「カツラ、そろそろミリ様の手持ち達のいる部屋に案内しろ」

「…………ゼル、最初に言っておくが、イーブイ達を前にしても何もしないと約束してくれ」

「フッ、お前まで変な事を言うんだな。…俺はそのイーブイ達には用はない。用はあるのはあくまでもミリ様の手持ち達全員の容態だ」

「…………、そういう事にしておこう。案内しよう、こっちだ」






「……?白亜と黒恋に何かあったのか?」

「…さあ、何だろうね」

「…お前らは気にしなくていい話だ」

「む。それはそれで疎外感が否めないが…」

「「…………」」

「俺は此処に残っているぞ」






暫く"家族話"に花を咲かせ、談笑し合いつつもサカキを除いた六人は、カツラを先頭にさっそく治療室へと足を運ばす

空はもう真っ暗だ。今日は晴天もあってか窓から見える月が綺麗に顔を覗かしている。ほの暗い廊下から零れる月光の光だけが唯一の光になっている

複数の人間の足音が、静寂な廊下で木霊する。自分達以外誰もいない廊下の先は不気味に思えてならない

先頭を歩くカツラに、ゼルは先程から抱いていた疑問を投げ掛けた





「―――テレパシーを可能とするポケモンがいたと言ったな。テレパシーが使えると言う事は…かなり知能が高いポケモンと見た。ミリ様の手持ちでテレパシーを使えるのはセレビィやミュウツーくらいだ、他のポケモンだとしたらそれは一体何のポケモンだ?」






テレパシーを使えるポケモンは極僅かに限られている

知能が高いポケモン、力のあるポケモン―――尚且、相手が心許した者でなければポケモンからこちらにテレパシーを向けてくる事はない

ゼルの疑問に答えたのは、カツラの隣に並んで歩くミナキだった






「聞けばきっと驚くぞ?そのポケモンは聖蝶姫の手持ちの一匹、あのダークライだ」

「「「!!」」」

「!!…【夢魔の影】と呼ばれた、あのポケモンが?」

「名前は"闇夜"と呼ばれているみたいだから僕らもそう呼んでいる。……さっき顔を出して来たけど、随分すっきりした様子だった。調子も安定してそうだったから…話は聞けるはずさ」

「正直な話、テレパシーが出来る子でよかった。白亜と黒恋だけでは流石の私達も何があったか話が聞けなかったからね。その時はレンを呼んで話を聞いてもらおうと思っていたから、まだいいが…」





テレパシー無しでもポケモンとの意思疎通は可能だ。しかしこういったケースでは、完全にこちらが把握するには不十分過ぎて、力不足だ。人間とポケモンが完全に分かり合える事は出来ない―――しかしテレパシーが可能とするポケモンなら自分の意思をしっかり伝え、また他のポケモンの言葉まで代弁してくれる。だからこそテレパシーは重宝されるのだ

それに最悪こちらにはレンがいる。"白銀の麗皇はポケモンの言葉が分かる"という噂が一人歩きしているが、間違ってはいない。レンはしっかりポケモンの言葉が分かる。通訳にはもってこいの相手だろう。ナズナの一件でレンがポケモンの言葉が理解出来る事はカツラとゴウキとナズナは認知済みだが、事情を知らないマツバとミナキは「レンはウォッチャーだからね、完璧に分からなくても通じてくれるはずさ」「だな。大方レンの言い分はほぼ間違ってないからな」と笑っていた


そんな彼等の話を一人、面白いものを見たような眼でレンを見る者がいた







「へぇ…レンガルスを、ねぇ…」

「…んだよ、何か言いたい事があるならハッキリ言え」

「いや別に。ただ…無能なお前でも、それなりな"モノ"は持っていたんだなって思っただけだ」

「………、チッ」






喉の奥でクツリと笑うゼルに、意図を悟ったレンは舌打ちをする

それ以上、二人に会話は無かった





******







治療室の前に辿り着いた彼等は、中にいるダークライを刺激しない為にもまずは顔見知りのあるカツラとマツバとミナキがダークライを呼びに治療室の中に入った

ダークライの闇夜はただ静かに液体回復保管機にいる三匹を見上げていた。不気味に揺らめく黒銀色の身体、そしてその金色の瞳は悲しげに揺れている。今、闇夜は何を考えているのだろう

三人が部屋に入った事には気付いている様子であったが、ピクリと反応を返すだけ。逃げる事もせず威嚇する事もせず、闇夜はただただ静かにかつての仲間を見つめる





「闇夜、起きたかね?」

「やあ、闇夜。さっき振りだね」

「回復は出来たみたいだな。調子はどうだ?」

《……あぁ、お陰様で回復が出来た。私よりも…》

「ちょっと待ってくれ。…………うむ、大丈夫だ。この子達も順調に回復してくれている。このまま休ませてあげよう」





ブランケットに包まれた白亜と黒恋。改めてカツラの触診の結果を聞き、小さく安堵の息を吐く闇夜

しかしそれは一瞬だけで、闇夜は治療室の外に警戒心を向けた





《…随分と人を連れて来たな。気配を感じる。…その者達は何者だ?》

「安心してくれ、この人達は味方だ。私達と同じ、ミリ君の仲間だ」

《………信用に値する者か?》

「間違いない。信用してくれ」

「ミリちゃんを襲ってきた敵を一番早く存在に気付き、ミリちゃんやシンオウを守ろうとしてくれた人達さ。…ミリちゃんを見つけたい気持ちは誰よりも強い」

「テレパシーが出来る君だからこそ、何があったか話を聞きたい。彼等を紹介しよう、一旦此処を出よう」

《……分かった。お前達を信用しよう》






金色の瞳を鋭く光らせ、警戒を露にする闇夜に慌てて三人は諭す。この闇夜は、やけにミリと相手の関係性を強く求めている。何故、闇夜がしきりに気にするのかは大方予想が付く。信用に値する者にこそ頼るミリだからこそ、口酸っぱく言い聞かせたのだろう

嘘偽りのない真実をしっかり伝える事で分かってもらいたい。三人の真摯な気持ちが伝わったのか、闇夜は警戒心を解き、三人の言葉に従った






ホッと息を吐きつつ、さっそくと三人と一匹は治療室を後にする

治療室を出て少し歩くと残りの四人がカツラ達が来るのを待っていた。相変わらず、雰囲気が重い。ゼルの存在が大方原因になっているのは分かっていた為、カツラ達も気にせずに四人と合流した







「カツラ、」

「待たせたね。まずは紹介しよう、ダークライの闇夜だ」

「…ほう、初めて見る。中々圧巻するものがあるな。俺の名はゴウキだ」

「ナズナだ」

「レンだ。よろしく」

「ゼルだ。さっそくお前の話を聞きたいところだが、まずは他の手持ち達の容態を確認してから―――――」









《―――――!!!!!!》







突然、闇夜の金色の瞳が驚愕の色に染まる






闇夜の脳裏に過ぎるのは、あの時の記憶



白銀色の煌めき

妖しく光る、歪んだ深緋色の瞳

振り上げられた、長い脚

その脚は容赦無くまっすぐミリに降り懸かって――――







《――――白銀色の髪色、深い紅い眼、そして名は"レン"……間違いない》

「…え、闇夜?」

「!どうした、闇夜」

《――――お前は、主の敵だ!》






そう叫んですぐに、闇夜は足元の影に潜り込む

一瞬の隙を突いての行動。闇夜が潜った影から突如として深い闇が生まれ、廊下を生め尽くす

戸惑う声、困惑する姿、驚愕に染まる顔

闇は容赦無く彼等を包み込んだ






金色の瞳は妖しく、ある者を狙う






「なっ……ッ!!」

《忘れたとは言わせない。三匹のかたき、取らせてもらう!》

「――――ッッ!!!!!」







――――大切な主に牙を向け、仲間達にあんな仕打ちをした"敵"を前に


闇夜はお得意の技、ダークホールを――――レンに向けて、容赦無く放ったのだった









闇が、レンを襲った





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