「シルバー」 ふと頭によぎる、懐かしい声 懐かしい声と同時に、脳内にちらつくオレンジと、太陽に反射する漆黒の髪 こちらを見下ろす顔までは眩しくて見えないが、そいつは笑っているのだけは分かった。その細くて綺麗な腕を伸ばし――まだ小さかった俺の体を、抱き上げる。柔らかい体が気持ち良くて、いつも抱き上げられると眠くなっていく。柔らかい手が頭を撫でてくれると、夢の中に行ってしまうのはしょうがなくて 「…あ、またこの子寝ちゃったみたいだね。フフッ――おやすみなさい、シルバー」 こんな夢を、ここ一か月の間で何度か見ていた あの人は、一体誰なんだ とっても優しくて とっても温かくて 少なくとも、母親ではない事は分かる 母親は昔亡くなってしまったらしく、俺がまだ乳母車に乗っていた時は既にいなかったらしい。――夢にいる俺は、誘拐される前の俺だと言う事も分かっている あの人は、一体… 「シルバー、どうした」 隣りを歩く、父さんの声 病院を出てから数時間が経っち、今はコガネの街中を歩いていた ここを抜けて、ウバメの森の方向に進めば――ひみつきちに着く 「父さん」 「何だ」 「俺には兄弟がいなく、母さんもいないんだよな」 「…あぁ」 何が言いたいんだ、咎めの目線を送る父さん それもそうだ、いきなりこんな事を、今更聞いてくるのだから 「……俺は、昔の事を忘れて今は思い出せないでいる。……けど、最近になって、少しずつだが思い出しかけている事がある」 「……」 「……オレンジ」 「―――!」 「オレンジの服、長い黒い髪優しい笑み、温かいぬくもり、綺麗な声色…」 単語を呟いたら、父さんの目が開かれるのを視界の隅で見えた 俺は、今後は父さんの目を見て口を開いた 「この人は誰なんだ?俺を優しく抱き上げ、いつも俺に子守歌を歌うあの人は、誰なんだ?」 これだけ分かっても、顔が分からないなんて、どれだけ悔しくて虚しいんだろうか 父さんはしばらくこちらを凝視していたが、フッと口元に笑みを浮かべた。花束を持っていない手で、俺の頭をポンと置いて、懐かしむ様に口を開いた 「そいつはお前の姉だ」 「……あ、ね?」 「しかし、本当の姉ではない。――短い期間だったが、多忙だった俺の変わりにお前の世話をしてくれた。………紛れもない、お前の姉さんだ」 「―――!」 衝撃が貫いた気がした でもその衝撃はすぐに俺の脳に刺激を与え、納得させた。姉、確かに姉と言われればしっくりくる言葉だった ………あの人が、姉さん ブルー姉さんとはまた違った、姉さん 「会いたいか?」 「!会える、のか?」 「"今"なら、どっかで会えるだろうな」 意味深に話す父さんの言葉が、いまいち良く分からなかった。頭を傾げる俺に父さんはフッと笑い、頭に乗せた手を退ける 行くか、そろそろ日が暮れる。そう言って歩を進める父さんに習って、先程の言葉に疑問を持ちながら俺も歩を進めた 「…"今の時代"なら、何処かで会える…」 ブワッ、といきなり大きな強い風が辺りを襲った 俺の髪が靡き、父さんが持つ花束の花びらが宙に舞う ひらひらと空に舞う花びらを、父さんは突風に動じずに空を見上げた 「もう、そんな年になったんだな ―――元気そうで、何よりだ」 その時、俺は見た 大きな風と共に通り過ぎた、一つの大きな水色のポケモンを(俺は、あのポケモンを知っている) 水色の背中に乗っている、オレンジの存在 ―――こっちを見たその人は、夢の中と同じ綺麗な笑みを浮かべていた (そして一瞬にして彼女は消えた) |