映像はまた変わり、時期はあの事件から暫く経った時を映した

穏やかで平和な映像。あの事件の傷など無かったかの様な錯覚まで覚えてしまうくらい、変わらない日常の中でミリはチャンピオンとして生きていた

しかし―――






《事の発端は、主を狙う愚かな人間達の暴挙から始まった》






映像が映し出される

ミリを狙って降り懸かる襲撃。毎日の様に繰り返される、終わりの見えない連鎖

鬱陶しい、忌々しい存在





《しかし主は一向に反撃をしなかった。反撃したところで、意味が無いと分かっていたから》





「だいじょーぶだいじょーぶ。そんなに心配しなくてもへーきへーき。んー、とりあえず今はこの書類を片付けましょうねー」

《主!》
「ばうばう!」
「…………!」






《あの事件があったから、もある。主は、あの主が…日に日に、歪んでいってしまった》






「……愚かな人達。私達の事何も知らないくせに、馬鹿みたい。…すっごく目障り」


「分からないかなぁ。こんな事しても無意味だって事を。…本当に、馬鹿な人達ね。本当に死にたいのかな」


「―――これだから、人間はキライだよ」








《時が来たと、主は言った。それから私達は主と共に奴等の討伐に入った。期間は半年間、主の心は氷に閉ざされ、どんどん歪んでいってしまっていった。無論、それは私達にも言えた事。主の為なら相手の人生をも狂わせてもいい、死んでもいいとさえ思っていたのだから》






「愚かね、すっごく滑稽。無様な姿よ。笑えるわ。あと貴方の悲鳴、すっごく耳障り。……ねぇ、闇夜。彼、五月蠅いからさ、もう悲鳴も上げれないくらい痛め付けてあげなさい。ダークホール」


「もう貴方達の姿なんて見たくないわ。早々に去りなさい。まだ死にたくないでしょう?」


「去りなさい、愚かな人よ





 貴方にはもう、興味がないわ」














「………信じたくないのが本音だ………あのミリちゃんが、ここまで追い詰められていただなんて……」

「【氷の女王】…その異名の恐ろしさは、そこからきたのか…」

「…ただでさえミリ姫は美人だ。そんなミリ姫が悪女みたいな姿をされたら………恐ろしいの言葉しか出ない」

「…ランス、お前は馬鹿な奴だ。そこまでして俺の居所を探したところで、意味も無い話だというのに……」

「彼の末路が敗者の末路。ミリ君も残酷な仕打ちを与えたな…」

「………ッミリ……」

「……………」






初めて見る【氷の女王】の姿

全員は愕然としていた。異名や噂を聞いていただけでも驚きなのに、やはり映像を見ると迫力が違う

映像に映るミリは、自分達の知るミリではなかった。全くの、別人だった。まるで人間不信だった裏の姿が表に出てしまった様な、背筋が凍ってしまうくらい冷ややかな笑顔だったから




しかし一人だけ、

恍惚とした面持ちで映像を見ている者がいた






「(―――ミリ様…たとえ歪んでしまわれたとしても、その御力は変わらず清らかでいらっしゃる……とても、眩しいくらいに)」






口には出さずに、喉の奥で小さく笑みを噛み殺す

映像を見るゼルの眼は、強い忠誠心の影に狂気の光を宿していて






「やはり貴女は、どんな御姿に変わってしまったとしても…俺が唯一認めた御方に代わりはありません」






ゼルの囁きに誰も、気付かない



誰もが映像に注視している中―――闇夜の金色の瞳は、ある人物達を写した






《サカキ、ナズナ、カツラ―――ロケット団首領、そしてその補佐官に科学者よ。お前達の事は先程小耳に挟んだ。…たとえ過去の事と言えどお前達ロケット団が主に与えた傷は重罪に値する》

「「「!」」」

《今の主はお前達を慕っている。記憶が無いからこそ慕っているに過ぎない事を忘れるな。記憶が戻ったところで、またいつも通りに"家族"として戻れると簡単に思っては困る》

「…何故だ」

《主が命令すればロケット団など呆気なく壊滅させる事が出来よう。しかし主はそこまではしなかった。理由は分からない。仮に記憶を無くす前の主がお前達の前にいたら―――この先までは、言わずと解るだろう》

「ッ…」
「「………」」






つまりそれは、ミリによる裁きが三人に下されていただろう―――と、闇夜は鋭い眼光で三人を突き刺した

三人は押し黙った

何も言い返せなかった

彼等三人には罪は無い。しかし闇夜を始め他のポケモン達からしてみれば彼等も同じロケット団―――主を狙った憎き相手に他ならない。アポロの単独命令とはいえ、部下の失態は上司の責任。上司であった三人も同罪なのだから

―――しかし、三人はミリの存在によって罪が解き放たれ、総監のゼルジースにその罪を見過ごされている

一体、どちらのミリが正しいのだろうか



闇夜の眼が、今度はレンに向けられた






《恋人として、あの主の姿をどう見る?》

「…………」

《幻滅したか?恐怖を覚えたか?キライになったか?―――少なくても主が直隠しにしてきた理由は、"この事実を知った者達が自分の元から去ってしまう事"だ。勿論、理由は他にもあるが…本人が気付いていない感情が、知らずと動いていた。…私はそう感じていた》

「…こんな映像を見たところで、俺の気持ちは何一つ変わらねーよ」

《…………》

「アイツは自分で自分をないがしろにしてまで大切なモノを守ろうとする悪い癖がある。……今回も、何かを守ろうとして【氷の女王】として采配を奮った。違うか?」

《…よほどお前は主の事がよく理解しているらしい。そうだ、全ては私達の居場所を守る為に行なった事だ。いわば防衛反応…誰にも私達を、主を責める義理も権利も無い》

「…………」

「「「「「………」」」」」

《討伐を行なった事でやっと、主が求めた…平穏で平和な微温湯みたいな生活を取り戻す事が出来たのだ。私達は後悔などしていない。後悔するなら、私達に害を与えた者達が一生後悔すればいい》






"私達の居場所を守る為"

ソレはミリやポケモン達を始めとした、自分達の回りの環境の事を指すのだろう。その中にはミリの友人、リーグの仲間達、そして―――義父であるアスランを守る為に


何故、そのやり方でしか守る事が出来なかったのだろうか。自分達を追い込んでまで、ワザと悪役を買ってでも危険な行為に走ってしまったのか。誰にも相談せず、誰にも頼る事もしなかったのか―――ミリの悪い癖が、まさに露骨に現れたといっても過言ではない


沈黙が広がる中―――今まで口を閉ざしていたゴウキが、闇夜を鋭い眼で写した






「一つ聞く」

《なんだ》

「お前が先程舞姫が歪んでいってしまった、と言った言葉通り…舞姫の気がどんどん歪んでいっている。それは間違いないだろう。しかし、その歪み方に違和感を覚える」

《……》

「!ゴウキさん、違和感とは何だ?」

「………舞姫、体調を崩しているのではないか?しかも体調崩したままだ。治ってないからこそ、歯止めが利かなくなってしまった。前に舞姫が体調を崩した状態を見た事がある。あの時ほど尋常に弱まってはいないが……しかし、無理をしている事には変わりはない」

「!……体調、(まさか…」

《………》






闇夜の金色の瞳に一瞬だけ動揺が走る

不確かな疑問、しかしそれは的を得た内容であったらしい。一瞬であれ闇夜の反応を見過ごす者はいなかった。全員の真剣な眼が、闇夜を一点に集中する

暫く黙っていた闇夜だったが、やれやれと小さく溜め息を吐いた






《………つくづく厄介で面倒くさい男だ。そんな事を知って何になる?》

「ほう、言いたくない理由でもあるのか?」

《…………》

「…あるんだな。だったら尚更言ってくれ。舞姫が安易にあの様な行為を犯すとは思わない。舞姫の尊厳を守る為にも、少しでも多くの真実を話してくれ」

「頼むよ闇夜、」

「話してくれ、全てを」

《………お前達は、つくづく………》








主馬鹿だな







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