流石に相手も闇夜から繰り出された突然の行動に戸惑う気配を感じた。といっても一人しかいないが。しかし奴等の目を欺く事に成功した闇夜は、ミリの指示のままに凶暴化したポケモン達の居ない、近くの岩陰のところに身を隠した





《――主、これでいいか?》

「ありがとう、闇夜」

《しかし、すぐにバレてしまう》

「安心して、私の力を使った。暫く敵には見つからないよ」

《!…なるほど、結界を張ったのか》

「……なんでも知っているんだね。まぁその方が好都合だけど」






何とも言えない表情を浮かばせるミリの横顔を、闇夜は静かに見つめる。記憶が無いから、自分の手の内を知っている相手に微妙な気持ちを持つのは仕方が無い事だ

岩陰に身体を預け、小さく息を吐くミリ。腕の中にいる二匹を優しく労るも―――忘れてはならないのはミリの姿はワンピース一着だけだという事だ。とても寒そうだ。足は素足、先程レンとの攻防戦で綺麗な足には傷が付いて血も付着している。このまま放っておけばばい菌が入ってしまう

息を整えながら―――不意にミリは、闇夜の名を呼んだ





「―――君にしか出来ない事をお願いしたい」

《…内容を聞こう》

「時間が限られているから手短に話す。……今日あった事を、知らせて欲しい。そしてこの子達を…保護してもらいたい」






闇夜を写す、何かの決意を秘めた真剣な漆黒の瞳。鋭くも頼もしいそのまなざしは闇夜が一番知っていた眼だった、が―――

闇夜はミリの言葉に固まった。今、目の前の主は何を言い出したのか、と

ポウゥゥッ、と白亜と黒恋の身体が淡い光に包まれた。ミリが二匹に回復の力を使っているのだ。二匹の身体はゆっくりと着実に傷を癒している。いつ見ても美しい光景だ

回復を続けながらミリは続ける





「今から君達をカントーとジョウトに飛ばす。時杜みたいに特定の場所に飛ばす事は出来ないのが残念だけど……この地方にいる―――カツラさん、マツバさん、ミナキさん。この人達は一番信用出来る人達だから、一番に探し出してこの事を伝え手欲しい」

《…………》

「そして、サカキさんも探して。彼もまた信用出来る人―――彼には知ってもらわないといけないし、もしかしたら何か知っているかもしれないから」

《……主の元から離れて、伝えにいけと?》

「そう。まずはこの子達の安全を最優先でね。…お願い出来るね?」






嗚呼、この女は、

記憶が無くなってしまっても、根本的なところは何一つ変わっていない。そうやって自分の事なんてお構いなしに、自分達を最優先にしてくる

ミリの意図に気付いた闇夜は頭を横に振った





《断る。私は主から離れない》

「!…どうして?」

《主を一人にしてはおけない。そもそも、一人で奴等に立ち向かおうとしているなら尚更一人になんてしておけない》

「……私を見くびっている?大丈夫、私は簡単にはやられない。私を誰だと思っているの?私はこうみえて、【聖燐の舞姫】だよ。カントーとジョウトでは強い方だし、あの【白銀の麗皇】と【鉄壁の剛腕】に並ぶくらい強いんだからね。勿論、こっちの実力も御墨付きだからさ、簡単には―――」






ニヤリとした、悪戯心満載な笑みを浮かべ、甘い甘いと得意げに語り出すミリ。何も知らない闇夜を相手に、自分の武勇伝を聞かせるミリは何処か楽しげだ

―――百歩譲って、あんな敵相手に負けるはずはないと核心していてもだ

闇夜は苛立ちを覚えていた





《違う!そういう事ではない!―――私はもう二度と主から離れない、もう二度とあんな出来事を、傷付く姿を、また主に―――…》






忘れてなるものか

あの日、あの時

少しでも離れた事で、大切な主に牙を向けられた。自分達が居たのに関わらず、肝心な時に助けられなかった―――





「……あんな出来事、傷付く姿?」

《ッ!!―――それは…》





怪訝そうな顔をするミリに、闇夜はハッと口を閉ざす





「………冷静になりなさい、闇夜。まずは今の現状を考えるのが先だよ」

《ッ…しかし、私は…》

「――――闇夜、私は君の事は知らない。けれど君の瞳に嘘偽りは無い事を信用し、白亜と黒恋を守って欲しい。今、頼めるのは君しかいない。お願い、出来るね?」

《…………》

「闇夜、約束しよう。私は必ず闇夜達の元に帰ってくる。私を信じて」

《……分かった》

「いい子。物分かりの良い子は好きだよ」






フワリとミリは笑う。回復中の二匹を抱き直し、腕を伸ばして闇夜の身体に触れ、優しく撫でた。昔と変わらず、その手付きは優しいものだった。また自分は、この手を離れる事になるのか―――言い様の無い悲しみが、闇夜の心中を過ぎらせた

暫く闇夜の身体を撫で、慰める様にポンポンと闇夜の身体を叩いた。

差し出されたミリの手が、キュッと握られたと思ったら―――開かれた手には、ある物が乗せられていた





《……?これは確か、》

「あ、知ってるみたいだね。可愛いよね。これ、皆にお話した後にでも渡しておいて。…大事な物だから、無くさずにね?」

《?……分かった》






ミリに差し出されたのは、アゲハントをモチーフにしたヘアピンだった。かつての仲間を思い出させる、小さく可愛らしいモノ。闇夜は白亜が気に入って耳に付けていた姿を何度か目撃していた

一体何故これを、と疑問に思うも差し出されたヘアピンを素直に受け取った。満足げに見つめていたミリの腕の中、ピクリと二匹の耳が反応した





「!ブイ、ブイ…」

「ブィ…」

「よしよし、大丈夫?痛みは消えた?」

「「ブイ!」」

「うん、よかったよかった。よしよし」






尻尾を振り、ニコニコとミリを見上げる白亜と黒恋。ミリも嬉しそうにキュゥゥッと二匹の身体を抱き締めた

―――まるで、しばしの別れを名残惜しむように





「…君達にお願いがあるんだ」

「「?」」

「このボールをポケモンセンターに持ってって欲しいの。なるべく遠く、もっと遠くへ。…ほら、こうすれば落とす事はないから大丈夫。ちょっと大変なお使いになると思うけど、ちゃーんと出来たらとびっきり美味しいおやつ作ってあげるから」






何処からかスカーフを取り出して、ひび割れた三匹の入っているボールを包んで、黒恋の首に巻き付ける

戸惑う二匹に優しい微笑を

優しい手付きで二匹を撫でて

ミリはパチン!と指を鳴らす。すると自分達の前に淡い光の空間が現れた。先は残念ながら分からない。抱き上げていた二匹を地面に降ろし、その先に行かせる様に促した

戸惑う白亜と黒恋。行くべきか迷っているらしく中々足を動かそうとはしない。二匹も薄々感じているのだろう。このまま行ってしまったら、もう、大切な主に会えない気がしてならないと―――





「振り返ってはいけないよ。どんな事があっても、絶対振り返っちゃ駄目だから。そして、皆に伝えて欲しい。今日の事を、敵の事を…――――彼等にバレない為にも、今から君達を遠くに飛ばす」

「!?ブィ…!」
「ッブイブイ…!」

「大丈夫、君達なら出来る。私は、信じているから。すぐにでも会えるから、安心してね」

「「ブイブイ!」」

「いい子ね」






さあ、行きなさい

走って。皆が待っている





「またね―――…白亜、黒恋」






淡い光の空間に入っていった二匹を見送る姿は、まさに女神に近い優しい微笑で

その女神の微笑のまま、ミリは闇夜に振り返った





「闇夜、あの子達をお願いね。後、テレパシーで皆の通訳もお願いね。あの子達には難しいからさ」

《……命に代えてでも守り、役目も果たそう》

「ありがとう。…後、皆に伝えてほしい。カツラさん、マツバさん、ミナキさん、サカキさん―――それから、"ある人達"にも」





淡い光の空間の前で

ミリは立ち上がり、闇夜を見返す

暗闇の中、淡い光の前

まるで後光の様に後ろから光が差す中で―――ミリは、太陽みたいな優しく慈愛を籠った笑顔で、言った





「――――この私、【三強】であり【聖燐の舞姫】はけして敵に屈せず、必ず皆のところに戻って来る。皆の居場所が私の居場所、皆の笑顔を守る為にも私は最後まで戦い抜き、交わした約束を絶対に果たしに行く






―――私を信じて、待っていて下さい」








―――映像を見ていた、全員は

最後に見せたミリの姿を前に―――誰一人、微動だにする事が出来ずにいた







「また会いましょう、闇夜」






ミリが見守る中、

闇夜は淡い光の空間の中に―――飛び込んでいったのだった














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