温厚な人ほど怒らせてはいけない

怒らせてしまったら最後、

恐ろしい恐怖が待っている



それが、始まりでもあった









Jewel.20












もし此所に――――百人の人間がいたとして、かの盲目の彼女を見て百人の人間が同じ事を思うだろう。それだけ彼女の仕種は違和感なく空間に溶け込み、彼女が盲目である事実を忘れさせる

心夢眼、他人の眼を借りて世界を見通す事の出来るその力。彼女はその力を駆使して自分の手持ちの眼を借りて世界を見ている。多方面から様々に世界が見れるので本来見る自分の眼より勝手が良いが、その分隙が生じてしまう。あくまでも回りの世界を見る為だけあって、自分に降り懸かる危険にどうしても反応しきれない場合がある。しかも発動にはシンクロをしなくちゃいけないので、シンクロを外すと本当に目の前が真っ暗になってしまう。利点でもあり、欠点でもあるその力。眼の先の世界や目の前にいるポケモンや人間の判別などには使い勝手が良く融通が利くが、やはりそれだけだと不便で危険

心夢眼では足りない部分を、彼女は別の能力で補っていた

喩えば、波動。ルカリオというポケモンが主に使われる能力の一つで、一キロ先にある物を把握し、相手の感情を読み取れる能力でもある波動。名前は違えど彼女が別世界で学び得た能力の一つに入っていた。相手がどんな気持ちで、また自分の力や身体を狙っているのかと相手の腹を探るにはうってつけな能力で、人間不信でもある彼女には欠かせない能力の一つでもあった。眼が見えない以上、今でもこの世界で大いに活用されている

喩えば、心眼。具体的には目や耳などの感覚器で知覚する事が出来ない情報を、経験と想像力で推論する事によって見えない物の具体的な形質や挙動を把握する事であり、また科学的な推論に基づいて見えない物の本質を理解する能力

他にも物音や微かな空気の流れ、臭いや呼吸の気配など五感の全てで周囲の物や人間を把握し、認識する。これらに関してはもう経験からくるもので、長年生きて長年培った経験は幾度か彼女自身の命をも救ってきた。今もなお、視力を失った彼女を救い、大いに役立てている。経験は誰のものではない、自分の物。既に彼女は呼吸をするくらい簡単なものになっていた





故に彼女は、盲目になった事で様々に敏感になった





眼が見えていた時でもその様々な能力で身を守ってきた彼女。盲目になったら周りにより一層敏感になった。仕方無いのだ。何せ視覚という大切な五感を失った今、彼女を守るのは他の五感と能力と経験しかない

特に彼女が敏感になっていたのは音だった。聴覚から情報を得る、音の一つで命の危険さえも左右される彼女の耳は、人間以上に敏感だった。強いて言えば、そう、ピクシーの耳の聴覚と同等なくらいに。

いつも命に関わる生活を送ってきた。だから音も殺気も感情も誰よりも敏感になった。そう、敏感に。起きている時も寝ている時も常に警戒を張っていた彼女。一番使うのは、耳。そう、耳。だから彼女は耳に強い刺激を与えぬ様に、極力煩い場所には行かず、休む時は穏やかな場所で全ての神経を休ませる。それから誰かの侵入を拒む結界を貼ったりと、抜かり無く

もう一度、くどいようだが言おう。彼女は、耳がよく聞こえ、かなり敏感だ。はいここ注目。か、な、り、敏、感、だ。しかも夜になると周りが静まるから、小さな音でも大きく拾いやすくなる…――――さて、考えてみよう。静かな夜、身体が休まっているそんな時に、突如強い暴音が響き渡って来たら……常人の人間が煩いと感じたら、彼女はもっと音を捉えている事になっていく





――――――…そう、喩えば、全員が寝静まっている筈の時間帯に、耳障りなバイクのマフラー音が煩く焚いている音が町中に響いていた、とすれば…
















「蒼華、ぜったいれいど」










ミリは笑顔で言い放った





――――――
――――
――








その日は満月がよく輝く美しい夜だった

……本当に、美しい夜だった…








「「「すみませんでした。本当に本当にすみませんでした」」」

「あはー、そんな程度で許されると思ったら大間違いなんだけど、ねぇ?君達がそうやってバイクを真夜中で走らせて迷惑掛けてる人が此処には何十人も多く居るんだよ?ねぇ、分かってる?分かっているならもっと感情込めて謝罪すべきだと思うんだけどなぁ、ん〜?」

「「「Σすんませんすんませんマジですんませんすんませんんんんんッ!!!!」」」

「「「「(ヒィィィィ…!!!!)」」」」






一人の少女、彼女の隣に並ぶ四匹のポケモン。彼女達の前にいるのは、総勢約150名の暴走族グループ。彼等を取り巻くのは、ナギサシティの住民

夜なのに妙にキラキラ輝く氷結が、不自然で違和感だ。気のせいだろうか、氷の中に―――バイクやポケモン、人間の姿までも凍り付けにされている様な…


そんな氷を前に―――暴走族グループの彼等は、一人の少女に深々と土下座をしていた







「悪夢だ…俺は今この瞬間悪夢を見ている…!!!!」

「ブリザードォォ…!!ブリザードが背後に見えるんだけどォォォ…!!!!」

「うわぁぁぁぁ三強マジ怖ェェェ…!!!!スイクンとミュウツーマジ怖ェェェ…!!!!」

「Σウヒィィィィ!!聖蝶姫の足下を見ろ!ヤベェ!ダークライがいんぞ!……うわこっち見たァァァァ…!!!!」

「あらあらー、どうやら土下座しているのにも関わらずおしゃべりな子達がいるみたいですねー、ダメですねー、いけませんねー、うふふー、とりあえずアレですねぇ〜






蒼華、躾がなってないお馬鹿さん達にぜったいれいど」

「…」

「「「「Σギャアアアアアアすんませんすんませんんんんんッッ!!!!!!」」」」





「「「「「「(何やってんだ…!?)」」」」」」







ナギサシティにある、ナギサ広場。そこは憩いの場としても知られると同時に、暴走族の溜まり場としても有名な場所だった

暴走族、治安が悪いナギサシティには暴走族の溜まり場として最も有効に使われていた。近年暴走族の数もグループも年々に増えていき、この広場を埋め尽くさんと言わんばかりの数までに膨れ上がっていき、住民は彼等のマフラー音や排気ガスにつくづく頭を悩ませていた

今日も今日とて暴走族の会合を開き、5グループ総勢約150名の人数で集まって夜のツーリングを楽しみ、またバトル等縄張り争いに持ち込もうとした―――矢先だった

本来住民は恐れおののきひとっこ一人も入らない暴走族グループが集う広場に、一人の少女が足を踏み入れた

彼女は、笑っていた

無駄に綺麗な笑顔で、背後にブリザードを、肩にはセレジィ、隣にスイクンとミュウツーとダークライを従えて









「――――ミリ、これは、一体…?」

「お、おいおいミリちゃーん…!?アンタ何してんだよお前ェェェ」

「スゲェな、あの暴走族マジで土下座させてやがる」

「あ!トムさんにオーバーにデンジ!こんばんは〜」

「あぁこんばんは。帰って来ていたんだな…いや、今はそんな事はどうでもいい。ミリ、一体何があった、いや…何をしたんだ」

「あはー」





今までの一部始終を見守っていた住民の中から掻い潜って現れた、ナギサジムリーダーのトムと友人であるデンジとオーバ。まさにナギサ住民代表として駆け付けた三人に、ミリは相変わらずの調子で出迎える。しかし、少しでも逃げようとする暴走族員を抜かり無く「あ、刹那、あの人達取り押さえてね」「闇夜、あっちの方も脅しといて」「蒼華、アレに向かってれいとうビーム」「んー?何言ってんの時杜ちゃん。私の怒りがこれだけで収まるならまだ救いだよー?」「あー逃がさないからねぇ、氷にされたくなければ皆さんにずっと土下座してねー」等々、とても容赦が無い。三人は笑顔で全てを命令するミリをある意味で頼もしさを感じ、ある意味で恐怖を感じた







「見ての通りですよ〜。皆さんにはこの場にいる皆さんに土下座してもらってます。…はーい皆さーん、ナギサに住む人達に言う事はありませんー?」

「「「「迷惑掛けてすみませんでしたッッ!!!!」」」」

「「「「煩くしてすんませんでしたッッ!!!!」」」」

「「「「環境汚染してすんませんでしたッッ!!!!」」」」

「「「「生きていてすんませんでしたッッ!!!!」」」」

「あはー、まだまだ〜。本当に生きていてすみませんって思うならもっと言葉に感情持たないと相手に伝わらないかなぁ〜。―――…蒼華、ふぶき」

「…」




ビュォォォォッッ!!!!!!




「「「Σギャアアアアアアッ!!」」」

「トシオォォォ!」

「アキラァァァァ!!」

「カイィィィィ!」

「うわぁぁぁぁ犠牲者がまた増えたァァァァ!!」

「ヒデェ!なんかもうヒデェ!容赦ねーよ恐怖政治だ独裁政治だ!」

「ヒィィィィ聖蝶姫マジ怖ェェェ!」

「かあちゃぁぁぁん!もう俺真っ当に生きるから頼むからかあちゃんの怒鳴り声で起こしてくれぇぇぇ!!!!」

「夢なら覚めてェェェ!」

「煩いなぁ、叫び声がすっごく耳障り。蒼華、もう一発ぜったいれいど」


「「「(うわぁ……!!!!!)」」」







なんというか、地獄絵図

ナギサ広場に地獄絵図が広がっている

余程この暴走族がミリの堪忍袋に刺激を与えさせたのだろう。ミリは終始笑顔だ。すっごく笑顔だ。怖い笑顔だ。圧力のある笑顔だ。これは逆らっちゃいけない笑顔だと、何処かで本能が警戒レベルを上げている。それくらいに怖い。いやマジで。流石のデンジもオーバもミリの笑顔に圧倒され、引きつった顔をしていた

――――…寒い。無性に寒い。おかしい、まだ冬にもなっていないのに氷点下より寒い。スイクンの放った氷の冷気か、自分の気のせいか、それとも…ミリの笑顔のせいなのか

トムさ〜ん、とミリは弾んだトーンをそのままに口を開いた








「Σな、何だ…?」

「このナギサシティの治安を悪くする悪い子達って他にもいますか?例えば、此処にいる暴走族の皆さんの他にも…暴力団とか」

「「Σ」」

「あ、あぁ…このナギサシティにはタチの悪い暴力団がいるが……………まさかミリ、君は、」

「へぇ、そう。この街に暴力団っていう野蛮人が生息しているんですね。しかもタチの悪い暴力団が、ね






―――――…イイ事を聞きました」









ニッコリと、ミリは笑う

純粋で無垢で、何度か見た事がある微笑。本来ならその笑みは愛らしいものだっただろう、しかし、今となれば恐ろしく見えるのは何故だろう。彼女の笑顔にタジタジになるトム達を余所に、「蒼華ー、刹那ー、闇夜ー集合〜」と暴走族イジメ(※調教)(←)をしていた三匹を呼ぶ

駆け付けた三匹を、よしよしと嬉しそうに撫でるミリ。するとおもむろに何処からかボールを取り出したと思ったら、空高らかにボールを投げた

リズミカル良くボールが光り、朱と金と橙の光りを放ちながら現れたソレ。ミリは彼等に向かって言った、「よーし、今から暴力団狩りに行こう」と、笑顔で、かなり物騒な台詞を堂々と言い放った



―――――トムは勿論、デンジもオーバも、見守っていたナギサ住民も、犠牲になった暴走族も、これからかなり危ない行動をしでかす彼女に向かって声を掛ける言葉が、浮かんでこなかった
















「―――…あぁ、そうそう」









多種多様なポケモンを後ろに従えたミリは、足を止め、振り返る

暴走族のたむろう広場にいる全員に、言う






「もし、また同じ事を繰り返したりしたらその時は――――…クスッ、分かっているわよね…?」








だから気をつけてね

自分の命は、大切にした方がいい


まだ、死にたくはないでしょ―――









そう言って妖艶に笑うミリ

その笑みは美しくて妖しくて――――恐ろしくて



ゾクッとするくらい冷たくて

息が詰まる程の、冷笑――――…










「さぁ、皆





―――――彼らに相応しい鉄槌を与えに行きましょうか」











暴走族は全員同じ事を思った。自分達は大変な人間を敵に回してしまった、と


そして同時に思った








暴力団の皆さん、逃げて!!!






















それが、キッカケ

それが、始まり

後に彼女は裏でこう呼ばれる様になる







氷の微笑、氷の囁き

冷徹無慈悲の絶対零度


【氷の女王】と





















結局、また数時間後

今度は暴力団の方々がナギサ住民の前で土下座していただなんて―――言うまでも無い






(女王は笑う)(嘲笑う)


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