コポポ…

コポポポポ…

眼前にある液体回復保管機の中に眠る仲間達は、相変わらず眼を覚ます気配は感じられない。勿論、ブランケットに包まれた小さな仲間も未だ眼を覚ます気配はない

液体回復保管機の酸素ボンベから漏れる空気音、それから機械音以外この治療室に音は無い。月光の光が差し込まれる中、ただただ静かに時を刻む






《―――――……》






無音の中、静かに見守るのは闇夜の姿

先程全員にあの日あの時あった出来事を全て打ち明けた後、誰にも伝える事なく姿を消し、この治療室に足を運ばせていた

いくらミリが認めた人間とはいえ、一緒の空間にいる義理は無い。今まさに闇夜が求めている空間は、この傷付いた仲間達のところ。早く眼を覚ましてほしい。眼を覚まして、すぐにでもミリの救出しにいかなければ―――たとえ三匹自ら救出が難しくても、せめて、せめて教えてもらいたい

この三匹は、奴等の本拠地を知っているのだから






《……主…私は……》






闇夜の心の中に渦巻くのは、後悔の文字

あの時ミリの言葉を振り切ってでも一緒に奴等に立ち向かうべきだったのだろうか、と。六年前に仲間達と決意したというのに、結局自分はミリを一人にしてしまった

嗚呼、自分は無力だ

結局自分は主に守られている






《――――……》






蒼華、時杜、刹那

他の仲間達は、何処にいる?

かつての仲間、頼もしい仲間

闇夜もまた、記憶を失っていた一匹でもあった

気付いた時には一人だった。ずっと一人でいた。またあの島で、自分の忌々しい能力が他の種族に影響を及ぼしてしまう恐怖を抱えながら生きてきた。しかし、何故か…何故か違和感に加えて寂しい気持ちが闇夜の心中にあったのだ。自分の居場所は、此処では無い。自分は、本当は一人では無いと―――

そして闇夜もまた、世間が盲目の聖蝶姫を思い出したと同時期に思い出せたのだ。大切な、大切な自分の主の存在を。自分を囲む、大切な仲間達の存在を

嗚呼、一体自分達はどうして離れ離れになってしまったというんだ






「貴方はもう、一人じゃないよ」






昔の記憶に思いを馳せていた闇夜の元に、ある気配を感じた

その気配が誰なのか、すぐに分かった。軽めのノックが鳴り部屋に入ってきた相手を―――闇夜は振り返る事はせず目線だけを向けた






《………お前か》

「よぉ、闇夜。此処にいたか」






治療室の扉から現れたのはレンだった

闇夜を捜していたらしく、やっぱ此処にいたか、とレンはカツカツと液体回復保管機の前に歩を進める。闇夜より離れた位置、目の前に時杜が入っている液体回復保管機の前に立つ

未だに眼を覚まさない時杜の姿をしばし眺めつつ、レンは離れて立つ闇夜に向けて口を開く






「――――お前がミリから預かったヘアピンのお陰で、ナズナが奴等のアジトを見つけ出す事に成功した。一旦俺達はシンオウに戻る。詳しく調査して万全の体勢を整えた後、奴等を叩き潰しに取り掛かる」

《!…そうか》

「闇夜、お前はこの後どうしたい?……俺達と来るか?それとも此処に残るか?お前の好きにしろ」

《…………今はまだ、此処にいてこの子達を見ていたい。敵を捕らえ、主の救出に取り掛かるその時に……私も同伴したい。奴等をこの忌々しい力で決着をつける》

「フッ、そうか。ならこちらからの連絡を待て。すぐにでも連絡を入れる」






液体回復保管機越しに見える闇夜の強い決意の秘めた金色の瞳を見て、レンは静かに闇夜を見返した

暫く時杜の眠る姿を眺める事で、この治療室はまた静寂に包まれた。レンは時杜を見上げる。その小柄な身体が痛々しくなっている姿を前に、自然と眉間に皺が寄ってしまう。ふつふつと湧き上がる憤り、そして敵に対する憎悪の感情がレンの拳を強く握らせた

不意に、闇夜の瞳がレンを写した






《……先程はすまなかったな》

「…突然どうした?」

《お前に攻撃した事についてだ。…今は平気だとしても必ず違う形で後遺症が残る。私のダークホールの影響、主に治してもらえ。この忌々しい能力、生かすも殺すも主次第…主の力のお陰で、私は今まで相手に悪夢を見せる事を免れてきた。お前に与えてしまった罪の鎖、主になら簡単に壊す事が出来るだろう。…元よりその事例はないがな》

「……………」






闇夜が突然謝罪してきた事に小さく驚くレンだったが、闇夜の説明に押し黙ってしまう

罪の鎖か…、と小さくレンは呟いた。ふと記憶に過ぎったのは先程のダークホールを受けた時の夢―――確かにアレは何発も受けたらおかしくなるだろうな、とレンは小さく溜め息を零した。まだ自分はミリの力で救われたからいいが、あのままだったら確実におかしくなっていただろう。先程闇夜が疑問に思った通り―――こうして面と向かって会話する事は叶わなかったはず

レンは闇夜を見た

後遺症が残るとか、そんな恐怖などレンは微塵も感じていなかった。今、レンの心中にあるのは別の事―――レンは、闇夜に対して静かに口を開いた






「―――闇夜、お前に色々見せてもらいたい事がある。アイツが、ミリが…六年前に起きた事件の事、【氷の女王】の事についてもな。アイツの心が負った事…全てを俺に見せてくれ」

《!…あの事件の事を、知っているのか?》

「当然だ。…俺はこれでも情報屋なんでな、その件はゴウキから聞いたにしろ【氷の女王】の件は知ってるぜ」

《…………。あまりいいものではない。いくらお前とて…直視出来るものではない》






闇夜は驚いていた

この男は、急に何を言い出すのかと

映像を見せる事が出来る闇夜の力をいいように、レンが求めた事は闇夜にとって一番隠しておきたかった真実だった

六年経ってしまった歳月は闇に葬った真実を明るみにしてしまったのかもしれない。だったら、葬ったモノはそのまま葬ってもらいたかった。あの事件は、あの忌々しい事件は、大切な主の身体を、心を傷付けた。ミリが望んで葬ったのだから、他人が勝手に明るみにさせるなんて―――主が、ミリが望んでいないというのに

咎める視線をレンに向ける闇夜だったが―――液体回復保管機越しに見える、レンの真剣な表情を見て―――ただの興味本位からくるものではない事を悟った






「だからこそ、だ。……俺は誓ったんだ。アイツが苦しんだ事も、悲しんだ事も全て受け入れると。受け入れて、俺も一緒に背負うってな」

《………》

「たとえアイツが望んでいなかったとしても、な」





そのピジョンブラッドの瞳から読み取れるのは、ミリに対する深い愛情と全てを受け入れる覚悟に、絶対に守りたいという決意。闇夜からの眼からでも誰の眼から見てもレンはミリの事を一途に愛しているのだとよく分かるひたむきな姿で

嗚呼、この男の前では全てを隠し通せるものではない―――愛する者の為なら全てを知りたい、知らない事が許せないタイプなんだと闇夜は悟った。秘密主義者のくせに随分面倒くさい男に好かれてしまったんだな、と闇夜は場違いにも感じてしまった

それだけレンの眼は、声色は、真剣そのものだったのだから






「…だから闇夜、全てを俺に見せてくれ」







仮に映像を見せたところでこの男は何処までミリの痛みを、心の叫びを聞き取れるのだろうか。何処までミリの傷を目にして堪えきれるのか

怒りに震え上がるのか、悲しみにくれるのか、それとも―――真実を直視出来なくなって、逃げてしまうのか

闇夜には全く見当が付かなかった。レンを信じ、あの事件も、討伐の件も全て話していいものかすら、闇夜は判断しかねていた

しかし―――







《……未だにお前が主の恋人とは信じられないが、お前の決意は信じよう》






―――脳裏に過ぎるのはデンジやダイゴ、ロイドといった色んな男達にアプローチを掛けられるも、盲目故に全く気付く事なくのんびり笑うミリの姿を思い出しつつ

そう言ってやると、レンは「当然だ」と不敵に笑った








(言うか言わないか)(問われる究極の選択)



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