気持ちは此処で眠る者達も一緒だ》

「ん。…それを聞けて安心したよ」

《…………》

「闇夜には言っておくけど……歪んでいっているんだ、私の心。この平和で平穏で微温湯に漬かったような…この優しい居場所を壊されそうになったら、めっためたに相手を叩き潰してやりたいって思ってしまうくらいにさ。歪んでいるよねぇ…困った困った」

《……私からしてみればそれは歪んではいない、防衛反応だ。誰だってそう思う。…勿論、私達も。前の事があったから尚更》

「防衛反応、ねぇ……」

《こんな事で歪んでいると思う主は本当に…優しいんだな》

「…………優しい、か……闇夜の方が優しいよ」













「……なるほど。確かに毎日の様に悪夢にうなされていたらおかしくもなる。【氷の女王】…人を悪夢に陥れていた裏では、自身をも悪夢でうなされていたとは……」

「…睡眠不足、過度なストレス、蓄積される疲労―――本来なら鬱病になってしまっても、おかしくない。しかし、鬱状態に見られる症状を感じさせないとなると、凄い精神力だとしか思えない。たとえそうであっても……ッミリさん…貴女はなんで一人で溜め込んでしまったんだ…」

「…これは全て、リーグの責任だな。あの事件を防げず、ロケット団他犯罪集団の襲撃に気付かずにいた、ホウエン支部、そしてリーグ本部の責任だ」

「……全てを隠す為にも、いつしかミリ君の笑顔が仮面の様に変わってしまった、か……まだ未成年の彼女には背負いきれない重圧だったんだな」

「…一体何の悪夢を見ていたのか、視ようにも鏡の様に反射されて何も視えない……深い闇しか感じられない」

「「「………」」」






"結果"には、必ず"原因"がある

本来だったらこのまま闇に葬る真実。ミリが、闇夜が口を開かなかった限り、明かされる事が無かった事実

隠された真実を掘り起こしてみたら―――嗚呼、なんていう事だろう。彼女はずっと、苦しみ続けていた。誰にも言わず、誰にも縋らず、誰にも救いを求めずに、一人で―――


全員は苦々しい思いで映像を見ていた






「……仲間達も知らない、と言ったな。それは、やはり…あの三匹も知らない事なのか?」

《…あぁ。特にあの三匹に知られる事を主は拒んだ。知っているのは私だけだ。普段から主の眼になる三匹は誰よりも疲労感がある。特に蒼華には気付かれたくなかったらしい。常に三匹を、蒼華を気にしていた》

「…………」

《私は何も出来なかった。夜な夜な、震えて眼が覚める主を…今までずっと、また眠れるまで傍にいた。悪夢が収まる、その日まで》






蒼華、時杜、刹那、他の仲間達―――当然一緒に暮らしていたアスランでさえ知らなかった、本当の真実

アスランが言う仮面の笑顔になってしまった全容が、これで明らかになった。その内容は―――少女が背負えるものではない、とても過酷なモノだった






《今の主は、記憶喪失だ。記憶喪失故に、何も知らない無垢のまま。私は主を見つけ、主の影として身を潜めていた。…私の事は思い出して欲しい、しかし―――あの事なんて思い出さずに、このまま知らずにいてもらいたいと思うばかりだ》






映像がまた変わる

そこに映し出されたのは―――ミリが行方不明になる前の、二週間前の姿

軟禁状態を強いられていたミリであったが、かつての友人達に囲まれながら、楽しそうに笑っていた





六年前、ミリが望んで疑わなかった光景が―――ミリ本人の記憶を犠牲として、果たされる事になったのだった








《……時に聞きたい。今の主は…あの頃の様に悪夢にうなされているか?》

「…………」

《…うなされているのか》

「………安心しろ、少なくてもお前が心配する事じゃねぇ。…最後に会った時は気持ち良さそうにグッスリ眠っていたぜ、アイツ」

《……そうか》






唯一ずっと気になっていた事を聞けて安心出来たらしい。闇夜の金色の瞳は一瞬だけ、泣きそうに揺らめいていて

そんな姿を隠したいのか、闇夜は影の中に潜り込む。すると眼前にあった薄暗い映像は消え、部屋を包んでいた闇がパァァアアァッと先程の様に弾けて消えた

明るくなった部屋が嫌に眩しく感じた



ズズズッ、と闇夜は静かに影の中から頭部を覗かせる








《………もう、私の口から話す事は何も無い。後はお前達次第だ。この話を聞いて、どの様に主を救ってくれるのか―――私は主の影として、静観し続けよう》







お前達"家族"を信用し、

自分はただ静かに主の影に徹しよう





全てはミリが、見つかってから








(嗚呼、彼女は一体何処に消えたんだ)



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